精神科医、病院百物語をする(後編)
【B医師: 中庭の怪音】
「なるほど……自信があったから"百物語をしよう"って提案したんか?ちょっと反則だぞ、それ」
ゾッとしながらも精神科医は、Aを非難した。
「おっと、賭けははじまってるんだから中断は無しだ(笑)。…… じゃ、次!」
ドヤ顔のAの隣に座っていたBが「次は僕か……」とビールを煽った後、やおら語りはじめた。
あれは研修医時代の話なんだけど、夕方東病棟と西病棟の渡り廊下を歩いていたら、中庭で"ドスン!"ってすごく大きな音がしたんだ。
その音って、何て言うか"重量のある袋"が地面に落ちるような音で……その時僕は"人が高いところから落ちたらこんな音がするんだろうな"って直感したんだ。
"人が転落したのなら、助けなきゃ"と思って、咄嗟に音のする方向に駆けつけたんだけど、ほら、中庭って周囲が病棟だから夕方になると暗くなるよね……
だから何処に何が落ちたのか全く検討もつかなくて、とりあえずぐるりと中庭を周ってみたんだ。
でも結局いくら探しても何も見つからず、"気のせいか"と諦めて医局に戻ることにしたよ。
「狐につままれる」って言うのかな?医局に帰ってボーっとしていたら、医員の先輩から「どうした、顔が真っ青だぞ」って言われて……
自分では動揺しているつもりはなかったけど、どうやら普通じゃない様子だったみたいなんだよね。
僕は呼吸を整えてから「中庭で何かが落ちる大きな音がしたけど、何もなかった」と先輩に説明したんだ。
すると、先輩はひどく驚いてこう教えてくれたんだ。
「B先生、3年前に中庭で転落事故があったの知ってるかい?末期癌の患者だったらしいけど、将来を絶望して屋上から中庭に飛び降り自殺したんだって」
その話を聞いて僕はめちゃくちゃゾッとしたよ……まさか、僕が聞いた音はその時の……って。
「マジか……俺の話より怖ぇ……」
Aが率直に感想を漏らした。
でも、この話には続きがあるんだ。
看護師から聞いたけど、その飛び降り自殺の瞬間を精神科の看護師が目撃していたらしいんだ。
以来、その看護師は精神的におかしくなって、勤務中もずっと中庭を見てブツブツ独り言をいうようになり、ひと月もしないうちに病院に来なくなったらしいよ。
その看護師がどうなったかって?
詳しくは知らないけど、事故で亡くなったらしいんだ……
皆、無口になり、Bに気の毒そうな視線を送った。
「……あぁ、心配は無用だよ。僕には何も起こらなかったし……ほら、この通り元気さ!」
気丈に振る舞うBに、Cはこう言った。
「せやけど、研修医の時、長年付き合うとった彼女と別れたやろ。そら中庭の呪いちゃうんか?」
【C医師: 座頭市】
「え、僕の失恋は中庭の呪いだったのか……?」
Bが少し涙目になっていると、
「ほな、次は俺な!」
Cがテーブルに置いてあったスプーンをマイクのように持ち、その場で立ち上がった。
「俺も前の3人に負けへんようなオカルト話を……と思たけど、残念ながら俺はそう言うのは一個もあれへん。せやけど"ゾッとした話"やったら一つあるんや……」
関西訛りのCは饒舌に語り始めた。
俺が医者になって5年目の話なんやけど、当時勤めていた病院で薬物中毒の爺さんを受け持っとったんや。
ほんまかどうか知れへんけど、元ヤクザやったらしゅうて、気に入らんことがあると看護師はおろか医者に対しても凄んで見せるんや。
いわゆるモンペ*って奴で、外来の予約時間を全く無視して、"リタリン出せ"やら"赤玉**が足りん"やら杖を振り回して怒鳴り込むんや……
「そんなの、出禁にすりゃ……」ってみんな思うやろ?
そらそうなんやけど、田舎やったさかい他に精神科でモンペ爺さんを診てくれる所がなかってん。
院長に診て欲しかってんけど、"良い経験になる"て言うて半ば押しつけられたんや。
どうやらめんどい患者は俺みたいな大学からの派遣医師に任せてたいたらしいんや。ほんまにえげつない病院やで……。
ある日のこと、あまりにも薬をねだるさかい、とうとう俺はキレて……
「こんな薬は体に悪い!あんたのために言うてるのになんで理解せえへんのや。うちではあんたを治されへんさかい、他の病院に行ってや!」
……って怒鳴ってん。
ほんなら、そのモンペ爺さん急に静かになったか思うと、背筋をピンとさせて真っ直ぐこちらを見つめたんよ。
ほんで、おもむろに手にした杖を顔の高さまで持ってきて、その杖の「鞘」を抜いて見してん……
そう、その杖、仕込み杖で中に刃物っぽい金属が見えたんや。ほら、昔のTVドラマの座頭市みたいな仕込み杖や!
