吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。①決意編


はじめに

どこで生き方を間違えたのかとんと見当もつかぬ。
何でも薄暗いじめじめしていた所でギャーギャー言っていたことだけは記憶している。

吾輩は25で初めて同年代の既婚者というものを見た。

しかもあとで聞くとそれは人間中で一番幸せな種族であったそうだ。この既婚者というのは時々我々童貞を捕まえて煮て食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼ら彼女らの姿に魅せられて式で一緒に写真に写った時何だかフワフワした感じがあったばかりである。

職場の飲み会で童貞煽りをする年下の女の顔を見たのがいわゆる”これから結婚しそうな人”というものの見始めであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。

吾輩は独り身であるから別段幸せを感じたりしないが、まずまず健康で友にも恵まれその日その日を暮らしている。

女は決して抱かない。結婚は人生の墓場である。

童貞は捨てられそうにないが、欲をいっても際限がないから生涯この奈落の底で純潔の雄として終るつもりだ。

──本当にそれでいいのか?

これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。

筆者スペック

身長:160後半
体重:58kg
体脂肪率:多分16~17%くらい
学歴:私立文系
職業:税金関係
スポーツ経験:バドミントン、水泳
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
年収:普通に低い

童貞はかく語りき

見当がつかないと言ったな。アレは嘘だ。

中学生の頃初恋をした。二度盛大に砕けた。

被害者面をするつもりはない。加害者は俺だ。好かれる努力もしなかった。

俺は"撲殺天使ドクロちゃん”だの、”とある科学の超電磁砲”だのを愛していたし、背は低いし、スポーツ刈りにフレームの太い眼鏡の所謂”キモオタ”であったし、同じ部活のその子よりずっと弱かったし、デリカシーはなかったし、おまけに性格も死ぬほど悪かった。褒められるようなところはべらぼうに声がデカくて通ることだけだった。もっとも、その子にとっては、それもマイナスでしかなかっただろう。

恋をしてからもただあるがまま生きて、ありのまま過ごしていた。自身を顧みることもせず、自信を持って正直に歩んでいるのに、それでいつかは報われるのだと思っていたのだ。

今でこそ冷静に回顧できるが、当時の俺にとって失恋──否”告白の拒絶"とは、己の存在意義さえ否定されるような、心刺す一撃となったのだ。

今でも自己肯定感が死んでいるのは、これが原因の1つではあると思う。

童貞は二度死ぬ

高校に入って、まず変えたことがある。

「目の端でシャトルを追うのが楽」という理由から、眼鏡からコンタクトになった。それだけでも大分周囲の反応は変わったように思う。

中学時代、人数不足の強豪校の捨て駒要員でしかなかった俺は、弱小高でエースとなった。幸運なことに俺に皆ついてきてくれたので、実績もそれなりに上げることができた。

自力で表彰されたのもこの頃が初めてで、「うちの部活なら先輩が一番カッコいいよね」なんて話も聞こえてきた。一度地に落ちた自己肯定感は、高校の3年間で最高値がついたのだ。

──これなら、俺にも彼女ができるはずだ。

とんだ思い上がりだった。

"自信"と"傲慢"を再び履き違えた俺は、二度身の程知らずの恋をして、またしても身の破滅を招いたのである。

みにくい童貞の子

大学編は割愛させてもらう。何もなかったからだ。

人生で一番楽しい時期だったと思う。この頃にできた友人達の多くとは未だに付き合いがある。友人達だけで十二分に楽しかったので、「彼女欲しい」とは口では言いながらもその気はまるで無かったのだ。

その代わり、卒業してからが問題だった。

東証一部上場・同期150人ほどの大企業に就職した俺は、声がデカく下手に擬態できてしまうせいで陽キャにつるまれ、入るコミュニティを誤った。

童貞が当たり前のコミュニティから、童貞が異端のコミュニティへ。

「10人いてお前だけ童貞で彼女いたことないのウケる」
「彼女にこの中で一人だけ童貞がいるけど当ててみて!ってやったらちゃんとお前のこと当ててたよwww」
「ねえ見て見て!この財布彼女がプレゼントしてくれたんだよ」

彼らは押し並べて高身長で、イケメンであり、自信に満ちていた。己の人生に瑕疵など何もないと、心の底から信じ切っているような表情で俺と話す。

──うるさいな。童貞と仕事の出来が関係あるのかよ?

