第7回 小谷裕香さん(本の学校今井ブックセンター)
もう声は思い出せない でも確か 誕生日たしか昨日だったね 『サイレンと犀』岡野大嗣
自分が6歳のときに祖父が、18歳のときに飼い猫がこの世を去った。どちらのときも考えたのは、「声を覚えておきたい」だった。写真はたくさんあったから顔は何度も見返せるけど、動画はそんなにないし機械を通すと無機質になるから、「ナマの声」をちゃんと耳に焼き付けておこうと、孫を甘やかす声や、撫でると怒るわあああという声を意識のなかで反芻していた。でもふたりとも亡くなって、焼かれて体も無くなって、焼き付けたはずの声も時と共に薄れてしまった。明瞭な記憶はもう無くて、写真に残った顔かたちと、数字を見てときどき思い出す記念の日と、なんとなく楽しかった思い出だけが残っている。死はつらいことだから、それでちょうど良いのかもしれない。
(「ほんのひとさじ」vol.11より)
小谷裕香(本の学校今井ブックセンター)
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