かわうそ

シナリオライター。 「物語」に関することなら、なんでも。 面白い本や記事があったら教えてください →onamomi.kuron@gmail.com まで

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    • キャラクター論

      キャラクターそのものをどのようにいじくるのか、設定をどうするのか、なにが最適なのか……そういったことをテーマにしたnoteが集まっています。

    • ステラの事件簿(更新停止中)

    • 短編小説

    • キャラクター論:キャラの分類

      キャラクターを2軸で考える

    • オリジナリティへのごかい

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    宗教、信仰、信念、観念。

     曖昧な境界で使われるこれらの言葉が、私達自身の存在を危ぶめている。  また曖昧であるがゆえに、これらの事象についての無理解は加速し、私達のこの現実への認識は、大いに歪んでいる。宗教、そして信仰というものは、紛うことなくこの社会に浸透し、生活と精神の一部である。これは「信仰だから」ではなく、単に信念、そして観念という大きなくくりとして、私達1人1人の心に存在するものだから、である。  宗教や信仰と言うと、神秘的なあるいは超常的な(即ち非現実的な)何かと結びつくことをイメージ

      • ホラーストーリーを浄化する「主人公」という存在

         ホラーは怖い。怖いお話だ。老若男女どのような人でも、ホラーを解さない者はおらず、見聞きしたことがない者もいない。ついつい知ろうとしてしまうのが怖い話であり、その顛末が気になり(呪われてしまうとしても)、そしてまた、癖になって現実のホラースポットなどに出向いてしまう人がいるのも頷ける。  だから、当然の話と思うかもしれないけれど、ホラーには「怖いという感情」「怖い現象」「怖い体験」が不可欠だ。そういった描写を楽しむためにホラーがある。  しかし、ふと考えてみる。そういった体

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        • 親しみとは欠点から生まれる(二次元)

           気安くそれを愛でることができるというのは、「それ」に短所があるからだ。ただし短所は、現実的にはできるだけ持ちたくないものであり、自分の周囲の人間にも持ってほしくないものだ。なぜならば短所とは、不利益を生むからである。県洗面、健康面、社会的地位や信用、これから歩むはずだった未来……そういったものをなしにしてしまう、惨めにしてしまう力を持っている。  だから本来、そのようなマイナスのものを持ちたいとも関わりたいとも、見たいとも思わない。でもただ1つ、その短所が自分とはなんら関係

          • キャラクターに「情熱の正体」を教えてもらう

             行動を起こす圧の原動力となる「情熱」は、「体力」や「気力」そして「理由」「原資」「目標」「信念」など他のいくつもの原動力に比べて、とても重要度の高いものである。なぜなら、情熱だけは無限だからだ。それは当人が諦めてしまわない限りは無尽蔵にわいて出てくるものである(気力や精神力などもそれに近いが、情熱には及ばない)。  そのために、人間が情熱によって突き動かされる以上に、人間をさらに誇張した存在であるキャラクター(創作上の人物)は、情熱が基本的な原動力である。キャラクターが動く

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            • ホラーストーリーを浄化する「主人公」という存在

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              22時間前
              • 親しみとは欠点から生まれる(二次元)

                • キャラクターに「情熱の正体」を教えてもらう

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                • キャラクター論

                  • 40本

                  キャラクターそのものをどのようにいじくるのか、設定をどうするのか、なにが最適なのか……そういったことをテーマにしたnoteが集まっています。

                • ステラの事件簿(更新停止中)

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                  • 6本
                • 伏線とは、結局どうやって張るのか?

                  • 6本

                  物語における「伏線」というものへの考察、個人的方法論

                • 非世界の世界

                  • 3本
                • 必然的なストーリー

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                  • 6本
                • ストーリー上の事件を設定するために必要な、3種3段階のツール

                  • 4本

                  「確率」「影響」「距離」 物語の中で起こる事件とは一体なんだろうか。 その踏まえておくべき要素を3つに絞り、具体例を交えて解説する。

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                  • 価値観=ビジュアルなので。

                     視覚を用いて生きている人間にとって、ビジュアルとは何よりも大切な価値基準である。形、色、構図、見た目、全景……そういったものは、どのような場合においても、人間を支配して解放はしない。いうなれば私達は、ビジュアルイメージの奴隷である。それくらい、判断力というものは視覚に偏っている。  だから、私達が「良い」「悪い」を判断するのは、完全にビジュアル頼りだ。後から視覚以外のどのような情報が追加されようと、1度ビジュアル的にされた判断は中々に覆らない。反対に、ビジュアル以外の部分

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                    • ただあたりまえに「人工的」な社会を意識する

                       社会とは天然だろうか?  つまりこの人間が生き、構成するコミュニティというものは、ただ自然に(そしてただ流れるが如く法則的に)、なんの意思も介在せず、この世にあるのだろうか。社会というものがあまりに大きく、漠然とした概念に思えるがゆえに、それについて考えることはあまりない。だから社会は当然のように、そこに、私達の行動の結果をそのまま反映しているのだと、きっと誰もが思っている。そう思う他ない。  けれど、社会は天然とは限らず、むしろ大いに人工的なものだ。人間が形作るのだから

