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背中8   憑 狂 ~ツキクルウ~

「何か変なことに、お兄ちゃんは巻き込まれたんです。だって、こんな死に方、普通じゃない」

 病院の霊安室で、美和は真っ青な顔で亡霊のような姿で立っていた。大吾死亡の連絡を受けたさゆみと斗真が駆けつけた時には、北条刑事がすでに美和に付き添っていた。

「病院では自殺なのは間違いないから解剖されないって言うんです。でも、絶対、おかしいじゃないですか。百合子さんの家で何かあったんじゃないですか? お兄ちゃんが変になった理由が何かあったんじゃないですか?」

 美和に詰め寄られて、さゆみは大吾を連れ帰った時の様子を詳しく語った。美和は瞬きもしないで聞き入っていた。

「催眠術にかけられたんだ、きっとそうだ。催眠術をかけて、死ぬように命令したんだ」

 美和は刑事の腕にすがる。

「百合子さんがお兄ちゃんを殺したんです。捕まえてください。お願いします」

 刑事は眉根を寄せた厳しい表情を見せた。

「あんたの兄さんの死亡は事件性がないというのが医者の見解だ。警察が出る幕じゃない。もし死因に異論があるなら解剖も出来る。だが、死亡原因が催眠術だったかどうかなんて特定は出来ないぞ。死んだ原因が、そんな理由だとしたら証拠は何も出ないんだからな」

「証拠ならあります。百合子さんの家にいた柚月さんとの電話、その時の話を録音してます」

 美和はスマホを取り出して音声を再生した。刑事は表情を緩めることなく聞き終わった。しばらく黙って考えに沈んでいたが、さゆみと斗真の方に振り返って尋ねた。

「あんたたちから見て、どうだった? 船木大吾は催眠術で操られていたと思うか」

 斗真はさゆみに目をやったが、さゆみは微動だにしない。斗真は自分の考えを口にした。

「操られている、というよりは、とり憑かれているといった様子に見えました」

「とり憑かれる? 何に?」

「高坂百合子の弟にです。大吾さんは、心の底から高坂百合子を姉だと思っているように見えました」

「でも!」

 美和がスマホをかざしてみせる。

「お兄ちゃんは言ったんです。『ごめん、美和』って。私のこと、わかってたんです。でも、それでも、百合子さんの言うことを聞いたんです。それって、洗脳なんじゃないですか? 人を操るなんて犯罪じゃないんですか?」

 刑事はますます渋い表情になった。

「洗脳された人間が起こした事件というのはある。だが、洗脳したという事実自体が犯罪にあたるわけじゃない。洗脳して犯罪を行わせたというのならば、別だ。だが、その場合でも、立証は難しい。洗脳された本人が、自分の意思でやったと言えば、それで終わりだ」

 美和はまだ何かを言いたそうだったが、言葉は出て来なかった。

「虐待の可能性はあるんじゃない?」

 さゆみがぽつりと言った。

「私たちが大吾さんを見つけた時、かなり衰弱していた。命の危険があるほどに。たった一日でそんなことになるなんて、普通はないでしょう。高坂百合子が何か肉体的な苦痛を与え続けたとか、それ以上の何かをしたとか」

 刑事が無精ひげを撫でながら尋ねる。

「それ以上の何かって?」

「それを、警察で調べることは出来ないの?」

 さゆみに見つめられ、刑事は天井を向いてしばらく考えていた。

「あまり、期待せんでくれよ。俺の管轄じゃないから、強くは言えん。だが、担当部署に提案はしてみる」

 そう言って、誰とも目を合わせないようにして霊安室から出て行った。

 美和の家族は大吾の解剖を希望した。警察関係からは、遺族からの承諾解剖として受け入れられた。北条刑事の働きもあってか、事件性があると判断されたようで調査されることになった。

 大吾が倒れた現場、百合子の邸にも警察が立ち入ったが、これといった発見はなく、事情を聞かれた百合子にも、特段の落ち度はないと断定された。
 事情聴取が終わり、警察署を後にする百合子に、聴取を担当した刑事が尋ねた。

