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伝説の山伏との出会い|第10話

【早期退職の理由は、神様が教えてくれた】
毎週日曜日の18:30に公開していた連載。40代独身女性が先を決めずに早期退職したら、不思議な体験をして、自分の使命に気づく話です。書くことになった経緯はこちら

氏神様で何かに憑かれたのを機に、観念して八海山に登ることを決めた私(第9話

7月1日に行われる御山開きの祭事に参列した後、八海山尊神社が主催する登拝(とうはい)に参加することが決まった。

登拝は、毎年3回、八海山の開山・閉山に合わせて行われる。山の神々に参拝するため、神職や山伏の方達と一緒に山を登らせていただく。

八海山は古くから山岳信仰の霊場として栄えた、山伏が修行する山だ。

山頂付近には、八ツ峰(やつみね)と呼ばれる8つの岩峰がある。垂直に切り立った断崖絶壁を、鎖や梯子を使って登っては下りる。

私は、本当に行くのかと恐れる気持ちと、行くしかないと確信する気持ちを行き来して過ごした。

早期退職願いを出してから1年近くが経っていた。

***

そんなある日。山伏・佐藤さんは、私に1冊の本を手渡した。写真家・井賀孝氏の『山をはしる―1200日間山伏の旅』(亜紀書房、2012年)だ。

井賀氏は個人的な因縁もあり、各地で山伏修行に身を投じている。その体験を写真と文章で描いたルポルタージュだ。八海山の話も出てくる。

その中で、佐藤さんの師匠である月岡先達が登場する。氏は先達を「生きる伝説」と称している。

人間とは思えない速さでの登山。神がかり的な出来事。強烈なエピソードの数々が記されている。

そんな伝説の山伏に連れられて山を登るのか。

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想像を遥かに超える本格的な世界。練習のため、鎖場やロープのある近場の山を登ってはみたものの、レベルが違いすぎる。

私が参加するのは参拝者向けの登山だ。井賀氏のように山伏と一緒に修行をする訳ではない。

それでも、恐怖や重圧が大きくなり過ぎて、胃の調子を崩してしまった。

そんなある日。初めて八海山へ向かうにあたり、月岡先達に予めご挨拶することになった。上京のご予定に合わせ、佐藤さんの自宅で会う。

初めてお見かけする月岡先達はスーツ姿だった。口数の少ない、凛とした初老の男性といった風情だ。鋭い眼光。慈悲をたたえた表情。

一緒に昼食を囲みながらも、胃を痛める私は食欲がない。事の次第を告げると、佐藤さんは明るく言った。

「練習なんてしなくても、神様が登らせてくださるから大丈夫なんだけどねー」

すると、月岡先達は突然、佐藤さんに火渡りの炭を持ってくるように言った。

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火渡りとは毎年10月20日に行われる「大火渡祭」のことだ。巨大な護摩壇に火を焚き、火伏せした後、その上を行者と参拝者が渡る。山岳信仰の伝統が色濃く残る、八海山尊神社の祭事だ。

その護摩壇の炭が取ってあるのだという。私は、粉にしたものを言われるまま飲み込む。

次の瞬間、胃はすっかり治っていた。

***

7月1日。私はついに八海山の麓に足を踏み入れた。まずは社務所に向かう。

初めてなのに何故か心が落ち着く空間。佐藤さんに導かれ、祭壇でご挨拶をした。

「神様が大歓迎してるよ」

満面の笑みで、彼女はそう言った。

その後、御山開きの祭事に参列して、再び社務所に戻ってきた。前泊させていただくのだ。

夕食後、佐藤さんは夜登りに行ってしまった。

八ツ峰も含めて通常なら12時間から13時間かかる険しい道のりを、暗闇の中ひとりで登って下りてくる。そのまま翌朝も皆と再び登るのだという。

月岡先達とともに佐藤さんを見送る。明日には自分も登るのに、どこか現実味がないままだった。

翌朝とうとう私は初めての登拝に臨んだ。だが、山の神様へのご挨拶は一筋縄では行かなかった。

つづく

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