溝口智子

小説を書いてたりすることがあったりなかったりするものです。 マイナビファン文庫より『万…

溝口智子

小説を書いてたりすることがあったりなかったりするものです。 マイナビファン文庫より『万国菓子舗 お気に召すまま』1~10巻発売中 注文したらなんでも作ってくれるお菓子屋さんのほんわか話です。

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憑 狂 ~ツキクルウ~

あらすじ はかなげな美人に翻弄される美大生。 狂気の画家。消える少年たち。 みな、夢幻のなかに、自分をなくしていく――― 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅰ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅱ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅲ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅳ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅴ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅵ 憑 狂 ~ツキクル~ Ⅶ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅷ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅸ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅹ 背中1   憑 狂 ~ツキクルウ~ 背中2   憑

    • 背中9   憑 狂 ~ツキクルウ~

       大基の部屋を引き継いで、さゆみは暮らしてきた。大基がいた時そのままの家具、そのままの食器、そのままの衣服。大基がいつ戻って来てもいいように、ずっと変えることなく、待ち続けていた。  けれど、もう必要ない。大基は帰って来たけれど、さゆみとは違う世界に行ってしまった。この部屋を引き払う決心がやっとついた。 「さゆみ、梱包が終わったものから運び出すから、こっちに出してくれ」  部屋の片づけに、斗真は全面的に力を貸してくれた。彼の左手の薬指には、もう指輪はない。  さゆみも

      • 背中8   憑 狂 ~ツキクルウ~

        「何か変なことに、お兄ちゃんは巻き込まれたんです。だって、こんな死に方、普通じゃない」  病院の霊安室で、美和は真っ青な顔で亡霊のような姿で立っていた。大吾死亡の連絡を受けたさゆみと斗真が駆けつけた時には、北条刑事がすでに美和に付き添っていた。 「病院では自殺なのは間違いないから解剖されないって言うんです。でも、絶対、おかしいじゃないですか。百合子さんの家で何かあったんじゃないですか? お兄ちゃんが変になった理由が何かあったんじゃないですか?」  美和に詰め寄られて、さ

        • 背中7   憑 狂 ~ツキクルウ~

           画廊から出てきた百合子と『背中』を見て、さゆみの足は考えるよりも先に駆けだした。画廊まであと少し、というところで斗真が駆けだして来て、百合子の前に立ちふさがった。すぐに刑事が出てきて、刑事はさゆみの前に両手を広げて立ちふさがる。 「はい、ストーップ。あんたはこれ以上、近づけません」 「何言ってるの! 彼がどうなってもいいの!?」  刑事はため息を吐いた。 「いいもなにも、本人が高坂百合子の弟だって言うんだから、しかたないさ」 「……見捨てるの?」  刑事はさゆみ

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        憑 狂 ~ツキクルウ~

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          背中6   憑 狂 ~ツキクルウ~

           さゆみが一人で行っていた尾行に、斗真も手を貸すことになった。そのおかげで、百合子の家のすぐそばに張り付くことが出来るようになったわけだが、男性が見張っているとなると、通報される危険性が増す。基本的には、百合子が日常的に利用している駅で待ち伏せすることにした。  百合子はなぜか外出にタクシーを使わない。尾行する身としてはありがたい。  斗真が百合子を見た第一印象は、美人だけれど地味な女性だというものだった。駅で待ち伏せして、外出から帰ってきた百合子の後を尾けたのだが、彼女の

          背中6   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中5   憑 狂 ~ツキクルウ~

          「お兄ちゃん!? どうしたの!?」  昼休み、画廊のドアが開いたチャイム音で、食べかけの弁当を置いて表に出た私を見て、お兄ちゃんが両手を上げて、ひらひらと振った。 「突撃、職場ほうもーん」 「もう! やめてよ、そういうの! お客様の迷惑になるでしょ!」  大きなバックパックを肩にかけたお兄ちゃんは、そんなに広くもない画廊の中を、しつこいほどにキョロキョロと見渡した。 「おお、団体様がいらっしゃってますね」 「そういう冗談もやめて。お父さんそっくり」  本当に、お

          背中5   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中4   憑 狂 ~ツキクルウ~

           さゆみは百合子の尾行に手間取っていた。新しい『背中』が完成したのだ。早くしなければ次の『背中』を百合子が見つけてしまうかもしれない。  年齢が、合わないのだ。  百合子の『弟』が大基と同い年だという設定なのだとしたら、二十五歳でないとおかしい。なのに、今回、完成した『背中』は二十三歳なのだ。二年前に完成されておくべきだったもののはずだ。  百合子は、すぐに次の、二十五歳の『背中』を見つける。さゆみは確信していた。なぜ自分がそんなことを思うのかわからないが、間違いないと自

          背中4   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中3   憑 狂 ~ツキクルウ~

           珍しく、オーナーが店にやって来た。緊張して背筋が痛むほど姿勢を正す。 「ご苦労様。変わったことはないかな」 「はい。特には」  尋ねられても、本当になーんにもない。お客はほぼ来ないし、来ても冷やかしだし、絵を買おうなんて奇特な人は、この不景気の中、いないんじゃないかな。 「あ……」  オーナーが私が漏らした呟きに反応して、首をかしげる。 「なにか、あったのかね?」  なにかというほどのことはない。先日の熱心なお客様のことを思い出しただけだ。報告するほどのことで