「船木大吾さんを、自分の弟だと言っていたなら、亡くなってしまって寂しいんじゃないですか?」

百合子は微笑を浮かべて答えた。

「船木さんは、残念でしたわ。でも、私にはあまり関係ないですから。私の弟は死んだりしていませんし」

 その刑事は去って行く百合子の背中を腑に落ちない気分で見送った。


 大吾の葬儀が終わって、美和は一番に橋田画廊に向かった。美和が休んでいる間、画廊に詰めていたオーナーは、お悔やみを言うよりも先に満面の笑みで美和のために受付カウンターの椅子を引いてやった。
 だが、美和は画廊の入り口に立ったまま、店の奥に入ろうとはしない。

「どうしたのかな、美和君」

 美和はバッグから取り出した封書を、近づいてきたオーナーに突き出した。

「退職願?」

「兄があんなことになって、気持ちが落ち着かないんです。こちらで働いていたら百合子さんとも顔を合わせなければいけません。とても、普通に接することは出来そうにもなくて」

 オーナーは驚いた顔をしたが、それが演技であることは、大仰すぎる動きと、笑いを含んだ目を見れば、すぐにわかった。

「それは、美和君。契約違反だよ」

「契約?」

「そう。就業契約を結んだよね。契約書に、君の拇印がしっかりついているよ」

「なんのことですか?」

「おや、忘れてしまったのかな」

 オーナーは受付デスクの引き出しから大き目の封筒を取り出した。中に何部かの書類が入っている。
 その中の一部を抜き出して、美和に手渡した。
 美和は書類を読んで目を見開いた。

「なんですか、これ。私、知りません」

 オーナーは親切そうな笑顔を見せた。これも演技だ。美和はオーナーの態度にイラつきを覚えた。

「本当に忘れてしまったんだねえ。五年間は勤続するっていう契約を。違反したら違約金を払うというのも契約内容に入っているよ」

 美和はあらためて書類を見直した。違約金の項には、法外な金額が提示されていた。

「こんなの、知りません! いつ書いたって言うんですか!」

「書類の発行は一週間前だよ。日付も入っている」

「でも、私はこんな、拇印なんか押した覚えはないです。でたらめ言わないでください!」

 ニヤニヤとオーナーが笑う。今まで我慢していたタガが外れたかのように、顔を歪めて笑っている。

「仕方ないなあ。覚えていないなら、証拠を見せよう。バックヤードにおいで」

 オーナーがバックヤードに続くドアを開けて美和を待っている。行くべきではない。美和の本能が警告を発したが、手元の書類を見ていると、不安が喉元までせりあがって来て、動かずにはいられなかった。

 バックヤードでオーナーは防犯カメラの録画データを再生した。日付は一週間前、契約書の締結日と同じだった。
 防犯カメラの位置は固定されている。いつでも入り口付近が映し出される。画面の中には、見慣れた受付のデスクがある。

 デスクには美和が座っている。書類に何かを書き込んでいる。隣にはオーナーが立っている。時おり、書類を指さし、美和に何か指示している。
 美和の後ろには百合子が立って、肩越しに美和の手元を見ている。

「……なにこれ」

 ぽつりと呟いたが、答えはない。
 映像の中、百合子が契約書の隅を指さす。美和はデスクから朱肉を取り出すと、親指を朱に染めて、紙に押し付けた。
 
 こんな記憶はなかった。あるはずがない。
契約書など今日、初めて見たのだ。拇印など押したことはない。まさか指先が印鑑の代わりになるなどということが、現代にも通じる習慣だとは思っていなかった。

 映像の中、美和は朱色の親指をぼんやりと眺めている。百合子がその手を取り、美和の指をぺろりと舐めた。

 ぞわ、と鳥肌が立った。百合子がぺろりぺろりと朱色を舐めとっていくのを見るたびに、美和はその感触を思い出した。
 知らないはずの感触が、指先に戻ってきた。柔らかく、ぬめった舌が、しっとりと指に絡みつく。温かく艶めいて。絡めとられる。快感が背中を這い上る。

