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あぐり日記①「俺ら北海道さ行ぐだ」
◇
すっかり酪農の仕事が板についてしまったが
つい4年前まで僕は広告営業マンだったのだ。
スーツを着て、ネクタイを締めて、
営業カバンを持ち、
岡山の街を朝から晩まで駆け回っていた。
…自転車で。
これでも一応、
「営業主任」という肩書きがあった。
しかし手当が付くわけでもなければ、
扱いが良くなるわけでもない。
ただ会議に呼ばれる頻度が増えて
責任を押し付けられるようになっただけである。
よく営業先では
「営業主任さんなのに
自転車で来られるんですね!」
と驚かれていたが、
会社の経費節約で車が足りなかったのだ。
(僕の運転が危なっかしかったのもある)
ちなみに部下は担当エリアの関係で
車に乗って営業活動をしていた。
真夏にエアコンをガンガン効かせて
颯爽と外回りへ出かける部下と、
息を切らして汗だくで自転車を漕ぐ自分。
一体どっちが部下で、
どっちが上司なのか分からない。
◇
さて、そんな名ばかり営業主任の生活にも
転機が訪れる。
入社7年目の秋から冬にかけて
原因不明の高熱が2週間続き、
大学の親友と初恋の人が結婚して絶望し、
アラサー独身の同志だと信じていた友人も結婚、
街コンで知り合った女性にフラれ、
さらに営業成績は不況の煽りで右肩下がり
そこへコロナ禍が直撃し収入ダダ下がり。
こんなことが立て続けに起きたものだから
気が滅入ってしまい、酒に溺れるようになった。
休みの日は一日中、呑んで寝てを繰り返し、
仕事の日も毎日二日酔いになるほど飲み明かした。
このまま破滅すると思った。
それでもいいとさえ思った。
◇
そんなアル中まっしぐらのある日、
隣の営業所の上司から唆される。
「君も辞めたいんだよね?俺も辞めたい。
どうせなら同じタイミングで辞表を出して
偉い奴らをギャフンと言わせてやろうぜ」
今の状況を変えるにはこれに乗るしかない…
そう思い、退職を決意し辞表を出した。
ところが上司は辞表を出しておらず
「本当に辞表出したのか!?」と驚かれた。
具体的に日程まで決めたあの勢いは
一体なんだったのか。
すると辞表を出した翌週、
会社の偉い人から衝撃的な通知が来た。
「経営状況が厳しく
当面の間、皆さんの給料が払えません」
僕は自転車営業、
会社は自転車操業だったようである。
◇
退職を決めたものの、
給料さえ出せない会社に退職金なんかなく
旅行ばかりしていたので貯金もほぼない。
生活費もいつまで持つのか不安で仕方ない。
お金はなくても、
時間と積読本だけはたくさんあった。
いつか読もうと思いつつ、放置していた本である。
そのなかに一冊の本を見つけて、
なんとなく手に取った。
宮下奈都さんのトムラウシ移住エッセイ
「神さまたちの遊ぶ庭」。
この本を手に電車に乗って、
毎月通っている広島での滝行へと向かった。
◇
「人生一度きりだし、もうすぐ三十路だし
せっかく転職するなら
どっか遠くに行きたいんですよねー」
滝へと向かう道中、
広島大学の教授に転職の相談をする。
「遠くかーいいね!
遠くといえば僕も今の職場で働く前は
北海道にいたことがあってね。
夏はメロン農家さんの手伝いしてたよ」
北海道…農家の手伝い…トムラウシ…
「それだ!」
北海道に行ってみたい!
農業やってみたい!
行ってみるなら、
やってみるなら今しかない!
こうして僕は
北海道に行くことを決めたのである。
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