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【読書感想】ほんの小さな綻びが、あなたを恐怖のどん底に陥れる。【ミステリ独立短編集】

1.『汚れた手をそこで拭かない』芹沢央

出版社:文藝春秋
発行年:2020/9/26
単行本:237ページ
カテゴリー:ミステリ、サスペンス

第164回直木賞候補にも選出された、一風変わった独立短編ミステリーです。

著者の芦沢央(あしざわよう)さんは、「許されようとは思いません」(2015)で一躍有名になり、研ぎ澄まされたテクニックと、豊かな発想力を持ち合わせた作家さんです。

私は本作を読むまで、芦沢央さんを僭越ながら存じ上げなかったのですが、本作は、芦沢さんの作品全部読みたい!と思ったほどの傑作でした。。

2.あらすじ

平穏に夏休みを終えたい小学校教諭、認知症の妻を傷つけたくない夫。元不倫相手を見返したい料理研究家……
始まりは、ささやかな秘密。気付かぬうちにじわりじわりと「お金」の魔の手はやってきて、見逃したはずの小さな綻びは、彼ら自身を絡め取り、蝕んでいく。
取り扱い注意! 研ぎ澄まされたミステリ5篇からなる、傑作独立短編集。

3.見どころ

「ミステリー」

と聞けば、ある事件が起きて、主人公がそのトリックを見破り、犯人を突き止めるというのが流れのようなものですが、本作は「ちょっとだけ」違います

事件は確かに起こるのですが、小さなものもあれば大きなものもあります。小さな汚れが大きく広がったり、大きな汚れがさらに広がったり、ほんとに多種多様に変容していきます。日常に起こりうることが間接的に影響し合って、焦燥、不安、恐怖を読者に生じさせる。これは生半可な技術では到底不可能ですが、本作ではそれが味わえます。

そんな本作の見どころを3つほど紹介します。

①完全独立短編集
②裏テーマは「お金」
③汚れた手の拭い方

①完全独立短編集

短編集とは、別々の短編作品を一冊の本にまとめた書籍のことですが、最近では、それぞれの短編作品が独立しているようでしていないひとつの繋がりを持った短編集がほとんどです。

しかし本作は完全に一つ一つが独立した今では珍しい短編集となっています。著者の芦沢央さんは独立短編の本作についてこのように述べています。

「読むのも書くのも独立短編がとにかく好きなんです。原稿用紙わずか五、六十枚の中に世界観が凝縮されていて一文、一行に至るまで無駄がない。理想の独立短編って、どの角度から見ても美しい料理のようなものかな、と。
 今回も、何度も何度も粘って書き直しながら五編を仕上げていきました。私がいま、一番書きたい独立短編に全力投球した作品集です」
                                                    ー芦沢央ー
            インタビュー・構成:「オール讀物」編集部

長編小説をどデカい荘厳なウェディングケーキだとすると、独立短編集はショートケーキやチーズケーキ、モンブラン、フルーツタルトなどが豪勢に机の上に並べられているような感じでしょうか?笑
どちらも美味しそう🤤

②裏テーマは「お金」 

本作を構成する短編は次の5つです。

「過去に人を死なせたことがある」と突然夫が告白した。夫は工務店で働いていた頃、しつこいクレーマーの対応に追われ、ある日「脚立を置いていけ」と言われ─── 「ただ、運が悪かっただけ」

平穏に夏休みを終えたい千葉先生はなんと、学校のプールの水を誤って排水してしまった。水道料金の弁償は13万円、穏便に済ませたい千葉先生はある方法を思いつく───「埋め合わせ」

老夫婦が住むアパートの隣の男性が死んだ。クーラーを付けずに寝たことによる熱中症が原因だった。老夫婦の夫は隣の男性への電力停止のお知らせが自宅のポストに入っていることに気付き───「忘却」

売れない映画監督大崎は、有名俳優岸野とアイドルグループの小島が主演を務める映画のクランクアップを迎えた。成功を確信した大崎であったが、岸野に薬物使用の疑いがあることを知り───「お蔵入り」

料理研究家としてサイン会を開くまでに成功した彼女の元に、かつての不倫相手である瀬部がやってきた。「2人で会おう」という手紙と共に、ついには彼は借金を頼んできた───「ミモザ」

この5つの短編の共通点は、「お金」が関係していることです。ネタバレを含むのでどこのどこがお金に関係しているのかは言えませんが、「お金」によってどこまでも翻弄される人々の様子がリアルに描かれています。

「お金」は人間の思考を惑わせる。
このことをまさに本作で痛烈に表現されています。

お金を手に入れたい。
お金を失いたくない。
お金で解決できないだろうか。
お金で見返してやろう。

余計で醜い人間の欲望や慢心が、登場人物たちを見事に侵食していきます。あーおそろしや😱

③汚れた手の拭い方

私たち人間は誰しもミス(失策)をします。
大小関わらず、色んなミスを。

ミスは正直仕方ないものです。 どうしようも無い。
そういう運命だったのだと私は考えるようにしています。

本作の登場人物も色んなミス(ミスとは言えないものもある)をしています。自分が犯したミスをさらに自ら悪化させてしまう人もいます。まさに「汚れた手を拭くべきところで拭いていない」状態だと言えます。それが本作の題名の由来であり、テーマだと思います。

本当は汚れていないのに、どこかで手を拭こうとして、悩みを抱えている可哀想な登場人物もいますが、そういう人間の愚かな部分が風刺的に伝わってくる作品でもありました。

4.最後に

これまで散々物語の内容に焦点を当てて語りましたが、著者の芦沢央さんの表現力の豊かさや、2転3転する展開を創造する力はほんとに本作を傑作たらしめるものがありました。

各短編のラストの展開は全く予想ができるようなものではなく、疾走感もあり、ハラハラドキドキを味わえるものもあり、色んな味が楽しめました。

それぞれの短編が、それぞれの味を出して、足し算ではなく、掛け算のように溶け合ってこの「汚れた手をそこで拭かない」というひとつの作品を形成しているのだと感じました。

みなさんもぜひ読んでみてください☺️


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