マガジンのカバー画像

【短編小説】

16
運営しているクリエイター

記事一覧

カレンダー(6)(完)

カレンダー(6)(完)

仕事が増えてから資料や仕事道具が増えた。今までモノがなかったからこそ、整理整頓をせずに済んでいた。いざ、部屋にモノがたくさんあるとどこから手をつければいいのか分からなかった。忙しいから、という理由を隠れ蓑に掃除をサボっていた。しかし時間が経てば経つほど、モノは溢れかえる。このままではまずいと思った男は、1日だけ家事代行サービスを頼んだ。
家に帰ってくると、書類等は綺麗にファイリングされてどこになに

もっとみる
カレンダー(5)

カレンダー(5)

男は入院先のベッドの上。仕事は2ヶ月先まですべてキャンセルになった。見舞いに来たのは業界で仲良くなった数人のみ。腕に点滴を受けながら天井を見つめることしか出来なかった。楽しかった思い出は売れてすぐの時期ばかりで、忙殺されていた最近の出来事はつらく苦しいものばかりだった。
「こんなはずじゃなかったのにな……」
男の口から漏れた言葉は無機質な病院の天井に吸い込まれていった。

1週間後、男は復帰した。

もっとみる
カレンダー(4)

カレンダー(4)

男のネタが採用された番組は予想以上の反響を呼んだ。男のネタをやった芸人はこの番組できっかけを掴んだようで、彼らのオリジナルのネタで漫才の大きな大会で結果を残した。そして男は業界で注目されるようになり、作家として遅ればせながら人生を歩み始めた。
憧れだった先輩芸人と一緒に番組を作ったり、短い期間だったが切磋琢磨した同期芸人のネタ作りの手伝いだったり、大好きな女優が出演するドラマの脚本を書いたり、ほん

もっとみる
カレンダー(3)

カレンダー(3)

男の人生は好転した。

腹が満ちた日に考えたネタは自分でも過去一番納得できるものだった。そのままにしておくのはもったいないと思ったが、知人にお笑いをやっている人がいない。幸いにも時を同じくして「くすぶっている芸人と一般人が考えたネタを掛け合わせると面白いのか」というテレビの企画があることを近所の商店街の小さな電気屋から流れていた映像を見て知った。男は衝動のままネットカフェに向かい、一番安い30分コ

もっとみる
カレンダー(2)

カレンダー(2)

ひたすらノートと向き合う時間が増えた。しかし書いても書いても納得できるものができなかった。親は早く自立しろとうるさい。男は逃げるように一人暮らしを始めた。
男はそこで気づく。生きるにはお金が必要だと。そんな当たり前な事実に20歳で知った。どこかで働かないといけない。コンビニバイトの面接を受け、人手が足りなかったのかあっさり採用されて初日を迎えた。思っていたよりも膨大な業務内容を覚えることが嫌になり

もっとみる
カレンダー(1)

カレンダー(1)

大安。

結婚式や七五三、引っ越しなど明るい未来を願う第一歩として好まれる日。何をしてもうまくいくような気がする。それが大安である。

「なにが『大安吉日』だよ。ちっともいいことなんか起きねぇのに」
ぶつくさ言いながら、店外の道行く人を呼び止めようとする大安吉日のアナウンスに導かれるように宝くじを購入する。このアナウンスに導かれ続け、早20年。一発逆転を狙い続け、もう20年。男は40になった。

もっとみる
【短編】たまごやき ③

【短編】たまごやき ③

翌日。
蘭子は起きた瞬間から、憂鬱だった。
卵焼きをうまく作れる自信が全くない。
普段料理をしない蘭子からしたら、綺麗で美味しい卵焼きを作ることは、一朝一夕でどうにかなるような易しいものではなかった。
晴代はおろおろとしながら卵焼きを作る蘭子に、優しく教えてくれた。
「少し火が強すぎるかもしれないねぇ」
「優しく、でも大胆に卵をひっくり返したら、案外うまくいくのよ?」
「蘭子、とても上手にできたね

もっとみる
【短編】キーボード ~ぼく(小学生)のキーボード~

【短編】キーボード ~ぼく(小学生)のキーボード~

まったく…… 俺が見守るしかないな。

俺がこいつの家にやってきたのは、確かこいつが小学1年生だったときのはずだ。
俺は街で一番大きな家電量販店で売られていた。暗い倉庫の中から明るい店内に出たとき、明るい未来が見えた気がした。この建物より外の世界はどうなっているのだろうか。日が経てば経つほど期待は胸の中ではちきれそうになるくらい膨らんでいった。
俺と同じタイミングで店頭に並んだ仲間たちはいろんな人

もっとみる
【短編】キーボード ~小学生のぼく~

【短編】キーボード ~小学生のぼく~

「イタッ!」
「あっ、ごめん」
「だから! 強くたたきすぎっ! いつも言ってるじゃん!」

ぼくのパソコンのキーボードは、

いつからしゃべるようになったんだろ。

このパソコンがぼくの家にやってきたのは、小学1年生のとき。
両親は共働きで家に帰っても誰も出てこないし、「ただいま」と声をかけても自分の声が反響するだけ。さみしいとは違う気持ちがあった。
帰宅して手洗いうがいをして宿題をする。終わるこ

もっとみる
【短編】たまごやき ②

【短編】たまごやき ②

カッカッカッ、カッカッカッ。
晴代が卵をかき混ぜる小気味の良い音は蘭子の心をくすぐる。
ジーッ。
フライパンの温度を確かめるために、菜箸に付けた卵を一滴、落とす。舞台の幕が上がるときに鳴るブザーのようだ。今から黄色くてふわふわな、舌も心も包み込む温かなショーを、今か今かと待ちわびる。
ジュワ―。
卵液が銅製のたまご焼き器に滑り込む。蘭子はその様子をうっとりと見つめていた。
トントントン。
晴代は卵

もっとみる
【短編】たまごやき  ①

【短編】たまごやき ①

「ねぇ、おばあちゃん! 卵焼き、作ってよ!」
時田蘭子は台所にいる祖母の晴代を急かす。
「待ちなさい、蘭子。今おばあちゃんは、御御御付を作っているから」
「今すぐに作って~!」
晴代に甘えると、なんでもしてくれることを蘭子は知っていた。欲しいおもちゃがあれば晴代に「ちゃんと勉強するから~」と毎回のように言い、「ちゃんと勉強してくれるならいいわよ」と晴代も毎回のように答え、おもちゃを買ってくれる。母

もっとみる
【短編】ルーレット

【短編】ルーレット

赤、黒、赤、黒、赤、黒、緑………
今、『僕のこれから』を占う大切な瞬間が決まろうとしている。

どうして僕はここにいるのだろう。
気付けば、見渡すと塵一つ落ちていない一面真っ白な壁に覆われた部屋の中心にいた。
目の前にはルーレットが1つ。ルーレットは赤、黒と規則正しく並ぶ中に、緑のマスが1つ。
おそらくこの緑のマスに針が差せば、この部屋から出られるのかもしれない。37のマスの中の1つ。3%にも満た

もっとみる
【短編】大人の放課後

【短編】大人の放課後

「久しぶり~」
「おっす」
「あんま変わらねーな」
「お前もな」
俺の名前は拓海。25歳。工業高校を卒業し、地元のネジ工場に就職。社会人7年目。
中学時代からの友人、慶喜。同じく25歳。江戸時代を作った、あの家系の一番最後の将軍と同じ名前。こいつは「日本史にそいつが出てくると、なんか恥ずかしくなっちゃうんだよね」といつも言っていた。そんな風に言いながらも、しっかりと四年制大学を卒業し、現在は銀行マ

もっとみる
【短編】ラジオ

【短編】ラジオ

コトッ。
カチャ。
——スーッ…ズズッ…ザザザッ…スーッ、〇×※!△、ばんわ! 今夜も始まりました!——

今日も学校へ行けなかった。
玄関で靴を履くと、それまで何ともなかった身体が変化する。宗介の意に反して厄介で手に負えないものとなる。
宗介は怖くなり、自室に逃げ込む。部屋の扉を閉め、鍵をかけ、カーテンを閉める。外からの刺激を遮り、流れてくる空気さえも拒む。
この生活を続けて、もうすぐ半年になる

もっとみる