          背中3   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中2   憑 狂 ~ツキクルウ~

           いったい、どう言えば良かったんだろう。  さゆみは半月経った今でも、後悔に似た自問を繰り返していた。  あの背中を、大基にそっくりなあの背中を、守ることが出来るのは私しかいないのに。  なのに、私はおめおめと、あの女の前から 逃げ出してしまった。  何度もくり返し、何度も唇を噛んだその問いの答えを、さゆみは何度考えても思いつくことは出来なかった。 「おい、加藤田。昼、行かないのか」  声をかけられて、ハッとした。半ば無意識にパソコンに入力していた数字は、奇跡的に間違

          背中2   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中 1   憑 狂 ~ツキクルウ~

           硝子扉が開く音に、私は顔を上げた。 「いらっしゃいませ」  画廊に入って来たのはショートボブで、ベージュのパンツスーツ姿の女性だった。私の声が耳に入らなかったかのように、引き寄せられるように、奥の壁に掛けてある絵に近づいていく。  他のものは目に映っていないだろう。まっすぐに絵に向けられた瞳はどこか遠くをみているようだった。  女性はそこから右にさかのぼって、一枚ずつ丹念に絵を見つめていく。それらはどれも、男性の背中を描いた絵だ。最大サイズ、50号のキャンバスの背中

          背中 1   憑 狂 ~ツキクルウ~

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅹ

           橋田画廊に足を踏み入れた途端、その絵に目を奪われた。  男性の背中の絵。  よく知っている背中。ずっと見つめつづけていた背中。  まっすぐ、その絵に歩み寄る。  大基の背中だ。二十歳を過ぎても頼りなく細く、やや猫背だった。やけに首が長くて、マフラーを編んでやったら細すぎると言って笑った。  目を離すことができず、じっと見つめていると、受付の女性が話しかけてきた。 「こちらは高坂のライフワークで、彼女が弟の成長を描き続けた連作の、最新の作品です」  さゆみは、ちら

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅹ

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅸ

           小奇麗なマンションのガラス扉の前に立ち、オートロックのインターホンを鳴らす。  ぴーんぽーん。  チャイム音に応答はない。  ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。  八回目のボタンを押そうとした時、エレベーターのドアが開き高坂百合子が降りてきた。慌てるでもなく、いぶかしむでもない。  微笑んでいる。静かに歩いてくる。  自動でガラス扉が開くと百合子はそこで立ち止まり、さゆみに優しく笑いかけた。 「あら、あなたは……。

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅸ

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅷ

           目覚めると、窓から朝の光が差し込んでいた。  雲ひとつない青空。空気は澄んで爽やかだ。久しぶりに目覚めたような、すっきりした気持ちで起き上がる。  ベッド脇の目覚まし時計は、八時十分を指していた。一限に余裕で間に合う時間。美大に合格してから一年間だけは、この時間に起きて通学していた。  シャワーを浴びてひげを剃る。ひげは濃い方ではないのに、かみそりに削り取られるひげたちは、イヤに黒々としている。  シャワーで洗い流し、かみそりの水滴を切る。  冷蔵庫からペットボトルの水

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅷ

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅶ

           描きかけの百合子の絵を見る。  男性の背中。と言うには、あまりに幼く細い。高校生、いや、中学生と言っても通用するのではないだろうか。自分の背中は、こんなにも幼いのだろうか? 大基は、百合子の絵を見て、首をひねる。 「大ちゃん、お待たせ。出来ました。召し上がれ」  百合子がテーブルに手料理を所狭しと並べて、声をかけた。 「あ、はい、すみません」  大基の言葉を、百合子はくすくすと笑う。 「なんで謝るのかしら? 一緒にお食事ができて、私うれしいのよ」  笑顔で小首を

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅶ

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅵ

           それから、何度か百合子の部屋に通った。百合子に背中を見つめられると、いつも寒気がして脂汗が流れる。モデルとは、こんなに体に負担がかかるものなのか。  大学で人体デッサンをしながら、モデルの女性の胆力に舌を巻いた。  けだるい体をひきずって、どうにか講義を終えて駅にむかっていると、さゆみが走って追いかけてきた。 「話があるんだけど」  目を吊り上げている。ああ、怒ってるな、とぼんやり思う。 「なに? 早く帰りたいんだけど」  さゆみの目が、さらに吊りあがる。 「あの

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅵ

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅴ

           画家と百合子と大基。三人で囲む奇妙な食卓は、まるでいびつな家族のようだった。  楽しそうにはしゃぐ画家と、微笑み相槌をうつ百合子は夫婦のようにも父娘のようにも見えた。ただ黙々と箸を口へ運ぶ大基は二人の息子か、あるいは弟のようであったかもしれない。  食後の片づけを手伝おうとすると、百合子はやんわり断った。 「炊事も私のお仕事なの。これから作り置きの食事も作るから、ちょっと時間がかかるけど、大ちゃんはゆっくりしていて」  大基は手持ち無沙汰に、画家を探した。最初に入った

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅴