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伝説の山伏と、山の神様に会いに行く|第11話

【早期退職の理由は、神様が教えてくれた】
毎週日曜日の18:30に公開していた連載。40代独身女性が先を決めずに早期退職したら、不思議な体験をして、自分の使命に気づく話です。書くことになった経緯はこちら

7月初、山の神様にご挨拶するため、八海山の麓の社務所に前泊した私(第10話

翌朝、慌ただしく出発の準備をしていると、伝説の山伏・月岡先達に呼び止められた。

縁側にふたりで座る。すると先達は、突然、無言で私の手を取った。手元をじっと見つめている。

何の説明もない。静かな時が流れた。

しばらくして、微かな声で「はい」と言うと、手を離した。そのまま立ち上がり、何事もなかったかのように行ってしまった。

だが、不思議なことに、ざわついていた心が鎮まり、緊張が消えた。

初めて会った時、火渡りの炭を飲み込んだ瞬間に胃の痛みが消えてしまったのと同じだった。

***

この日はひどい雨で注意報が出ていた。警報に切り替わるのも時間の問題の状態。通常の登山なら恐らく中止になる天気だ。

だが、登拝は荒天でも決行する。

一行は、八海山尊神社の神職、先達数名、氏子・崇敬者が10名程。1合目から登る組と、月岡先達を先頭に4合目から登る組に分かれる。

参加者の中で最も登山経験の少ない私は、先達の後について歩くことになった。

初めに先達が八海山遥拝所の前で勤行を上げ、無事を祈る。まずは9合目まで登り、山小屋で昼食後、断崖絶壁の八ツ峰に挑む。

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私は、大雨のなか山を登るのは初めてだ。雨に濡れ、登山用のレインウェアが肌に張り付く。蒸し暑くて汗だくの状態。靴も泥々である。

一方、前を行く月岡先達は綿の白装束姿だ。足元も白の地下足袋だが、あまり汚れていない。よく見ると雨粒がほとんどついていない。

「私は雨でもあんまり濡れないんですよね」

事もなげに、そう言った。

先達にとって40年近く修行してきた山。人のお役に立とうとしてきた人生。八海山の神々に守られている証なのだろうか。

迷える私と違って、美しい姿である。

90分ほどで6合目に到着。早朝に出発して1合目から登っていた組と合流する。昨晩の夜登りに続いて2周目の佐藤さんとも再会した。

だが、雨脚は段々強くなる。山小屋に着いた頃には、靴の中までずぶ濡れの状態。風も強くなってきた。

結局八ツ峰への登拝は見送られることになった。

知らせを聞いて、正直ほっとした自分がいた。

今晩は山小屋で泊まる。早速乾いた服に着替えた。

だが、一息ついた後、ふと山小屋の窓を開けて外の景色を眺めた。雲の隙間から地蔵岳がのぞいている。八ツ峰の1つ目の岩峰である。

「また来たい」

その姿を見た瞬間、突然思った。

先程までほっとしていた自分が嘘のようである。不思議なことに迷いはなかった。

1年前、謎の声に導かれて早期退職願を出した時と同じ感覚だった

私は、山の神様に再び会いに来ることを決めた。

***

2ヶ月後の8月末。私は八海山の麓に降り立った。新潟は微かに秋の気配を漂わせている。閉山式前の登拝に参加するのだ。

前回と同じように社務所に前泊する。佐藤さんも相変わらず夜登りに出かけた。

だが、私の心はまったく違っていた。

月岡先達の次に続く。先達に道端に生えている植物の話を伺いながら歩く。

3時間ほどで山小屋に到着した。皆で昼食をいただいた後、最低限の荷物だけを持ち、外に出る。

いよいよ八ツ峰に登る時が来たのだ。この登拝で私は一生忘れられない体験をすることになる。

つづく

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