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カレンダー(5)

男は入院先のベッドの上。仕事は2ヶ月先まですべてキャンセルになった。見舞いに来たのは業界で仲良くなった数人のみ。腕に点滴を受けながら天井を見つめることしか出来なかった。楽しかった思い出は売れてすぐの時期ばかりで、忙殺されていた最近の出来事はつらく苦しいものばかりだった。
「こんなはずじゃなかったのにな……」
男の口から漏れた言葉は無機質な病院の天井に吸い込まれていった。

1週間後、男は復帰した。入院したことで迷惑をかけてしまった多くの人に謝罪をひたすら繰り返す。
多数の人は「全然大丈夫だよ。またよろしく」と温かい言葉をかけてくれた。しかし、仕事はそれから少しずつ減っていった。

「作家界のニュースター、御堂筋みどうすじ たけるですっ!」

番組のMCから紹介を受けた新星は煌びやかな照明を受けて、大歓声の中スタジオの中心に立つ。その姿は堂々としていて可愛げがないと男は思った。
復帰してから数か月後には仕事はぱったりとなくなった。男がいた世界は移り変わりが早く、目新しいものを好む。男が世に発見されたきっかけも、目新しかったから。遅咲きのオールドルーキーは史上最高齢の漫才チャンピオンが注目され、中年ブームにうまく乗っかることができたからであった。しかしこの世界でやっていくためにはさらなる才能が必要だった。
男は御堂筋の活躍を画面の向こうから眺める。元は劇団で作家として活動していたらしく、とある有名テレビプロデューサーがその劇団を観に行った時個性的な構成に目をつけたそうだ。その後は飛ぶ鳥を落とす勢いでドラマの台本を書けば高視聴率を、コントの台本を書けば大会で準優勝、ラジオで自分の番組の構成、かける音楽をすべて手掛け、ラジオ人気の火付け役となった。見た目も目が大きく色白で平均身長より少し低いくらいの背丈。かわいらしい見た目が女性の母性本能に火をつけたようで「国民の弟」キャラを獲得。女性からの人気が高い。まさに非の打ち所がない。

男はテレビの仕事はなくなったが、地元のコミュニティラジオでDJをしたり、地元の劇団に脚本として筆をとったりしながらアルバイトをして生計を立てている。

「僕が売れたきっかけですか?
そうですね、ある日家のポストにカレンダーが投函されていたんです。差出人も不明だし、もし誰かがこのカレンダーを必要としていたらSNSで呼びかけるだろうと思って、一応手元に持っておいて。毎日SNSでカレンダーを探している人はいないか探していたんですよ」

御堂筋はカレンダーをテレビカメラの前に差し出した。男はテレビには目を向けず地元劇団の脚本を書いていた。

「このカレンダーなんですけど。すごい不思議なカレンダーでして。ほらこれ、見てください。
……ここ、大安が並んでいるでしょう? びっしりと。
そう僕もね、印刷ミスだと思いましたよ。だって大安がずっと続くなんて縁起が良いことなんだけど、逆に怖いというか。そんなはずないと思うじゃないですか?」

男は「大安がずっと続く」という言葉に反応し、顔を上げた。御堂筋はスタジオの出演者にカレンダーを回して見せていた。

「僕、ほんのつい最近まで本当にお金がなくて。仕事と言っても劇団の脚本を書くだけで。バイトも始めても長続きしないからずっと家で脚本を書いていたんですよ。
僕の部屋にある家具なんてテーブル一つだけ。出入り自由な刑務所みたいな感じでした。その唯一の家具であるテーブルの上にカレンダーを置いておいたんですよ。
脚本を書くときはその内容について調べた資料とかを床一面に広げて必要な分をテーブルに置きながら書くんですけど、そうすると少しずつテーブルの上が煩雑になってくるんですね。資料に押されたカレンダーがテーブルから落ちたんですよ。それをパッと拾い上げたら、六曜の部分が大安が続きになっていて。あれ、おかしいな? って最初思いました」

男は自分のテーブルの上を眺めた。そこにカレンダーはない。

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