吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。⑫初彼女編その2

前回の記事

これは、やがて来る魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。


筆者スペック

身長:160後半
体重:58kg
体脂肪率:多分16~17%くらい
学歴:私立文系
職業:税金関係
スポーツ経験:バドミントン、水泳
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
苦い思い出:部活の大会で勝った時に相方とハイタッチしようとしたら、彼は俺をスルーして後ろの彼女とハイタッチしに行った

登場人物紹介

ギョーザ(25歳看護師)
俺が⑩街コン編その2にてデートをこぎつけた子。
非常にお洒落でセンスがある。愛想が良く、よく笑う。
前回晴れて俺と付き合うこととなった。

愚者は経験に、賢者は歴史に、ならば童貞は?

さて、前回の記事を読了してくれた諸君は思うだろう。

「初めて彼女ができたのだろう?一体何が地獄なのか?」
「俺が感じた違和感とは何なのか?」

確かに地獄と表現したのは些か誇張が過ぎたかもしれない。

俺がこれを執筆時点で未だ童貞であることが示すように、ギョーザと恋人であった時間が、果たして俺にとって有意義であったのかは謎だ。

その時間で俺が得た学びは、賢者なら既に歴史から学んでいたことだ。

しかして愚者である俺は、経験から学ぶしかなく。

その経験とはつまり痛みであり。

その痛みとはつまり地獄のようであったのだ。当時の俺にとっては。

供養の念を込めて後半を綴らせてもらおう。以下をご覧いただきたい。

暴騰する偽の自己肯定感

「人生で初めて彼女ができた」

…より正確に書くとするなら、

「俺は彼女が作れるような人間なのだ」

という事実が、俺の気分を高揚させた。

仕事中デスクでPCをカタついている時でさえ、俺は口元の綻びを抑えることはできなかった。見られていないと願いたいが、さぞ不気味なことだったろう。

褪せた俺の人生に、彩度が戻ってきた。

一日頑張れば彼女と連絡が取れる。一週間頑張れば彼女と会える。

こんなに幸せなことがあるだろうかと感じていた。

カップルだらけの街を歩いても、もはや何も思うことはない。

──無敵だ!!俺は!!

女の子と比べてバカだと言われる男の中でも、殊更に単純明快な頭の造りをしている童貞代表の俺は、彼女がいるという一点のみで胸を張り、前を向き、大手を振って生きていけたのだ。(まだ童貞なのに)

ただし。

他者の承認によってのみ己の存在を認められる精神性ほど、危うく、そして脆いものはない。俺の精神は、早々に崩れ去ることになる。

あの日、あの時、あの場所で。

心に刺さった違和感の針を抜かなかったからだ。

肥大化する違和感の針

そんなこんなで、なんのことはない、それでいて色のついた日常を過ごしていた俺。ただそんな日常に、早くも陰りが見える。

とある日のLINE。

俺「お疲れ様!今度の予定は大丈夫そう?」
ギョーザ「副業入っちゃって、その時間は会えなくなっちゃった!」
俺「そっかー、何時なら会える?」
ギ「〇時なら大丈夫!」

──…?

刺さったままの針が少し太くなった気がする。

とある日の電話。

ギ「なんか帰り道電話したくなっちゃって」
俺「(こ、恋人っぽいじゃんか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~)うん、俺も声聞きたかった(激キモ)」

うんたらかんたら。

ギ「そういえば、今日の夜何食べたの?」
俺「えー?何だったっけかな。無心で食ってたから忘れた」
ギ「何それwガ〇ジじゃんw

──は…?

さすがに聞き間違いを疑った。俺とて聖人君子ではない。そういう言葉も使うことがある。だがそれは特別特段に仲の良い友達相手に限定されるし、それが世間一般で忌避されるような大いに差別的な言葉だと理解している。

俺が自分に都合の良いタイプの堅物である自覚はある。

だが、問わせてくれ。

〇イジなんて、曲がりなりにも大人が彼氏相手に、それも医療従事者が使っていい言葉か?

