見出し画像

chap.2 現場

本請と手間受けの違い

1986 年に創業したアイ. 創建。創業当時の親方・平原末蔵は30 代前半。当時を振り返りながら、大工の働き方についての話題をお送りします。

それでは親方、創業時代のお話をいよいよお聞きしたいのですが、30 代前半でアイ創建を創業されたのですね。

親方 はい。それまでは手間受け大工として、住宅会社の現場で働かせていただいていました。施主様が発注した住宅会社から大工仕事を引き受けていました。

手間受け大工を続けようとは思わなかったのですか。

親方 そうですね。やはりお客様から直接発注していただいて、お客様のために自分で考えて家づくりをしたいという思いが強かったのです。

でも、手間受け大工でしたら比較的安定していたのではと推測しますが。

親方 はい。周りからは「元請はそう簡単にお客様があるわけではないので大変だぞ。木工屋に徹した方が将来安泰だぞ」と言われていました。

それでも元請で勝負しようとした理由は何だったのでしょう。

親方 はい。手間受け大工をしているといろいろな大工と現場で一緒に仕事をします。20 代の頃ですが同じ立場のライバルが大勢いて、いい刺激になりました。その時、大工でも現場での対応力に差があるんだなということが若いなりに分かって来ました。そんな中で、自分の腕に自信を持ち始めて元請でもやっていきたいという気持ちが強くなったのです。

なるほど。安定よりも仕事の面白さを取った訳ですね。

親方 そうですね。手間受けだとどうしてもお金が判断基準となりますからね。

それだけの自信を持てた理由は何だったのでしょう。

親方 私は修行の期間が長かったんですがそれが大きな理由かもしれません。だいたい5 年程修行すればある程度の仕事はこなせるようになります。私は13 年間修業しました。後半の7 年程の修行時代で応用を学びました。だから自然と技術を習得できたのかもしれません。

修行が長い分、技術を深く学べたのですね。

親方 はい。リフォーム工事の場合、壁や天井を剥いでさあどうするかと悩むところ、20 代の当時から迷ったことはなかったですね。すぐどうすればいいか分かった。

創業時は新築の仕事が無く、リフォームがメインだったとか。

親方
 はい。若い大工が創業した会社に新築を依頼するお客様は当然いませんでした。でもリフォームの工事をありがたくいただく機会に恵まれました。リフォームはその場その場で的確に対応策を考えないといけないのですが、うまく対処していたことが評価されていたとは思います。育ててくれた親方に感謝しています。

リフォームは現場に全ての答えがある



さて親方、創業時代はリフォームがメインだったとか。その当時のことをお聞かせください。

親方
 はい。私の妻(平原良子)が、当時設計をしていました。「どうしたいのか絵にしてくれ。それを私が必ず形にして見せる」という具合で仕事を進めていました。お客様の望むことをできるだけ叶えるために、どんな難しいところがあっても最後までやり抜こうという覚悟でやっていましたね。

リフォームで一番神経を使うところはどこなのでしょうか。

親方
 やはり耐震性です。構造は絶対に無理をしてはいけません。お客様がこの柱が邪魔だから取りたいとおっしゃっても、取ったらどうなるかをご説明した上で、代替案をご提案します。後は、特に耐震性能の低い古いお宅でしたら床下を見たり、壁の状態をチェックして耐震補強をご提案します。接合部が脆くなっていたり、柱の端部が老朽化して危険なケースもありますので適宜、慎重に対応しています。

耐震のリフォームはケースバイケースで難しい作業も多そうですね。

親方 はい。現場で知識と経験を総動員しないといけません。部分的な補強だけではなく、建物全体を見たバランスが何よりも大事なのです。地震力を均等に負担させるというセンスが無いと、本当の耐震設計とは言えませんしね。

当時で思い出に残っている現場はありますか。

親方 そうですね。当時リフォームをやってて良く遭遇したのが違反建築でした。それが思い出に残っているというのも複雑ですが。例えば、横浜で違反建築の木造3 階建て住宅のリフォーム依頼がありました。
2 階建てで申請して3 階建てにしている訳です。やはりこの場合、2 階より下にある構造材が、設計荷重以上の長期荷重を負担していることになりますから、3階部分を撤去するだけで耐震性の問題は無くなるとは言えないのですね。長年の荷重により構造材や接合部が劣化している可能性が高い。それを説明してご希望通りのリフォームをしても、十分な耐震性を確
保することはできないと判断したので、結局お断りしました。

設計図面を見ただけでは分からないことがたくさんありそうです。リフォームの場合、長年建物がどのような状態で構造を保っていたのかを、現場感覚で見極める眼力が求められるわけですね



〔1, 2, 3〕約30 年前のリフォームの提案図面とイメージパース。〔4〕〔1, 2, 3〕のお宅を訪問した際の写真。〔5〕最近のリフォーム提案図面。お客様がイメージしやすいよう写真も添えている。

現場はチームワークが全て


創業当時はリフォームの仕事をいただくことが続いたとのことでしたが、新築住宅の第1号はどのように受注したのでしょうか。

親方 はい。以前手間受け大工で仕事をさせていただいたお宅のご親戚にあたる方がクロス屋さんで、たまたま現場で一緒になったんです。その時に「家を建てたいんだけど、あなたにお願いできないか」とおっしゃってくれました。ただ、お世話になった住宅会社を通じて知り合った方なので、「その会社の許しをいただければお引き受けします」とお応えしました。とてもありがたいことに許しをいただきまして、新築住宅をお引き受けする運びとなりました。

