![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/149177757/rectangle_large_type_2_6e0c5a9928dd6e1877fa781e5a29e73a.png?width=1200)
教えられ、すぐにはできない。でもいつか必ず、というわけでもない
教えてすぐできるようになるのなら苦労はしない。何事もトライアンドエラーであり、最初から上手くいくことなどあるはずがない。だから私たちは学び、教える。できるようになるために。
しかし、とはいえ、もっと重要なことがある。
それは、経験値はそう簡単に蓄積するものではないということだ。ゲームのようにポイントが貯まっていき、一定にまでなるとレベルが上がる……そういうわけではない。
当たり前のことだ。けれど、この当たり前のことを私たちはいつもすっかり忘れてしまう。
できるようになるために教える。でも、教えてすぐできるようにはならないし、回数を重ねればそれだけ成果が出るようなことでもない。経験値はそう簡単には蓄積しないのだから、「できるようになる」のはいつか必ず来るものではなく、いくら教えたところでなんにもならないことだってある。
そういう時、教え方が悪いとか、理解力が悪いとか、あるいはやる気がないとか、反対にありすぎるとか、とかく誰かの責任にされがちである。
まるでやり方を工夫すればどうにかなるかのように。もちろん、良いやり方や悪いやり方というのはある。ただ、人間の性質がそう簡単に変えられるものではない。
そもそものとして、「教える」ことは非効率である。また「教えられる」ことも、100%の吸収率があるわけでもない。
そのような中で、しかし私達は人に教え、教えられて成長していく。完璧でなくとも、非効率でも、やる気があってもなくても、そうして生きていくものだ。そうして何かをうまくやるための術を身に着けていく。
教えてすぐにできるようになるのなら苦労しない。忘れてはならない。それは至極当然のことなのだ。そしていつか「できる」と保証されているものでもない。徒労に終わる可能性を見据えながら、しかし、私達は人に教えることを、人から教えられることを、遠ざけることはできない。
※このテーマに関する、ご意見・ご感想はなんなりとどうぞ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?