 この感触。
 知っている。
 吸われている。
 味わわれている。
 ちゅうちゅうと。
 もうだめ、捕まっちゃった。
 
 美和は、か細い羽虫だった。蜘蛛の巣はすぐそばに行くまで、光の影に隠れて見えなかった。
 見えた時には遅すぎた。
 美しい、美しい網目模様に、優しく、優しく包まれた。

 目の前には黄色と黒のはっきりとした縞模様。
 危険を知らせるサイン。
 ああ、でもその魅惑的な姿。惹きつけられる。もう逃げられない。
 もう、逃げられない。

 もう、吸いつくされる。

 

 大ちゃんが帰ってこない。
 どこに行ったんだろう。
 私のかわいい弟。

 今日は一緒に遊びに行った。
 大ちゃんは消えちゃった。
 先に帰っちゃったんだと思っていたのに。

 どうしよう、明日までの宿題。
 大ちゃんの後ろ姿の絵を描いていたのに。
 続きが描けなくなっちゃった。

 大人たちが叫んでる。
 あちこち走って周ってる。
 お母さんが泣いている。
 お父さんが帰ってきた。

 大ちゃん。
 大ちゃん。
 かわいそうに。
 ずっと川にいたなんて。
 水浸しで、とっても寒そう。

 私?
 知らない。
 知―らない。
 今日は大ちゃんとは遊んでいないの。

 私はずっと絵を描いていたの。
 大ちゃんの絵じゃないよ。
 これは、おとなりのクラスの子。
 そうよ、仲良しなの。

 ねえ、私たち、仲良しよね。
 私のためなら、何でもしてくれるわよね。
 お願い、大ちゃん、ここに、この箪笥の中に隠れていて。
 誰が来てもしゃべっちゃだめ。

 大人たちが叫んでる。
 あちこち走って周ってる。
 知らないおばさんが尋ねてきた。
 お母さんが困ってる。

 私?
 知らない。
 知―らない。
 そんな子、全然知らない子。
 私は弟とお絵描きして遊んでいたんだもの。

 あら、大ちゃん。
 寝ちゃったのね。
 息もしないでぐっすり眠っちゃったのね。
 でも、ここじゃだめだわ。鬼に見つかっちゃう。
 そうだ、縁の下に隠そう。

 雪ばっかり降るな。
 外で遊べなくてつまんない。
 何かへんな臭いがするってお父さんが言う。
 私にはわからないな。
 早く春にならないかな。

 子猫を探して縁の下を覗いたら、変なものがあった。
 なんだろう、これ。しわくちゃだ。しわくちゃが服を着ている。
 そうだ。大ちゃんの絵を描いていたんだった。
 大ちゃん、どこに行ったんだろう。


 新しく画廊に搬入された高坂百合子の絵は、今までとは趣がまったく異なっていた。
 独特の色合いが印象的だった前作までとはガラリと変わり、黒一色で描かれていた。
 黒を背景に、黒い背中。題名は『背中 二十五歳 喪失』。
 ぞっとするほど悲しい喪失感を感じると画壇の話題になり、高坂百合子の名は著名な作家の列に並んだ。

 美和が消えた。
 画廊には笑顔のない見知らぬ女性が勤めている。さゆみが何を聞いても、さあ、と答えるだけで、らちが明かない。
 実家にも帰っていない、電話も通じない。
 手を尽くして探したが美和の影すら見つからなかった。