──いや、俺の聞き間違いかもしれないし。本当にガイ〇なんて使ってても、若干年下だから言葉に対する認識が違うだけかもしれないし。まあ俺も友達に言う時あるし。それくらい言っても大丈夫だと思ったんだろ。

刺さったままの針が太くなった。

それでも俺は針を抜こうとしない。せっかく彼女を作れたからだ。一件しか成功例がなかった俺は、その一件に執着しすぎた。

その時点で、俺が真に執着していたのは"ギョーザ"にではなく"俺のことが好きな、『彼女』という属性を持った人間"であったことに気づいていれば、もう少しマシな結末であったろうに。

時計の針は戻らない。そして違和感の針は太くなり続ける。

穿たれる五臓六腑と心の臓

終わりはすぐに来た。

とある日、デートの約束をした前日。LINEにて。

俺「お疲れ様!明日の予定は大丈夫そう?」
ギョーザ「〇時だと副業入っちゃってズレこんじゃう!」
俺「そっかー、何時なら会える?」
ギ「〇時なら大丈夫!」

──…。

──……。

──………。

──コイツよぉ、なんで毎回分かった時点で報告してこねえんだよ?

もう何度目だろうか。さすがにイラッとする俺。

付き合う前からのイレギュラー発生時の無報告っぷり、付き合いたての彼氏に〇イジと言う、「私末っ子だから、引っ張ってもらいたいんだよね」とか言ってるのは「自分は自己中心的で受け身でワガママですアピール」以外のなんだってんだよ、つーか美容系の副業って何?騙されてるんじゃないの?それは事業所得なの?業務に係る雑所得なの?マネタイズ手法は?ちゃんと帳簿は付けてるの?レシートは保存してるの?(職業病)「家庭に入ってからも安定して収益を得られるような仕組みを作りたい」って何?どれだけの人間がそれで苦労してると思ってんの?そんな片手間でどうにかなるほど甘くないよ?本当は頑張ってるつもりになってる自分に酔いたいだけなんじゃないの?そもそもコイツ今まで一言も俺に謝ったことなくない?

違和感の針の太さが、俺の許容上限を越えようとしていた。

だが、それでもギョーザは俺の彼女だった。

──いや…冷静になれ…そういうのはままあるものだろ…。向こうだって俺に何かしら思うことの一つや二つあるだろうし…。文面だとこじれそうだから、直接会った時にお願いベースで慎重に伝えよう。大丈夫だよ、悪い子じゃないもん。結果はどうあれ、ちゃんと言えばちゃんと聞いてくれるよ。

彼女は俺の心の、そして人生の大部分を占めていた。

彼女は俺の大事な人だった。

だが、それは既に”彼女”であっても”ギョーザ”ではなくなっていた。

俺は、その事実から最後の最後まで目を逸らし続けてしまったのだ。

…デートの当日。

伸びに伸び、ズレにズレ、お茶するだけに留まることになった。それでも俺は嬉しかった。”彼女”と会えるからだ。

先に席を取って待ってくれている”彼女”。

口元を緩ませて”彼女”のところへ向かう俺。

”彼女”「何飲みたい?私が払うよ」

彼氏と会っているにしては神妙な顔をしている”彼女”。

俺は鈍感じゃない。

分かっていて尚、気づかないフリをしたのだ。自分がその程度の男なのだと思いたくなかったから。自分が苦労して手に入れたモノを手放したくなかったから。その場で踵を返してしまえば、まだ傷は浅かったものを。

そして。

”彼女”「あのね、別れてほしい

限界まで肥大化した違和感の針は、ついに俺の五臓六腑と心の臓を穿った。

俺「…」
”彼女”「本業と副業と、それで彼氏の相手もしなくちゃいけないのは、今の私には苦しくなってきちゃったっていうか…キャパオーバーになっちゃったっていうか…」
俺「…それは全然大丈夫だし、そっちに合わせるって言わなかったっけ…」

