吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。⑲ブレイクスルー編

前回の記事

これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。


筆者スペック

身長:160後半
体型:ギリギリ普通
学歴:私立文系
職業:税金関係
スポーツ経験:バドミントン、水泳
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
許せないこと:筋を通さないこと

アラサー童貞のダブルバインド

「辛さは人それぞれ」と言われるようになって久しい。その論理を努力に比して結果が出ないことに対してまで使うのはどうかとは思うが、実際問題俺はかなり擦り切れていた。

前回友人のポルシェが言ったように、2,3月の俺は、繁忙期で疲れ切っているのに休日さえ心を休ませていない事態に陥っており、それを「女の子と会える」という事実だけで無理矢理誤魔化していた節がある。実際はドタキャンされたりブロックされる疑念を抱きながら、上手くいかないのではないかという不安を持ちながら、緊張と気遣いの中これを続けるわけだ。気分はさながら十分な知識や技術がないまま爆弾を処理するようなもの。ガタが来るのも当然だ。

残念ながら、俺は他人と関わることそれ自体に楽しみを見出せるタイプの人間ではない。どれほど他人と話してきても疲れるものは疲れるし、辛いものは辛い。だからこそ関わることが負担にならない友人を大切に思っている。

なまじ声が大きくて通るからそう思われることが少ないだけで、俺ほどのコミュ障は滅多にいないとまで思っている。俺にとって恋愛市場で戦うということは、水泳で普段使わない筋肉を使うが如く、非常にエネルギーを使い疲弊する行為なのだ。

──疲れた…。

他人の結婚式で幸せを浴びる。同時に自分を顧みる。俺は上手くいっていない。そんなことばかりだ。周りが順当に恋人を作って、順当にライフステージを進めているか、あるいは独身貴族を謳歌する中で、俺一人どちらにもなることができず、童貞だ非童貞だと性知識を覚えたての中学生のように喚きながら、惨めにもがき続けているだけ。つくづく自分がまっとうな人間ではないのではないかと思い知らされる気がしてくる。そんな思考に辿り着いてしまう自分にさえも嫌気がさす。

だからといって休む気にもなれない。一度立ち止まってしまえば、もう二度と走り出せる気がしなかったからだ。魔法使い化の未来は着々と近づいてきている。日増しに大きくなる不安。日増しに大きくなる焦燥。このままでは友人の幸せすら祝えなくなるのではないかという恐怖。今、屈するわけにはいかない。俺はなんとしてでも…。

……

………

「では聞くが、お前は本当に童貞を捨てたいのか?」

──何を今さら。俺は童貞を捨てたいんじゃなくて、絶対に捨てるんだよ!!

「そうだ。絶対に捨てなければならない。なぜならそれはお前にとって唯一の感情だからだ」

──…。

「その様子だと薄々感づいているようだな。俺にかつての記憶はない。だが、あの光景だけは鮮明に覚えている。俺に童貞弄りをしてきた、職場のA子の面白がっている顔。それがお前の原動力だ。その顔があまりにも不快だったから、二度と誰にもそんな顔はさせまいと思った」

「他人に下に見られるから、誰とも身体を重ねられないことが嘲笑の対象で、その対象になるのが苦しいと思ったからもがきだした。故に、自身から零れ落ちた気持ちなどない!これを欺瞞と言わず何と言う!!」

「この身が誰かに好かれなければと、強迫観念に突き動かされてきた。傲慢にも走り続けた。だが所詮は偽物だ。そんな欺瞞では誰も抱けやしない。いや、誰を抱くべきかも定まらない」

「見ろ!その結果がこれだ。初めから抱くすべを知らず、抱くものを持たない、醜悪な劣等感の体現者が、お前の成れの果てと知れ!!」

「その理想は破綻している。お前のコンプレックスに付き合ってくれる女の子など空想のおとぎ話だ」

「そんな夢でしか生きられないのであれば…抱いたまま溺死しろ!!」

…振り返ってみて思ったことは、ほとんどが正しかっただろうけれど。

やはり、俺は大事なことを忘れているような気がした。

此処は地獄の底なれど

他人だけ幸せになっていく…地獄を見た。

金と時間だけ溶かして独身貴族を謳歌できない…地獄を見た。

そうしていくうちに最低限の繋がりさえ失う…地獄を見た。

いずれ辿る、魔法使い化の地獄を見た。

そして最初に…振られた地獄を見た。

「おい、その先は地獄だぞ」

お前は何のために、俺は何のために、童貞を捨てようと足掻いているのか。

思い出す。原初の光景。

熱気と湿気が充満する体育館で、真剣な顔で練習に励む女の子の表情。
練習終わりに見せた笑顔。

その顔が素敵だったから、その顔をもっと近くで見たいと思ったから、俺はその子のことが好きになったのではなかったか。好きだったから、その子と色々なことがしてみたいと思ったのではなかったか。