 北条刑事は眉間に深いシワを寄せて、百合子の邸を見上げていた。

「刑事さん」

 待ち合わせの時間ぴったりに、さゆみと斗真がやって来た。刑事は、ますます苦い表情になる。

「あんたら、本気か」

 斗真が肩にかついだ巨大な土嚢用の袋から、大ぶりな鍵を掲げてみせる。大吾を取り戻しに来た時に斗真が拾って、そのままになっていた、百合子の邸の門の鍵だ。

「本気です。刑事さんだって、そのつもりがあるから、ここにいるんじゃないですか?」

「不法侵入なんて、ばれたら俺は職をなくすんだぞ」

「俺達だって同じですよ。でも、今しかないんです。確実に高坂百合子はいない」

 刑事は天を仰いだ。

 百合子は今朝、橋田坂下のコレクションと共にカナダへ旅立った。橋田坂下の展覧会が催され、コレクションの持ち主である百合子も招待されているのだという。

 橋田画廊の新しい受付嬢が、珍しく嬉々として教えてくれた。見たところ、百合子のファンのようだった。
 さゆみが百合子の絵をべた褒めしてみせると、機嫌がよくなり画廊のオーナーのあれやこれやを話してくれた。
 どうやら画廊の資産を使い込んでいるらしいだとか、女癖が悪くていつも二、三人は愛人を侍らせているとか、歴代の受付嬢にも片っ端から手を出していただとか。
 百合子との関係について聞くと、途端に機嫌は急降下して、そんなこと勘繰るなんて下品だと吐き捨てるように言われて追い出された。

「橋田坂下の時と、船木大吾さんが亡くなった時に、家の中は警察が捜索してるんですから、あとは庭を調べないと」

「あんたたちは本当に出ると思ってるのか? 消えた男どもの成れの果てが」

 さゆみは一瞬、眉をひそめたが、すぐに元の表情を取りもどした。

「船木さんの死を見て、わかったんです。高坂百合子は決して魔女なんかじゃない、普通の人間だって。人間には、煙のように人を消す力なんてないんです。絵の中に人を閉じ込めるなんてこと、出来るわけがないんです」

 刑事はじっとさゆみを見つめた。

「だがな……」

「行きましょう」

 何かまだ苦言を呈するつもりだった刑事の言葉を遮って、斗真は門を開けて中へ入って行く。さゆみも後に続く。刑事は大きなため息を吐いて、足を引きずるようにして門の中に入った。

 庭は相変わらず鬱蒼とした木々のせいで太陽の光が遮られ薄暗い。

「で? どこを探すんだ?」

 投げやりに尋ねる刑事に、斗真が袋から出したシャベルを手渡す。

「おいおいおいおい、まさか、庭中をこれでほじくれって言うつもりじゃないだろうな」

「まさか」

 さゆみは準備してきていた軍手をはめる。

「怪しいところだけです」

「怪しいところってどこだよ、具体的に」

 斗真が自分用のシャベルを振りながら答える。

「刑事さんの方が、そういうことは詳しいんじゃないですか」

「残念ながら、俺は生活安全課の刑事さんなんだよ。行方不明者捜索だとか犯罪防止が任務だ」

「それでも、素人よりは詳しいですよね」

 さゆみと斗真は、刑事をじっと見つめる。

「……まさか、俺頼みで探すつもりか?」

 さゆみがぺこりと頭を下げる。

「よろしくお願いします」

 刑事は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。ぐるりと庭を見渡すが、木々に阻まれて狭い範囲しか見通せない。

「まず、生きていることはないよな、『背中』の男どもは」

 ひとり言のように呟く刑事の言葉に、斗真は几帳面に答えていく。

「可能性は限りなく低いと思います」

「木の上に証拠品を引っ張り上げるってのは、実際的じゃないよな」

「そうだと思います」

「そんなことくらい、あんたたちだって考えてるじゃないか。シャベルなんか用意しやがって」

「問題は、どこを掘ればいいか、なんです」

「何かを埋めたところを掘ればいい」

「たとえば、あそことかですか?」

 木の陰に、小さな花壇が見えている。枯れ落ちた何かの茎だけが、にゅっと伸びている。

「掘ってみるか」

 それから三人で手分けして、庭の地面を観察して回った。

 さゆみは邸の裏側、より小暗いあたりをうろついていた。
 地面ばかりを見つめて中腰で歩き回り、腰や背中が悲鳴を上げだした。痛むことを忘れようと、大基のことを考えた。

 何度片付けてやっても翌日には散らかす、だらしなさ。好き嫌いが多くて子どもが好むような料理ばかり食べる事。消極的で自信を持てない性格。身長ばかりひょろ長くて筋肉のない体。

 そんなことは思い出せるのに、顔を思い出そうとしても、ぼんやりとしたイメージしか湧かない。はっきりと思い出せるのは、背中だけ。百合子が描いた背中だけしか思い出せない。まるで、最初から大基には背中しかなかったかのように。

