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小説を書くということ【夢の話、または短編小説の種 #12】

ベッドで横に寝ころがる恋人のネイサンが「いつかのリアム・ギャラガーみたいな髪型にしようと思っているんだ」と言い出し、わたしは不愉快に感じる。リアム・ギャラガーは嫌いじゃない。むしろ、ノエルよりリアム派だ。

でも、せっかくの日曜日の昼下がりなのに気分が悪くなって、わたしはネイサンに言う。

「やめたほうがいいわ。似合う似合わないの問題じゃない」

「じゃあ、何が問題なんだい?」

「まねするってすごく難しいのよ。ただ似せるだけじゃ、安っぽいコピー以下にしか絶対にならないから」

「そんなに深い意味はないよ。俺はリアムっぽい髪型にしたいだけだ」

「あのね、あなたに才能があって、努力をしない限り、リアムっぽい髪型っぽい髪型っぽい髪型以上にはならないってこと知ってる?」

「ふん」と軽く息を吐いてネイサンがいたずらするように背後から私の胸を撫で回すと、説教者が逆転する。ネイサンがわたしの耳もとで言う。

「つまりこういうことだ。まねしてまねしてまねしまくって、それでもどうしても似ない部分が絞り出されて、それでもまねを重ねに重ねまくって、けれどもどう転んでも似ても似つかない部分が染み出してきて、それが自分のオリジナリティになるってわけだ」

わたしは自分がずっと考えてきたことを見事に言語化された気分になって心臓が縮み上がる。ネイサンはからかうように笑って胸を触り続けていて、わたしはその気になってくる。ネイサンは続ける。

「じゃあ、君が書く小説はどうなんだい?」

わたしは急所を突かれた気持ちになって黙りこくってしまう。ネイサンは何も言ってこない。実際、わたしはブルック・キーツをかなり意識して短編小説を書いてきた。たった十編をひそやかに発表し、いさぎよく姿を消した作家だ。男性か女性かはわからない。いつ生まれ、いまも生きているのかもはっきりしない。

わたしにはブルック・キーツを倣って「けれどもどう転んでも似ても似つかない部分が染み出してきて」いる部分があるのだろうか。いや、自信がない。わたしはネイサンには何も答えない。

ネイサンももう何も言ってこない。不思議に思い、気づくと部屋が暗い。わたしは夢だったのかと一瞬胸をなでおろす。その胸を眠ったまま触っているネイサンの言葉は夢だったのだとほっとすると同時に、真実を言い当てられているような確信を持つ。すぐに起きて書き上げたこの文章は、やはりブルック・キーツに似ている気がする。

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