確かに始まりは劣等感からだった。

けど、根底にあったものは願いなんだよ。

人を好きになりたい、好きな子をもっと好きになりたい、好きな子に自分を好きになってほしい、好きな子と好きなことをしたい。何もかも手に入れようとして、結局何もかも取りこぼした男の、果たされなかった願いだ。

考えてみれば分かることだ。

…「俺は俺を好きになってくれる子を好きになろう」?

俺が最初に好いた子は、俺のことを好きだという確信はあったか?

歳を食って、否定されて、尊厳を奪われ、勝者の玩具として扱われ、裏切られ、擦り切れて、そうやって社会の薄暗がりに押し込まれた末に忘れてしまったものを、俺はやっと思い出した。

誰を見返すとか、見返さないとか、このままだと他人を祝えなくなるとか、やるしかないとか、そもそもこれはそういう問題ではない。

誰かを好きになれることが、自分が好きになった相手に好いてもらうことが、好きな相手と好きなことをするのが、この上なく尊いと思ったからこそ俺は地獄に挑むのだ。

後ろ向きでも事態は好転しない。

ここは地獄の底なれど。

現実に立ち向かう以上は。

前を向き続けなければならないのだ。

鈍色に輝ける星

繁忙期が終わったので有給を取った。

特にどこへ行ったわけではない。ただ寝っ転がって、大きなモニターでぼんやり映画を観ながらジャンクフードを頬張るだけだ。だが、久々の自堕落な生活は、何よりも心地よかった。

……

………

ふと、物思いに耽る。

俺は自己肯定感が終わっている。だが、他人の承認によってのみ自身を認められるような精神性では、一生健全な人生を送ることはできないと悟った。

そこで、俺は他人の誉め言葉をひとまず素直に受け取ることにした。思い上がりでもいい。勘違いでもいい。それが自分の活力になるのなら。

20余年の時をかけて丁寧に自尊心がすり潰されていった俺には、よるべになる結果もなく、確固たる成果もないまま、自分を肯定してやることは難しい。

だが、根拠のないうぬぼれこそが、今の俺には必要なのだ。

童貞を捨てるための戦いから1年以上が経過した。そこから今に至るまでにかけられた言葉を羅列したいと思う。自分自身のために。少々見苦しいが覚悟してもらおう。

恋愛経験がないとCOすること多数。
東京のヘルス嬢A「冗談なんでしょ~」
川崎の大衆向けソープ嬢「そのナリで言われても信じられない」

泥酔したベビー「それで未だ童貞とか宝の持ち腐れだから俺と顔代わってくれ。写真も撮ってやってんのに」
リスナーイーター(ベビーと共通の友人)「真面目に意味が分からん」
不倫で愛を説く男(ベビーと共通の友人)「俺が行けてお前が行けない理由がないと思うんだよね)
ベビーの彼女「初見で思ったよ。『イケメンが来た!』って」

吉原のソープ嬢「男子校だった?それとも理系とか?オタクだとリアルで恋愛するリソース無いよね。…共学だし文系だし、今はオタクでもないの?自然に女の子に気が遣えて、丁寧にキスができて、身体の扱いも優しい、清潔感もある。それで恋愛経験がないっていうのは、単純に積極性が足りないだけなんじゃないかな?(真理)」
アムウェイ女「嘘でしょ?そんなにカッコいいのに」
ヤリチン「ぶっちゃけ今のケツアナゴはイケてるんだからそんなに怯える必要性がないんだよな」

アムウェイ女「落ち着いていればいいのに、芸人みたいなリアクションするからダメなんだよね」
自称Fラン「ずっと自身無さげなのはよくないと思いますよ」
チャラ男「君は自分が何者か理解していない。他者評価に自己評価が追い付いた時、君は最強になれる

