溝口智子

小説を書いてたりすることがあったりなかったりするものです。 マイナビファン文庫より『万…

溝口智子

小説を書いてたりすることがあったりなかったりするものです。 マイナビファン文庫より『万国菓子舗 お気に召すまま』1~10巻発売中 注文したらなんでも作ってくれるお菓子屋さんのほんわか話です。

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憑 狂 ~ツキクルウ~

あらすじ はかなげな美人に翻弄される美大生。 狂気の画家。消える少年たち。 みな、夢幻のなかに、自分をなくしていく――― 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅰ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅱ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅲ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅳ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅴ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅵ 憑 狂 ~ツキクル~ Ⅶ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅷ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅸ 憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅹ 背中1   憑 狂 ~ツキクルウ~ 背中2   憑

    • ドはドーナツのど~でもいい話

      あれはもう、数十年前。 中高一貫カトリックの女学校に通っていた頃のことです。 母校は近隣でお嬢様学校と言われていただけあって、体育祭も、学園祭も、父兄以外立入禁止でした。 とくに、学園祭はチケット制で、生徒は一人2枚のチケットをもらいました。 そのチケットを持った人しか秘密の花園に入ることはできません。 たいていは親兄妹が来るのですが、彼氏を呼ぶつわものもいて、なかなかに楽しく、しかし静かな学園祭なのでした。 入場からそんなふうに厳しかったのですから、催しものにも厳し

      • 十年前の熊本旅行記

         もう十年ちかく昔のことだ。  週末を利用して熊本に旅行した。寒い日が続いていたので覚悟をしていたのだが、当日は小春日和。コートが邪魔なほどの陽気だった。  熊本に旅行するといえば熊本城に突進するというのが私の中でのお決まりだ。熊本城をこよなく愛しているのだ。  しかし今回は道連れがあり、連れのリクエストに答える形で水前寺公園に行くことになった。  水前寺成趣園というのが正式名称のこの観光スポットは、桃山式回遊庭園だ。  築山や浮石、芝生、松などの植木で東海道五十三次の景

        • 無職といふこと

           アラームが鳴ってスマホを見ると七時、もう起きないと遅刻する。そう思って枕から頭を離した。 「そうか、もう仕事行かなくていいんだ」  ぽふりと頭は枕に戻る。ぼんやりと天井を見つめる。白い天井に午前のゆるい光が届いてわずかな起伏がやわらかな影を産む。それが遠くに飛んでいくような眩暈を感じて目を閉じた。  次に起きた時には時刻は十一時を過ぎていた。いささか寝過ぎて頭が重い。起き上がり、途方にくれた。  いったい何をすればいいのだろう。  仕事に行っていると時間はいくらあって

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        憑 狂 ~ツキクルウ~

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          秋の終わりから10年さきへ

           家を出てすぐに風に吹かれた。服を素通りしたかのように肌に直接、寒さが沁みた。もう冬のコートを出した方がいいようだ。  昨日、契約がきれて仕事を失くした。十月の終わり、秋の終わり。   「大きくなったら何になりたい?」  という問いに、子供の頃は無邪気に答えていたっけ。今は「この先何になりたい?」聞かれても答えられない。未来は茫洋として霧の向こうにあり、一歩先だって見えはしないのだから。  十年前はまだ未来を信じていたように思う。フリーターから安定した正社員生活に切り替え

          秋の終わりから10年さきへ

          背中9   憑 狂 ~ツキクルウ~

           大基の部屋を引き継いで、さゆみは暮らしてきた。大基がいた時そのままの家具、そのままの食器、そのままの衣服。大基がいつ戻って来てもいいように、ずっと変えることなく、待ち続けていた。  けれど、もう必要ない。大基は帰って来たけれど、さゆみとは違う世界に行ってしまった。この部屋を引き払う決心がやっとついた。 「さゆみ、梱包が終わったものから運び出すから、こっちに出してくれ」  部屋の片づけに、斗真は全面的に力を貸してくれた。彼の左手の薬指には、もう指輪はない。  さゆみも

          背中9   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中8   憑 狂 ~ツキクルウ~

          「何か変なことに、お兄ちゃんは巻き込まれたんです。だって、こんな死に方、普通じゃない」  病院の霊安室で、美和は真っ青な顔で亡霊のような姿で立っていた。大吾死亡の連絡を受けたさゆみと斗真が駆けつけた時には、北条刑事がすでに美和に付き添っていた。 「病院では自殺なのは間違いないから解剖されないって言うんです。でも、絶対、おかしいじゃないですか。百合子さんの家で何かあったんじゃないですか? お兄ちゃんが変になった理由が何かあったんじゃないですか?」  美和に詰め寄られて、さ

          背中8   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中7   憑 狂 ~ツキクルウ~

           画廊から出てきた百合子と『背中』を見て、さゆみの足は考えるよりも先に駆けだした。画廊まであと少し、というところで斗真が駆けだして来て、百合子の前に立ちふさがった。すぐに刑事が出てきて、刑事はさゆみの前に両手を広げて立ちふさがる。 「はい、ストーップ。あんたはこれ以上、近づけません」 「何言ってるの! 彼がどうなってもいいの!?」  刑事はため息を吐いた。 「いいもなにも、本人が高坂百合子の弟だって言うんだから、しかたないさ」 「……見捨てるの?」  刑事はさゆみ