残念ながら、彼らは「あるんだろうな」と思わせる雰囲気を纏っていた。そして、童貞でないことは特別なことでもなんでもないと言外に語っている。

たまに飲む同じ部署の同期の女子にしたって、「同じサークルの男子を全員自分の穴兄弟にした」とかいう凄まじい話を、自慢げに語るでもなく淡々と告げていた。

彼ら彼女らにとって性行為とは、自然とそこにあるものであり、それに渇望し、その上でそれが手に入らない人間の気持ちなど、1ミリたりとも理解できないようだった。

俺にはそれがたまらなく不快だった。

肝心の仕事も上手くいかず、意義を見出せず、プロパーの俺は常駐のヤツらと折り合いも悪く、金払いも良くない(ペーペーなのだから当たり前だが)

完全に逃げ場を失った俺は、精神の均衡を崩し、逃げるように仕事を辞めた。

童貞弄りが効いて退職したわけではない。ないが、要因の一つではあったのではなかろうかと今では推測している。

無職童貞ニジウラセブン

心が折れてダラダラしていた俺は、ある日旧友の結婚式に誘われた。

19歳の頃、「お前がこのまま今の彼女と結婚したら式に行ってやるよ」と啖呵を切った相手だった。

それが、冒頭の結婚式の話である。

友人の結婚は喜ばしいことだし(そもそも俺は祝えない相手を友人と定義していない)、式自体は楽しかった。誓いの言葉も任せてもらえたし。

だが、新郎新婦、他の旧友たちと同じ写真に写る、そこにいる作り笑顔の自分を改めて眺めた時に、ふと思ったのだ。

──つらいなあ。

共に写るもう一人の男友達は俺の与り知らぬところで既婚者になっていた。他の女子はすっかり大人びていて、はっきり言ってすこぶる美人だ。当然彼氏もいる。

俺は?俺だけが無職。こどおじ。そして何より…セックスの味も知らない。

酔いが冷め、一人トボトボ帰路につき、街灯のない夜道を歩いていた時の惨めさは筆舌に尽くしがたい。

こうして俺は就職活動を開始した。

まっこと奇異なことだろうが、俺が社会復帰を果たしたのは、ひとえに童貞コンプレックスを改めて自覚したからだったのである。

童貞卍リベンジャーズ

なんやかんやで今の職場に社会復帰した俺は、忘年会に参加した。

元々知り合いだった年下の女の子(彼氏持ち。A子とする)が職場にいた。
泥酔したA子は、ニヤニヤしながら俺を隣に呼んだ。

その子は昔からお洒落で、愛想がよく、気が利いて、近くを通ると良い匂いがする。

童貞力53万のへべれけの俺は、中学生じみた淫猥なハプニングを想起し、ドギマギしながら隣の席へ着いた。

しかしだ。A子は大声で言い放った。
落ち着いた大人が大勢いる、職場の酒の席でだ。

A子「先輩って、童貞なんですかぁ?」

俺のことを童貞だと思っていなければ、そんな発言は出てこないだろう。

つまるところ、俺は誰が見ても童貞の男だったのだ。

俺は正直に答えた。いや、答えるしかない。
どう誤魔化そうが俺は童貞だ。聞かれた時点で負けの質問だ。

俺「そうだよ」
A子「来年は童貞卒業できるといいですね!!(ニヤニヤ)」

俺の童貞キャラは、またしても定着してしまったのである。

ことあるごとに俺の童貞は弄られ、しまいには業務提携している別会社との飲み会でも、「この人は女性経験が無いんですよ」「あんまり近いとピュアだから勘違いしちゃうよ~」とバラされるようになってしまった。

童貞弄りはこれまでもよくあることだった。何なら、中学の頃からされていたことだ。そのたびに笑って流していた。いつものことだと。不快だが、俺をネタにして場が上手く回るならそれでいいじゃないかと。

ただし、俺は27だった。四捨五入すれば魔法使いになってしまう歳だった。

もう、うまく笑えなかった。

俺が抱いた感情は、もはや不快感だけではなかった。

屈辱。そして、決意だ。

改めてここに記そう。
これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。


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