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                      • キャラ軸の整理:被害者か加害者か

                        1.結果としての弱者と強者 単純に、あらゆる創作世界の中にいる登場人物たちを2つに分けるのならば、それは「被害者」と「加害者」になるだろう。即ち、この世に存在するキャラクターというものは必ず、そのどちらかであるはずだ。  ただ、間違ってはならないのが、この「被害」と「加害」の意味合いだ。これは本当に文字通りの意味なので、被害者だったとしても弱者であるとは限らず、加害者に分類されていたとしても強者である必要はない。というよりも、被害者は結果として弱者であって、加害者はその逆なの

                        • 適切なファンタジーとはなにか

                           ファンタジー。創作の中の創作。この、現実の世界を舞台にした創作物ではなく、現実とは異なる世界を生きる登場人物たちを描く創作物。世界中で人気を博し、愛されてやまない「ファンタジー」は、まさにそれがファンタジーであるからこそ求められている。  誰が、死ぬほど複雑な事務処理を挟む魔法学園物を見たいだろうか。誰が、完璧な物理と自然法則を克服するために、何万時間も鍛錬を積むバトルものが読みたいか(実際には、そういったテーマは面白そうではあるが、蓋を開けてみると描写が長々としていたり、

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                          • 無知を生じさせるモノ ②事実からの分断

                            「無知」を正直に告白することが怖いと思うのならば、私達はまず、この身に抱える無知がどういうものかを知らなければならない。しかし「無い」ものを知ることは難しく、どこにあるのかもわからないようなものだ。それでも私達は「無知だ」と思うのならば、それを放置していればそうするだけ、無価値な人間になってしまう。そういう強迫観念を覚える。  幸いなのは、自分が無知なことにすら無知であれば、そのような焦燥感に苛まれることはない。ただ、この世の中の1つの資源としての生をまっとうするのは、その

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                            • この社会に「大人」も「子供」もいないこと。

                              「大人」と「子供」というのは言葉、私たちに貼り付けられたレッテルでしかない。にもかかわらず私たちは、この言葉をありがたがって信用し、あたかも本物であるかのように取り扱う。  つまり大人と呼ばれる人たちは大人なのであり、子供と呼ばれる人たちは子供なのだと。その、言葉と状態の繋がりを絶対視してしまう。けれど実際、誰もそんなことはないということをわかっているはずだ。大人は言うほど大人ではなく、子供は言うほど子供ではない。大人ほど子供で、子供ほど大人であると。  むしろ、偏見にとら

                              • 暴力を悪と考えない、という理想論

                                 暴力はダメだと教えられる。良くないことだと。無条件に、悪いことだと。それは、暴力が人を傷つけるから、その延長に殺人があるから、そして暴力というものにかかわる人々(加害者も被害者も傍観者も救護者も)にとって、結果として後味の悪いものになるからだ。  つまり、メリットが無いのだと説かれる。暴力とは無駄なことなのだと。する意味がない。必要がない。この世から無くなればどれだけいいだろう……。  それは、私達に「非暴力」を信奉させた。これは1つの教育方針である。徹底的に、暴力という

                                • 反省する機会のない猪突盲信な私達

                                   反省とは、自分のした行いを振り返って、分析して、次の行動に活かすことだ。反省した場合に、人間はその生き方を改善するチャンスを得られることになる。生き方を改善する、そうし続けることができれば、その人は今よりももっと幸福な人生を歩むことができるだろう。  しかし、私達はもう、反省することがとても難しい。  様々な人と繋がることのできるグローバルな社会になり、インターネットを通じた社会が形成され、情報化により言語・思想・流行・政治・文化・経済……様々な事象が目まぐるしく変化して

                                  • キャラクターとは、まず「無」であるのに

                                     愛されなければならないキャラクターという存在にとって、「無」は致命的だ。およそキャラクターとは、語源からもわかるように「特徴」的なものである。特徴だらけと言ってもいい。そしてそのために、キャラクターというものは極端な性格や性質を持ったなんらかの存在、状態を指す。  つまりキャラクターにとって特徴とは存在理由にして定義である。ならば、あらゆる特徴はキャラクターそのものと言えるほど、欠かせない要素である。もし、キャラクターに魅力がない場合はその特徴達が良くないのだと判断される。

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                                    • 「世界観」はライティングだ

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                                      • マネージャーは実は「偶然」生まれる

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                                        • なぜ「現実教」を信じることが当たり前になってしまうのか?

                                           フィクションは「現実でないもの」という意味ではなく、「虚構」という意味だ。単なる「作られたもの」である。しかもそれは、「作られたものとしての」創造物なのだ。  そこにはフィクションを成立させようとする現実的な意思があり、力が働いていて、なにより、現実に存在している。  それにもかかわらず、フィクションには、「現実の代替品」というイメージが未だにつきまとって離れない。現実でなし得なかったことをせめて妄想として形にした、そういうものだと。  いずれにせよ、その感覚に少なからず

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