吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。⑭ダークサイド編
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筆者スペック
身長:160後半
体型:確定申告中の不摂生が祟り怪しい
学歴:私立文系
職業:税金関係
スポーツ経験:バドミントン、水泳
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
嫌なこと:洗い物
登場人物紹介
鳩
大学時代の友人で、研究室の仲間。平和なヤツ。
彼女と別れて出会いを求めている。
⑦恋活パーティー編その1にて、俺に恋活パーティーの何たるかを教えてくれた。
絵師
大学時代の友人で、研究室の仲間。
柄物の服がバチっと似合うので羨ましい。
あだ名とかじゃなくて本当に絵を描いている。
結婚相談所に通っている。
A子
職場の年下の女の子。
愛想がよく気が利いて、俺以外から好かれている。
①決意編にて、俺を職場の飲み会で童貞煽りしやがった怨敵。
後輩くん
職場の後輩。
根暗チビの俺に対し、陽キャ高身長細マッチョと真逆の存在。
この俺相手に懐に入ってくる対人能力を持つ。
ナメたことも言ってくるが、絶対にラインを越えてこない。
A子とは違って。A子とは違って。(強調)
独り残る童貞劉備
時は、俺が街コンに初めて行った直後まで遡る。
俺と友人の鳩・絵師は、共に恋愛戦場で戦う同士としてお互いを鼓舞し合う存在となった。キモオタ版桃園の誓いである。
俺の街コンが終われば報告会と称して飲みに行き、鳩の恋活パーティーが終われば報告会と称して飲みに行き、絵師のお見合いが終われば報告会と称して飲みに行き、お互いのデートが終われば報告会と称して飲みに行く。(飲んでばっかりじゃねえかこいつら)俺にとって、共に歩む二人の存在は心強い援軍であったのだ。
そんな中、俺に彼女ができた。
そして、別れた。(早っ)
自分のことを関羽だと勘違いしていた精神異常者は、一瞬で桃園に引き戻され、再び恋愛の戦国時代を疾走する羽目になった。
そんなこんなの日常が続くうちに。
鳩には彼女が、絵師には婚約者ができた。(彼らの名誉のために付け加えておくが、彼らは元から童貞ではない)
俺はその時、久しぶりに人の幸せで喜んだと思う。
…それはそれとして、残ったのは俺一人であった。
関羽と張飛に先立たれ、独り残る童貞劉備。
本来の劉備は陣中で病を得、帰陣することなく白帝城で没したという。
だが、童貞劉備は未だ息災。いたって健康である。
即ち、病を得ていないのだ。愛という名の病を。
因縁のカミングアウト
前回、アムウェイ女とサシ飲みをした前後の話。
年が明けた。
年始の職場のミーティングで、A子がこんなことを言い出した。
A子「以前からお付き合いしていた方と入籍することになって、彼の地元の方に行くので退職させていただくことになりました」
──あ~結局結婚するんだ。へぇ~。
特に驚きはない。前から遠距離恋愛していたことは知っていたし。
特に祝う気はない。俺を職場の飲み会で大声で童貞煽りする女だし。
──結局俺は童貞卒業できないまま勝ち逃げされるのか~。それはそれで腹立つけど、今は穏便に引き継ぎさせてくれりゃそれでいいや…。
だが、A子は、続けて衝撃的なことを口走った。
A子「実は、お腹の中に赤ちゃんがいて」
俺「ゑ?」
A子「安定期に入るまで言いたくなくって。働くのは〇月までが限界です」
俺「ゑ?(バチクソ大声)」
──…。
──……。
──………。
──待て待て待て待て待て!!事もあろうにデキ婚だと!?しかもそのせいでお前の担当を決算直前でぶん投げられるってか!?
炎上しそうな発言をするが、俺はデキ婚に反対である。単純に無計画さ、無秩序さが目立って、生理的な嫌悪感を覚えてしまうからだ。
…いや、前言を撤回しよう。そういう否定の仕方は卑怯だろう。
俺がデキ婚に反対なのは、デキ婚退職のせいでその割を食って死ぬほど迷惑しているからだ。業務の属人性が強いのが悪いと言われればそれまでだが。
ただでさえ祝う気が無かったA子に、巨大な爆弾を押し付けられた俺。
──なんで俺が他人の幸せのしわ寄せを受けなきゃいけないんだよ…!!
因縁のカミングアウトに、俺の心は真っ黒に染まりつつあった。
俺「いいな~俺も結婚したいな~」
A子「別に一人でもいいんじゃない?今時結婚が全てってわけでもないでしょ!」
この女は臓物ごと胎児を引きずり出されたいのか?