俺も"やばい刺される"思たら、パチンと杖の鞘をおさめ……
「分かりました。大変お世話になりました」
…… て深々とお辞儀をして診察室から出ていきよった。
その日以来、モンペ爺さんは病院に来へんくなってん。
結局、紹介状も書けへんかったさかいどうなったかは分かれへんのや。
せやけど、あのときはほんまに"ゾッとした"で……
【D医師: 高給怖い】
「確かに、精神科のモンペ対応ってヒヤヒヤすることってあるよな……」
Aが同調すると、
「うーん、みんな面白い話ばかりだなぁ〜。俺はそんな危機迫るような話はないけど、ちょっと"ゾッとした話"は1つあるなぁ〜」
Dが自分の体験談を語り始める……
みんなは医者になって最初の2年って、大学病院や公立病院で勤務していただろ〜?
でも同期で俺だけは2年目に民間のX病院に派遣されたんだよねぇ〜。
X病院は古い病院で、病棟も医局もはっきり言って汚い病院だったな〜。
でも、入院している患者は慢性期ばかりで仕事は楽だし、何よりも給料がめちゃくちゃ良かったんだ〜。
いくら貰っていたかって?
流石に大台には乗らなかったけど、当時先輩が「自分の倍稼いでいる」って驚いていたね〜。
んで、俺もこんな大金を手にしたのは初めてだったから、相当派手に遊んだわけなんだわぁ。
病院の看護師誘って合コンしまくったり、院長に教えてもらったキャバクラで遊んだり、本当に夢の様な一年だったなぁ〜。
でも、どんどん金遣いが荒くなってさ……まぁ、借金まではしなかったけど、貯金なんか全くなかったわけ〜。
そんな楽しい生活だったから、人事面接でもう一年X病院で勤務したいって医局長に言ったらさ〜
「3年目は大学病院で医員だぞ」
って言われてめちゃくちゃ落ち込んだなぁ〜。
ほらぁ、医員ってめちゃくちゃ給料安いじゃない。
バイト料と合わせても全然少なくてさぁ、飲み会(合コン)に行くのも大変になったんだよねぇ〜。
そんなわけで飲み会のやりくりに苦労していた夏頃、市から一通の封書が届いたんだ。
「なんじゃこりゃ」
と思って開封してみると『督促状』って書いてあったんだなぁ〜これが……
最初、何のことかわらなかったけど中身をよく見たら、俺、どうやら住民税を払っていなかったみたいなんだ〜。
しかも、そこに書いてあった金額にびっくりしたよぉ〜。
「えぇ!?毎月こんなに払うの?お金、全然ないよ!」
って、思わず叫んだもんな〜。
本当に督促状にはゾッとしたよぉ〜。みんなも、ちゃんと貯金はしていた方がいいよぉ〜。
【E医師: 台所の女】
「……何だか百物語っぽくはないが、ゾッとするよな住民税は……」
精神科医がそう言うと、その場にいた医師全員が、悲しげに"うんうん"と頷いた。
「……じゃ、最後はEの番な」
AがEに水を向けると、
「え?オレはゾッとすることなんてほとんどないな……」
Eは腕組みをして、パブの天井を見上げた。
「何かあるだろ。経験してなくても、人に聞いた話でもいいぞ?」
「んー………あぁ、ちょっと焦った話でもいいかな?」
「おぉ、いいぞ、いいぞ!」
Aの促しでEはようやく語り始めた。
オレが医師になって3年目の話なんだけど、医局から隣の県の公立病院に派遣されたんだよ。
そこの給料はそれほど良くなかったけど職員宿舎があってな、アパート代がめちゃ格安だったからそこに入ったんだ。
ある日、オレが深夜に宿舎に戻ったら部屋の鍵が開いていたんだよね。
不思議に思って電気をつけたら、台所に女が立っていたんだ。
「マジか……幽霊……?スッと消えたんか……?」
Aは固唾を呑んだ。
いいや、違うんだ。
よく見ると元カノが台所でカレーを作っていたんだ。
「サプラーイズ!!」
って、笑顔で言うのがちょっと不気味だったな……
「どうやって入ったの?」
って聞いたら、
「"E君の彼女です"って説明したら、管理人が鍵を開けてくれた」
って言うんだよ。あの時はマジで焦ったな〜。
別れたはずなのに、本当にどうかしてるよ……。
「こ、怖いわ、お前の元カノ……で、その後どうしたん?」
Cがツッコむと、
「とりあえず一緒にカレーを食って、その後は帰ってもらったよ」
精神科医・A・B・C・D・Fは声を揃えてこう言った。
「E、お前が優勝!」
【まとめ】
↓「怪談」といえば小泉八雲ことラフカディオ・ハーンですね!
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