はい、ケツアナゴくん。人生で最低の情けなさを更新しましたね。

”彼女”「ううん、それが申し訳ないって言ってるの。ケツアナゴくんのことは好きだけど、まだ付き合って短いし、今ならまだお互い傷が浅いまま友達に戻れると思う。私のせいでケツアナゴくんをこれ以上傷つけたくないの
俺「…」

この瞬間。

”彼女”は、ただの意志を持つ人型の障害物と化した。

俺「分かった。正直に言ってくれてありがとう」
”彼女”「ごめんね。本当に」

それが”彼女”の口から出た、最初で最後の謝罪だった。

俺「ううん。お仕事頑張ってね。応援してるからさ。じゃあね」

若干の間を置いて、俺はカフェを出た。LINEでも一応の応援メッセージを送って、元”彼女”がそれを見たか確認する間もなくブロックした。写真も全て完全に削除した。

しばらく歩いて、さらに歩いて、人混みを縫って歩いて、歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩

…。

……。

………。

歩いて歩いて歩いて、やがて力尽きるように座り込んだ。

──………。

別れた。

”彼女”と別れた。

童貞のまま、何もかも振り出しに戻ってしまった。

自分がこれまでに積み上げてきたもの、その全部が無に還るような感覚。

あれほど”彼女”にイラついていたというのに、いざその関係が終わるとそれが惜しくてたまらない。これで自分を好きでいてくれる異性が誰一人いなくなってしまった。最後まで手前勝手で、敢えて自分を悪者にすることで逆に己を守ろうとする魂胆が丸見えの元"彼女"にも、そんな女に袖にされて尚、その事実に耐えられない自分にも腹が立つ。惨めで、情けなくて、悲しくて、悔しくて、辛くて、恨めしくて、消えてしまいたくて──。

俺「あぁ…」

俺は誰もいない道で独り言ちようとして、結局それさえできなかった。そんな元気も残っていなかった。

まだ暑さが残る秋の夕方。

陽が、徐々に沈もうとしていた。

経験から学ぶ未経験の童貞

得るものはあった。

最大の収穫は、彼女いない歴ロンダリングである。彼女を作ること自体には成功しているので、「最後に彼女いたのはいつ?」「27歳の時かな~」と言えるようになったのだ。それまで彼女がいたことがない自分にさえ負い目引け目劣等感コンプレックスを抱えまくっていた俺の度し難い呪いのうち一つは、ギョーザと付き合うことによってとりあえずは解けたのであった。

他にもある。

付き合う前に感じた違和感は無視すべきではないということだ。これをポメラニアン(⑧恋活パーティー編その2)の時に学べなかったのか?という話ではあるのだが、俺はやはり愚者であったので経験から学ぶしかなかったらしい。すなわち、付き合うという経験である。

後は…これを今から言い出すと完全に負け惜しみなのだが、ギョーザは別に好みではなかった。ただ、俺に矢印を向けていてくれたのがその時点でギョーザだけだったので、俺の気持ちはギョーザに向いていたのである。(これもポメラニアンの時に学んでいればよかったのだが)

チェンソーマンのデンジも言っていただろう。「俺は俺のことを好きな人が好きだ」と。童貞の俺はその傾向が更に強い。いや、デンジも童貞か。

ならば言い換えよう。「俺なんかのことを好きになってくれる人はそうそういないだろうから、俺は俺のことを好きな人を好きになろう」と思っていた。なんなら今でさえちょっと思ってしまっている。

それこそが、今までの人生で刻まれてしまった、俺の魂の奥底に巣食っている闇であり、必ず倒さなくてはならない敵である。

これは魔法使い化の未来に抗う…抗う…

抗えるのか?俺は…


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