恋活パーティーのスタッフ「今回のパーティーで最も第一希望の票が多かった方向けに、特別なシステムをご案内しています!またケツアナゴ(筆者)様には、最も優れた容姿を持つとスタッフが判断した方向けの、完全招待制の特別なパーティーへの参加権も付与します!」

ポメラニアン「私はケツアナゴさんを第一希望に投票しました」

イエローネイル「岡田准一に似てるって言われませんか?」
金髪コーダー「めちゃくちゃ良い声してますね!ボイトレしてるんですか?」

お姉さん「君って横顔が錦戸亮に似てるよね」
ギョーザ「ひょっとして美容師さんですか?」
常連の運ちゃん「君、やっぱりタッキーに似てるよな」
なにわモンスター「童貞?君が?世の中分からんもんやな。まあ君は別に妥協する必要なんてないと思うで」
業務提携先のオッサン多数「タッキーに似てない?おじさんが君だったら遊びたい放題なのにな。ていうかなんでそんな今にもダークサイドに堕ちそうな顔してるの?

ギョーザ「正直ね、一目ぼれだったの」

鳩「お願いだから今回のことでミソジニストにはならないでほしい。世の中そんなクソ女ばっかじゃないし、お前が努力してるの知ってるからさ」
絵師「俺は純粋に応援してるんだよ。絶対ケツアナゴならいけるって」

アムウェイ女「もっと堂々とした方がいいよ。それだけで全然モテると思う」
ドクターカメムシ(ベビーと共通の友人)「いつもSNSで呪詛を撒き散らしてるのに、会うと爽やかなイケメンが出てくるから落差で風邪ひく」

人妻の先輩「お前のツラで女がいないのは最早ただの怠慢なんだよ。それかシンプルに性格が終わってるか(正解)
後輩くん「僕がいけるんですよ?先輩ならやりたい放題っすよ(高身長)」

シャッターナース「昔の写真見て思いますけど、別人じゃないですか」
錦糸町のアーチャー「そこで自分を変えようって一念発起できる行動力がすごいと思います」
濃厚マユゲ「いや誰これ!?すごい努力したんだな~って思いました」

カラコン「ケツアナゴさんの顔が良かったからマッチしたんです。ていうか写真より実物の方がカッコよくないですか?雰囲気イケメンじゃなくてちゃんとしたイケメンじゃないですか。もっと良い画角があると思いますけど」

ベビー「お前が今まで不作なのは、この歳で恋愛経験の無さから来る受け身姿勢というか、頼りなさというか、そういうところですかね。オス味が無いって感じ。全体的に。そのみてくれとオス味の無さがあまりにも釣り合ってなさすぎる」

ポルシェ「たまには心を休ませろ。余裕もってやらないと続かないよ」
所長(俺の雇い主)「仕事もプライベートもそうだけど、いちいち自分を卑下しすぎなんだよお前は。もっと自信持った方がいいぞ。見た目だって悪くないんだしさ。ちょっと調子に乗ってるくらいが何事もちょうどいいくらいなんだ
親父「普通はな、本当にどうやったって見込みのない人間の、独り身を弄るって発想にはならないんだ。だって怖いじゃんそういう人。どう考えても相手がいそうなのにいないから皆驚いて面白がってるんだろ。焦るなよ。お前は将来を絶望するほどブサイクじゃないんだから」

俺は俺の魂の奥底に巣食う闇に負けていた。

俺に対する周りの評価が反転したのは本当にここ一年ちょっとのことだ。だから信じられなかった。俺が本当に女性を抱けるだけの男なのか、自分で自分を評価できない、俺の心が弱かった。

誰かに負けるのはいい。けど、自分にだけは負けられない。

…また、折れる時が来るのかもしれない。

嫉妬と憎悪の怪物に成り下がる時が来るのかもしれない。

これだけ格好つけておいて、何も手に入れられないのかもしれない。

だが、己の生き方を悔いるのは、そうなってからでも遅くはない──!!

打ち倒すべき敵は他人ではない。

俺を下に見る他人でも、俺を袖にする女の子でもなく。

ただ俺を下に見る俺自身を、俺は撃滅しなければならない。

俺の『魔法使い化の未来に抗う』ための本当の戦い。

それは今、ここから、これから始まるのだ。

深くて昏い、絶望と苦痛にまみれた地獄の底で。

星が、鈍色ながらも輝き始めた。

これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。

……

………

あ、まだ続きます。

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