 ふと、一か所、目につく場所があった。イチョウの木の根方だ。ぽこりと土が盛り上がっている。根が張っているようにも見えるが、近づいてよく見てみると、他の場所より、土が黒っぽい。

 ここだ。

 さゆみはシャベルを地面に突き立てた。土はゆるくて、ざくざくと掘れた。
 すぐに、カツンと硬いものに当たった。シャベルを放り出して手で土を避ける。土にまみれた白いものが見えた。触ってみる。硬いのに、柔らかさも感じる。石ではない。
 丸い形で、ヒビが入っているのが見える。必死に手で土を掻く。出てきたものは、人間の頭蓋骨だった。

 両手で捧げ持ってしみじみと見つめる。見覚えがあった。少し歪んだ歯並び、八重歯が右だけするどい。

 そうだ、こんな顔だった。思い出した。
 大基だ。
 この骨は大基だ。
 さゆみは大基の頭を優しく胸に抱いた。

 警察官が大量にやって来た。日本中の警察官が詰めかけているのではないかと思ったほどだ。
 あちらでもこちらでも、大きなスコップで土を掘り返している。

 さゆみは自分で大基の骨をすべて掘りだしたかったのだが、シャベルではどうにもならず、しぶしぶあきらめた。
 その代わり、発掘をすぐそばで見学していた。庭から追い出されそうになっていたところを、北条刑事が口利きしてくれて、見るだけならと許可されたのだ。

 さすがに男手で掘ると早かった。あっという間に全身の骨が地上に出てきた。骨を包むように洋服が巻き付けてあった。さゆみが大基にプレゼントしたTシャツだった。ピンクの地に白抜きで「LOVE」と書いてある、妙に派手なものだ。
 冗談のつもりで贈ったのだが、大基は気に入ってしょっちゅう着ていた。

「こんな服が最後の衣装だなんて。バカだね、大基は」

 ぽつりと言葉が漏れた。こんなことを言うつもりではなかったのに。もっときれいなお別れの言葉を言いたかったのに。
 本当は、全然、お別れなんかしたくないんだ。
 骨でもいいから、ずっと一緒にいたいんだ。
 
 だが、それはどうにも叶えられない望みだ。
 誰にも叶えることは出来ない。

「さゆみ」

 呼ばれて、驚いて振り返る。大基がそこにいるのかと思って。けれど、そこに立っていたのは斗真だった。
 泥だらけで、さゆみとお揃いの水色の作業着を着ている。
 困ったような顔で、何を言ったらいいのか、戸惑っている顔で。さゆみを慰める言葉を探しているのだと、ありありとわかった。

 さゆみは、いつの間にか斗真の表情を読むことが出来るようになっていた。
 不意に、涙があふれた。
 自分はやっと、大基を思い出して、忘れることが出来る。
 ぼろぼろと涙をこぼすさゆみを、斗真はそっと抱きしめた。

 掘りだされた骨は、どれも不自然に白かった。なおかつ、行方不明になってからすぐに埋められたとしても、自然に骨になるには早すぎた。
 化学薬品で肉を溶かしたのではないかと判断された。

 橋田画廊に展示されている高坂百合子の絵も調べられた。百合子の周りで行方不明になった男たちの名前と、いなくなった当時の年齢が、しっかりと絵の裏に書かれていた。
 骨はすべて、遺族に返されることになる。
 
 百合子の絵からは人間の体組織が検出された。髪の黒からは髪の毛の、肌の色からは表皮のものらしい体組成が見つかった。
 高坂百合子は人間の体を顔料にして絵を描いていたのだ。ワイドショーが連日、悪鬼だ、山姥だと騒ぎ立てた。

 逮捕された百合子は、押し寄せたテレビカメラに向かって美しい微笑を残し、その姿は檻の中に消えた。

 画廊のオーナーは百合子の行いを何も知らなかったが、彼が所有する、いくつかあるうちのマンションの一室から、心神喪失状態の船木美和が保護され、監禁と違法薬物所持の容疑で逮捕されている。

 さゆみと斗真は百合子の邸に忍び込んだことで処罰をうけることを覚悟していたのだが、うやむやのうちに忘れ去られたのか、北条刑事が手をうってくれたかしたようで、ひっそりと日常に戻った。

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