祝憎のアンビバレンス
地獄の確定申告シーズンド真ん中に余計なタスクを増やしてくれやがったA子に内心ブチギレながらも、なんとか生きていた俺。
仕事終わり。
俺は後輩くんと帰る方向が同じなので、ふとこんな提案をする。
俺「今冷蔵庫空なんだよね。メシでも食いに行かない?」
後輩くん「すみません行きたいんですけど、これからアプリの女の子と会うんで…」
俺「ゑ?」
──俺がお前だったら職場の先輩にマチアプやってるなんて絶対言わねえわ。なんて茶化されるか分かったもんじゃねえし。
まあその程度の信頼はされていたということなのだろう。
俺は茶化さなかった。
俺「いいじゃんいいじゃん、上手くいったら教えてよ」
後輩くん「アザス!行ってきやす!」
そんなこんなで数週間後。
後輩くん「……(無言で俺の席に近づいてくる)」
俺「……何……」
後輩くん「……(何か言いたげな顔)」
俺「ああ……”結果”は……?(クソ小声)」
後輩くん「……(無言で親指を立てる)」
別に教えてくれなくてもよかったんだけどね。
もし幸せになるべき人間がいるとしたら、後輩くんはそのうちの一人だと思う。俺のようにひねくれてないし、対人能力は高いし、たまに態度を崩してくるけれど絶対にラインを越えてこないし、背は高いし、スタイルも良いし、美容医療にも金をかけているし、俺にはできないことが沢山できる。あと若い。俺が彼に勝っているのはタイピングの速度くらいだろう。
頭ではそう考えているのに、心はモヤっとしたものがある。「祝」と「憎」のアンビバレンスな感情を、俺は心の奥で抱えていた。
結局のところ、俺自身が幸せでなければ、他者の幸せを心の底から祝うことはできないのかもしれない。後輩くんの幸せにも、それを手放しで喜んであげられない俺自身にも、俺は悔しさを感じていた。
そして迫るダークサイド
確定申告のストレスは人を狂わせる(二回目)。
俺の業務は、前年を遥かに上回る地獄シーズンに突入した。
そして、知り合いの結婚式に行かねばならないことを思い出した。
彼女には振られ。
一人暮らしのため家で話す相手もおらず。
戦友たちは喜ばしくも”向こう側”に行ってしまい。
アムウェイ女は薄っぺらい戯言を垂れ流し。
職場のA子はデキ婚退職で俺に爆弾を残す。
後輩くんも彼女ができて幸せそうだ。
俺は?
ヒーヒー言いながら確定申告してるだけ。
…。
……。
………。
そして迫るダークサイド。
──祝えるかぁ!!こんな状況で!!クッソ幸せそうな顔して写真撮りやがって!!あああああああああああああああああああああああああああ辛い!!辛すぎる!!森羅万象が憎い!!どいつもこいつも男女で歩き回ってよお!!俺なんか!!俺みたいな恋愛経験の薄い非モテ陰キャには人権がないってーのか!?俺は頑張って何もかんもパーだ!!皆頑張ってる?知るか!!俺”は”頑張ったんだ!!なんで俺が他人が幸せになるせいで割を食わなきゃならねんだ!!なんで俺なら呼ばねえようなヤツの式に行かなきゃいけないんだ!!なんで過去の俺は行くっつっつったんだ!!せっかく誘ってくれたのに断るのは失礼?変なところで律儀だからお前は懐も心も痛めてるんじゃねえのか!?なんで友達の幸せにまで一抹の寂しさを覚えなきゃいけないんだ!!自分が憎い!!こんな器の小さい自分が憎い!!自信を持てだと!?持てば何か変わったのか!?元はと言えば俺に自信を喪失させたのは俺のせいじゃないだろ!!クソ~全てが腹立つ!!ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
非童貞オビ=ワン「選ばれし者だった…童貞を捨てるはずのお前が!未だ童貞でいるとは!心に平和をもたらすはずが、闇に囚われてしまった!」
童貞アナキン「アンタが!!憎いッ!!」
されど童貞は夢と踊る
思い返せば、人生において、
俺がやる気を出す力の根源は、いつだって劣等感と反骨心だった。
高校の部活で奮起したのは、自分達が実力も立場も弱かったからだし、
社会に復帰したのは、友人の結婚式で惨めな気持ちになったからだし、
恋愛市場にやってきたのは、元をただせばA子に職場で童貞煽りをされたからだ。
「失敗の痛みは試行回数で薄められる」…簡単に言ってくれる。その域に至るまでにどれほどの傷を負えばいいのだろう。俺はお前たちのように強靭じゃないし優秀じゃない。オスとして無能だからこうなっているのではないか。俺は身長は低いし筋肉も少ない、別に良い大学を出ているわけでもない。稼ぎなんて論外だ。女の子から好きなタイプを聞くたびに胸の奥がチクリと痛む。お前の努力が足りないだけ?元のスペックに差があるくせに、知った口を利いてくれるな。壁を越えた人間に、非童貞に、俺の、壁を越えられない人間の何が分かる?…終わりの見えない戦いを前に、突き崩せない壁を前に、独り取り残される恐怖を前に、俺のメンタルは底値にあった。
だが、それが逆に俺のエンジンをみたび始動させることになったのである。
健全とは言い難い。
不純そのものだ。
結局俺の行動原理はいつまでも他人に依存している。
こんな動機の人間に付き合わせられる女の子が不憫では?という話もある。
そもそも、一人の方が楽だろう。裏切られて傷つくこともなければ金をドブに突っ込む必要もない。意味のない出会いに時間を浪費することもない。
否…楽なフェーズはとうに過ぎている。俺はアラサー童貞だ。他人が幸せというだけで心がささくれ立つような人間は、目と耳を潰して孤独に生きるか、
それが嫌なら自分が幸せになるしかないのだ。
もはやなりふりかまってなどいられない。
自分達の練習場所を守るために、教師相手に怒鳴り込みまくっていた時のように。俺をボコボコにした他校の相手に教えを請うた時のように。
とにかく社会復帰して働くために、求人も出していなかった今の職場に「話だけでも聞いてくれ」とラブコールを送った時のように。
俺は、
なんとしてでも女の子と付き合い、
愛し合う以外にない。
絶望しながら、挫折しながら、精神をすり減らしながら、心にヒビを入れながら、怒り狂いながら、内心泣き喚きながら、弱音を吐きながら。
されど童貞は夢と踊る。踊り続けなければならない。
これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。
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