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先生の色

大学一年の時、中学校の先生が亡くなりました。

国語の先生でしたが、受け持ってもらったことはありません。それどころか、学年の担当ですらありませんでした。
なぜ先生を知っていたのか、どうして先生も私を知っていたのか、覚えていません。

一つだけ、はっきりと覚えていることがあります。
まだまだ寒いけれど、もうそろそろ春の気配が感じられそうな季節。先生はその日、フリースの上着を着ていました。薄緑色でどことなく春を感じさせるような綺麗な色。
先生自身のふわふわとした雰囲気とおっとりとした喋り方、音の出るような笑顔によく似合う色でした。
それを着て、階段を降りてくる先生がただのフリース一枚なのにとても素敵に見えて、職員室に入ろうとする先生と目が合った私は言ったのです。
「先生、その色とっても綺麗で、とっても良く先生に似合ってます」
先生は、嬉しそうに笑って言いました。
「ありがとう。私緑が好きなの。だから、似合うって言ってもらえて嬉しい」
それから、先生は続けて言いました。
「ちゅるさんの笑顔を見るととっても嬉しくなるの。その笑顔で元気を分けてもらえる気がする」

それだけのエピソードです。……なぜ私は泣いているのでしょう。

大学に入ってしばらくして、6月か7月頃だったでしょうか、○○先生って知ってる?亡くなったんだって、と母からメールがきました。まだ30代初め、癌だったそうです。

私は、あの薄緑色が忘れられません。人気のある先生ではなかったと思います。でもそんなことは関係ない。
生徒の良いところを素直に伝えられる、そんな先生が尖っていた中学生の私にどんなに影響したか。笑っておこうと決意した、あの時の廊下の景色がどんなに輝いて見えたか。中学生の尖りきったあの頃は教師という種類の人間が嫌いになっていたのに。あと後、私が、先生が入っていった職員室の扉をしばらく呆けて見ていたことを、先生は知らずに亡くなってしまいました。

どんな時も笑顔は忘れちゃいけない、と今も思えるのは、先生の言葉があるからです。
周りを元気にする笑顔を持っている、それは自分も同じだと先生は知っていたでしょうか。

少しだけ春が近付く気配がすると思い出すのは、冬の景色の中で希望のように光っていたあのフリースの薄緑色です。

今日、梅の花が咲いていました。


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