          背中7   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中6   憑 狂 ~ツキクルウ~

           さゆみが一人で行っていた尾行に、斗真も手を貸すことになった。そのおかげで、百合子の家のすぐそばに張り付くことが出来るようになったわけだが、男性が見張っているとなると、通報される危険性が増す。基本的には、百合子が日常的に利用している駅で待ち伏せすることにした。  百合子はなぜか外出にタクシーを使わない。尾行する身としてはありがたい。  斗真が百合子を見た第一印象は、美人だけれど地味な女性だというものだった。駅で待ち伏せして、外出から帰ってきた百合子の後を尾けたのだが、彼女の

          背中6   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中5   憑 狂 ~ツキクルウ~

          「お兄ちゃん!? どうしたの!?」  昼休み、画廊のドアが開いたチャイム音で、食べかけの弁当を置いて表に出た私を見て、お兄ちゃんが両手を上げて、ひらひらと振った。 「突撃、職場ほうもーん」 「もう! やめてよ、そういうの! お客様の迷惑になるでしょ!」  大きなバックパックを肩にかけたお兄ちゃんは、そんなに広くもない画廊の中を、しつこいほどにキョロキョロと見渡した。 「おお、団体様がいらっしゃってますね」 「そういう冗談もやめて。お父さんそっくり」  本当に、お

          背中5   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中4   憑 狂 ~ツキクルウ~

           さゆみは百合子の尾行に手間取っていた。新しい『背中』が完成したのだ。早くしなければ次の『背中』を百合子が見つけてしまうかもしれない。  年齢が、合わないのだ。  百合子の『弟』が大基と同い年だという設定なのだとしたら、二十五歳でないとおかしい。なのに、今回、完成した『背中』は二十三歳なのだ。二年前に完成されておくべきだったもののはずだ。  百合子は、すぐに次の、二十五歳の『背中』を見つける。さゆみは確信していた。なぜ自分がそんなことを思うのかわからないが、間違いないと自

          背中4   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中3   憑 狂 ~ツキクルウ~

           珍しく、オーナーが店にやって来た。緊張して背筋が痛むほど姿勢を正す。 「ご苦労様。変わったことはないかな」 「はい。特には」  尋ねられても、本当になーんにもない。お客はほぼ来ないし、来ても冷やかしだし、絵を買おうなんて奇特な人は、この不景気の中、いないんじゃないかな。 「あ……」  オーナーが私が漏らした呟きに反応して、首をかしげる。 「なにか、あったのかね?」  なにかというほどのことはない。先日の熱心なお客様のことを思い出しただけだ。報告するほどのことで

          背中3   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中2   憑 狂 ~ツキクルウ~

           いったい、どう言えば良かったんだろう。  さゆみは半月経った今でも、後悔に似た自問を繰り返していた。  あの背中を、大基にそっくりなあの背中を、守ることが出来るのは私しかいないのに。  なのに、私はおめおめと、あの女の前から 逃げ出してしまった。  何度もくり返し、何度も唇を噛んだその問いの答えを、さゆみは何度考えても思いつくことは出来なかった。 「おい、加藤田。昼、行かないのか」  声をかけられて、ハッとした。半ば無意識にパソコンに入力していた数字は、奇跡的に間違

          背中2   憑 狂 ~ツキクルウ~

          背中 1   憑 狂 ~ツキクルウ~

           硝子扉が開く音に、私は顔を上げた。 「いらっしゃいませ」  画廊に入って来たのはショートボブで、ベージュのパンツスーツ姿の女性だった。私の声が耳に入らなかったかのように、引き寄せられるように、奥の壁に掛けてある絵に近づいていく。  他のものは目に映っていないだろう。まっすぐに絵に向けられた瞳はどこか遠くをみているようだった。  女性はそこから右にさかのぼって、一枚ずつ丹念に絵を見つめていく。それらはどれも、男性の背中を描いた絵だ。最大サイズ、50号のキャンバスの背中

          背中 1   憑 狂 ~ツキクルウ~

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅹ

           橋田画廊に足を踏み入れた途端、その絵に目を奪われた。  男性の背中の絵。  よく知っている背中。ずっと見つめつづけていた背中。  まっすぐ、その絵に歩み寄る。  大基の背中だ。二十歳を過ぎても頼りなく細く、やや猫背だった。やけに首が長くて、マフラーを編んでやったら細すぎると言って笑った。  目を離すことができず、じっと見つめていると、受付の女性が話しかけてきた。 「こちらは高坂のライフワークで、彼女が弟の成長を描き続けた連作の、最新の作品です」  さゆみは、ちら

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅹ

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅸ

           小奇麗なマンションのガラス扉の前に立ち、オートロックのインターホンを鳴らす。  ぴーんぽーん。  チャイム音に応答はない。  ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。  八回目のボタンを押そうとした時、エレベーターのドアが開き高坂百合子が降りてきた。慌てるでもなく、いぶかしむでもない。  微笑んでいる。静かに歩いてくる。  自動でガラス扉が開くと百合子はそこで立ち止まり、さゆみに優しく笑いかけた。 「あら、あなたは……。

          憑 狂 ~ツキクルウ~ Ⅸ