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私の叫びを

♢まえがき


最後まで迷った。
書いたからには、私は共感がないと気が済まない。
どうしても自分の中だけに留めておくことに違和感を抱く「発信者」の私だから、このできる限り自分の内面に寄せた文章を、誰でもなく彼に届けたいと思ったし、彼に伝える勇気がでないのなら、できる限り多くの人に評価してもらいたかったのだ。
こんなに内面を語っておきながら、恥ずかしげもないどころか少しの自信と共にこれを世に出すことを、どうか認めて欲しい。


♢あいまいなもの

恐らくだが、私は、この世の中では、この物語を丁寧に校正し、うつくしい装丁を施し、何万冊にも刷って、そしてそれが貴方に届くまで、自分の人生を認められなどしないのだろう。
だからこれを書く。

面白くも何もない。私は感じたことだけを、その思考を、留める。
しかし、本当はこうしているうちにも、「言葉というただの文化」が頭の中の現実や法や倫理や地位の林を掻き分けて、葉を沢山つけてから編集されてキーボードを叩く指先に届き、文字になる。いくら書いても本当ではない。あと10年待ったら、頭の中の思考をそのまま表現する時代が来るのだろうか。その時皆は私の思考と感性に驚嘆し、私自身がありとあらゆる俗世につつかれ入り乱れて、揺れ動く自分自身をやっと知ることができる日が来るのかもしれない。
こんなにも私というものに深く潜っているのにも関わらず、私は私をまだ見つけられはしない。


早くも、破綻している。
この物語は物語である限り、
やはり売れない。



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♢彼


「独りだと思うこと、ない?」
「ん?」
彼はきょとんと、首を傾げて優しく発する。私は涙で前が見えなくなって、出来の悪い顔がさらに風船のように膨らんで赤くなっていくのが怖くて、さっと顔を逸らす。
震える声で、もう一度、言う。
「だから、こうやって、いっしょにいても、“独り”って」
「んん?」
腕を組み、眉を顰めて天井に思考をめぐらす彼を恐る恐る見るに、やはり本当にわからないようだ。


彼といるとあらゆるものになりたくなる。柔らかく白くあたたかで豊かな胸を持ち、その包容力ですべてを忘れさせることのできる女に。見ただけで自慢してまわり、見つめるだけで恋をし、ずっと触っていないと怖くてたまらないくらいの美人に。彼を独り占めし、いつだって側に居付き、同じベッドから追い出されることもなく、さいごは腕の中で死ぬ猫に。
言うまでもないが、私はそれ程に彼が好きだ。


「好きすぎて死んでしまいそう」
というのは、好きがキャパシティに達したその時に言う言葉ではないと思う。好きが高じて、そのあとその好きを感じている自分をふと地に戻すか、鏡の前で裸になるか、剥げたネイルを見るか、彼の家に散乱した自分の汚い下着を見た時、つまりは、彼に苦しいまでに固執して自分を失い、嫌われることに恐れを抱く自分に気づく時に、どうにかして気を引き、死にたくなる。
「彼」に生かされていることを知り、自分とは何かを考えだした時に死にたくなるのだ。



♢わたし


私には過去がない。記憶が。本当にないのだ。何故かというと、ただこうやってイマに正直にあって、物事の裏を見て、うつくしいものから得られるエネルギーだけを源に、感性のみを頼りに、それ以外は価値がないと面倒くさがって生きてきたから。


私はきっと、人間が笑えるような面白い奴ではない。しっかりと言える。私は面白い人間ではない。面白くなるほどの知識も引き出しも記憶さえもない。人間ではない。

滲み出るこの感情に自信はみなぎるが、残念ながらそれが評価されるような時代に、そして星の元に生まれてきてはいないのだ。
敵は社会であって、社会を作り上げた人間であって、私はその「文化」というものを理解している。自分がこの人間社会を生きていくために、敢えてその文化を俯瞰し、面白がって、物事の裏を読む。しかしどうやら、この時空ではそれは意味のないことらしい。



どんな宗教も倫理も論理も私の前では無力だ。私は私の心の中に私という名の神を飼っている。それ以上に信じられるものなど何もないし、私は私しかわからない(その私も完全には理解できないのだが)のだから、誰かの創り上げた希望に縋ることはできない。

ただ私は苦しくて、そして貴方が好きだ。それだけが真実だ。



♢恋


焦がれる恋をするものはみな、本当の恋こそそこに自分を置かない。「優しくしてくれる人」に恋してる人はみな優しくされる対象である自分に恋をしている。本気で恋をするのなら、きっと相手は誰にでも等しく優しいのだろう。そう思って、自己中心的な私、内側に入り込み思考をやめないそれまでの私は、人間の社会の理性や現実に半身を置いて、地面をしっかりと両足の足裏までピッタリと着けてのっしのっしと歩く、現実主義者の彼を好きになった。
彼は私と真反対な気がする。彼は知識が豊富で感情が外に向いていて、現実を見つめ現実に生きている。私が内なら彼は外。私が感性なら彼は理性。私が水なら彼は土。私が空想なら彼は現実。私が未来なら彼は過去。私が曖昧なら彼は確実。私が体験なら彼は知識。
彼といると面白くて、私は私を忘れて自分が社会に生きていると錯覚する。彼を見つめられるし、ふとした時にそんな彼が私を好いていると知っただけで、もうまるごとぜんぶ、そんな今に繋がっている私の人生をおもいっきし抱きしめたくなるのだ。今だけが頼りで、たとえ記憶がなくたって、そんな今を作り上げ今に繋がっている過去が愛おしくなる。過去を認め、この幸せにあって初めて未来が見える。これまでどうやって生きてきたのか分からなくなるほど、私は彼が好き。好き。


私はいつでも自分のように感情のみに従い生きる哀れな同郷の士を求めているが、彼はそういう人ではない。しかし、だからこそ、彼が好きだし、彼が好きなことが、今私が生きていられる証明になる。
こうやって好きと発すれば発するほど、それは重くなり嘘らしく聞こえるかもしれないと不安に襲われる。不安になった私はまた好きと発する。
馬鹿みたいかな。



♢現実にいて


この盲目的な恋の先に、穏やかな愛が、そして社会の中にうずもれる家庭があるのか、実は密かに、俄かに信じがたい。私以上に純粋無垢で、私以上に愛らしく、無知ゆえに社会に存在でき、また無知と生きた時間の短さゆえに記憶の無さを許される子供は大好き。だけれど、そんな私の細胞のクローンが、この世界を生きなければならないことに罪悪感を感じるときもある。彼の穢れない、まさしく人間社会の、文化的で社会的なきちんとした一部に自分自身を組み合わせることに、申し訳なさを感じる。
と同時に、早く彼を自分だけのものにしたくて、結婚という社会的な契約に縋っている己には、一番の矛盾を感じる。


そして私は醜いことに、「抱きしめてほしい」「現実を忘れ、現実の中で貴方に溺れたい」「ただどうしようもなく、好き」「時間や多忙を忘れて、互いのことだけで頭をいっぱいに埋め尽くしたい」という自分の愚かで夢想的な感情と同じような感情を、まだ諦めもせず現実主義者の彼にも抱かせたいと試行錯誤しては、身体的な愛情表現にそれを求め、あらゆるモノを買い、裸で誘ってみたりする。 
そして私はいつも彼の現実に負けるのだ。



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♢狂

視野の狭い私は、いつも手元か空か斜め前を見て、小さな段差で足を挫く。そして転んだ先でうつくしい青と黒と紫に染められた、夜のような痣を作る。



私の性分は人間に最も適していえると言える。しかし瞬間に、私は自身を最も人間らしくないとして、孤独の海に飛び込んでは苦しくなり日の元に出る、鯨のようなものらしかった。
空を仰いでも海に沈んでも、息苦しさに変わりはない。いっそこの宇宙、世界、すべてをおおう空気のひとつとなって、漂えていたらどんなに私に向いていて、どんなに楽なのであろう。地に根を張る植物よりも、家族を作り同族と関わる猫よりも、羽を動かす鳥よりも、何より私は空気に向いているのだ。
それほどまでに、この20年あまりを私は視野狭く、自分の内側に内側にのめり込んでは生きてきた。

人間失格か。違う。人間になれてすらいない。



貴方は、私にとっての救いであるとともに、足枷でもあるのだ。
大好き。きっと貴方にはもっともっと似合う、本当に素敵な人間の女の子がいるはず。でも、ごめんなさい、独り占めしたい。私のこういう面を愛してほしい。と言いたいけれど、私が人間になるために見つめないでも欲しい。
ねえ、私、どう見えている?
あなたからどう見えている?
私、ちゃんと人間になれている?
私重くない?
私のこと、嫌いじゃない?

大好きなあなたの幸せのために逃げて欲しいけれど、それ以上に手放せない。





♢終局


恐れがなければとっくに死んでいる。



どうせできるのなら最大の復讐を。
どうせできるのなら全てを見せた上での死を。


しかしこれを理解してもらえるのだろうか?

結局私はこうやって言葉にしたって、誰にも理解されないまま、ずっと独りじゃないのか?

怖い、この本心を、みせたらもう嫌われるのではないか?そもそも理解されないか?理解してもらって、それでも愛してくれるだなんて、都合のいい話があるのだろうか?


なぜ人間に生まれてきたのだろう。
なぜ人間として人間に馴染めなかったのだろう。

なぜこんなにも思考が止まらないのだろう。

なぜこんなに複雑なんだろう。



もう、わからない。


次のチャンスがあるのなら、もう少しだけ才能と忍耐力と現実みを持った、芸術家か

ただよう空気に












笑みがこぼれた。

本ではなく、
まるで、
遺書

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