さぞ嬉しかったことでしょう。

親方 はい。大分入れ込んだので全く商売にはなっていなかったと思います(笑)。現場に入る全ての職種の職人に妥協を許さなかったので、支払いが想定外に増えたんですね。でも施主様にはご満足いただいたので、ほっとしました。

でも、ご協力なさった職人さんたちも厳しい現場責任者のもと、大変だったでしょうね。

親方 はい。でも創業直後のリフォーム工事の時も含めて、様々な業種の職人の皆さんがとても協力的に取り組んでくれました。それはとても恵まれていたと思いますし、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。いまではほとんど息子の代に変わったけどね。

そんなチームワークが評価されて仕事の依頼が続いたんでしょうか。

親方 そうですね。住宅工事は大工が目立ちますが、本当は様々な職種のチームワークが大切なんですね。基礎が完璧に水平になっていないと、どんなに大工が精密な仕事をしても家は傾きますよね。上棟後は、屋根、電気、設備、給排水など様々な職人が現場に入りますが、お互いの工事の進捗や状態を見ながら進めないといけない。阿吽の呼吸が求められます。段取りが上手でないと互いに迷惑をかけるし、不測の事態に臨機応変に対処できる判断力も必要です。

なるほど。それは現場に入らないと分からないことですね。工場の生産ラインでつくる訳ではないですしね。急に天気が変わる事もあるでしょうし。

親方
 そうですね。いろいろと他業種の職人さんたちには助けられました。また、きちんと仕事をすれば途切れないんだなと、若いなりに思いました。あとはこだわりを持って仕事をすることは心がけていました。仕事の品質には安心してもらっていたと思います。ただ一言だけ、設計担当のカミさんが営業を頑張ってくれたことは、ここで言っておきます(笑)。

製図台に向かう、当時の平原良子。
現在アイ創建で現場監督や積算、リフォーム工事など幅広く担当している。

イノベーションを積み重ねたアイ創建の歴史



前回は新築工事第1号の話題でしたが、その後は順調に受注を重ねられたのですか。

親方 いいえ。そんなに甘くはありませんよ。何とか家族が食べていける程度ですよ。でもそれでは悔しいからどうやったら仕事を増やせられるか、あれこれ考えましたね。営業担当はカミさんだったから、僕は技術面でどうしようかを考え続けていた。

具体的にどんなことを考えていたのですか。

親方 はい。当時トステムのスーパーウォールという高気密高断熱のとても高性能なパネルがありました。でも当時としてはとても高価だったんですね。ごく一部の人にしか手が出ない。そこでもっと多くの人に手に入りやすくするにはどうしたらいいか勉強した。気密や断熱の取り方を勉強して、実際どのような施工方法とすれば一番いいかを研究した。それで実際試してみてうまくいったんですね。

それは当時は珍しかったんですか。

親方 はい。高気密高断熱が有名になりかけの時だったかな。難しいのは壁の中の結露対策なんですね。単に高気密高断熱の施工は別に何の知恵も必要ないんだけど、壁の中の結露対策を怠ると、水分が滞留してカビが生えて材木が腐ってしまう。断熱材は性能がゼロになる。もう最悪です。建物の寿命が一気に短くなる。だからその難しさを知っている人は足踏みしてしまうんですね。

そんな話を聞くと、安易に高気密高断熱住宅だから良いと思うのは恐ろしく思います。

親方 まあ今では結露対策をするのは当たり前だけど、念のため気を付けた方がいいでしょうね。

他にはどんな研究をされたのですか。

親方 夏の暑さを何とかしたいなといつも思っていました。夏場室内が暑い最大の理由は、屋根や壁に太陽熱が蓄積されて、それが室内にじわじわ入る輻ふく射しゃ熱ねつなんですね。だから、太陽熱が屋根と壁に蓄積しない工夫を研究しました。具体的には空気が逃げる層を作ってそこから熱を逃がす仕組み(外壁通気層)なんですけどね。

建築士や学校の先生であれば研究してそうですが、大工さんでは珍しいのでは。

親方 そうですね。そんな研究していた大工は周りにはいなかったな。でも通気層の設計を考える事は、現場で考えながら住宅を作る昔ながらの大工仕事に通じるところがあるから、そのような仕組みを考えるのは案外大工の役割かもしれませんね。

なるほど。手間受けでやるのは指示を受けたとおりに作業をするに終始しますが、元請だったら自由にゼロから考えて仕事ができるという醍醐味がある。独立された理由をそのまま実践されていたわけですね。


創業当時に建てたお住まい。右は築25年経った写真。無垢の木が艶を増し素敵な風合いを醸し出してる。

傷や汚れ



人間の充足感や幸せを生む要素の一つに「愛着」という心情があります。長く付き合う住まいでも同じこと。家族が刻んだ歴史に育まれた傷やシミは、「エイジング」として愛着を持って子に孫に受け継がれてゆく。リフォームの現場で、ふと感じる時があります。

次回、Capter.3に続きます。