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第19回 大塚真祐子さん(三省堂書店成城店)

水仙と盗聴、わたしが傾くとわたしを巡るわずかなる水 『遠くの敵や硝子を』服部真里子

 名詞が絶妙な緊張感をもち配置されたこの一首をめぐって、解釈の論争が起きたと知り驚いた。ホーンを思わせる花の形状、ナルキッソスの伝説にみちびかれる〈盗聴〉の不穏さ、水がわずかなら〈わたし〉とは水仙自身のことではないか、と気づいてからは水仙のイメージを詠んだ作品としか思えない。
 短歌という詩型のもつ一人称性、定量性、定型性、歴史性をふまえた上で、この歌人は三十一文字のなかに長大な物語を凝縮させようとしているのではないかと時折感じる。この歌なら水仙の物語だ。自己肯定に帰結しがちなこの詩型で、フィクションのために私性を丁寧に剝がしていくような歌の手触りに、作歌に対する歌人の厳しい眼差しを見る。
(「ほんのひとさじ」vol.13より)

大塚真祐子(三省堂書店成城店)

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