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【短編】ルーレット

赤、黒、赤、黒、赤、黒、緑………
今、『僕のこれから』を占う大切な瞬間が決まろうとしている。

どうして僕はここにいるのだろう。
気付けば、見渡すと塵一つ落ちていない一面真っ白な壁に覆われた部屋の中心にいた。
目の前にはルーレットが1つ。ルーレットは赤、黒と規則正しく並ぶ中に、緑のマスが1つ。
おそらくこの緑のマスに針が差せば、この部屋から出られるのかもしれない。37のマスの中の1つ。3%にも満たない確率を引き寄せないといけない。

世間の誰もが知っている企業の1人息子として生まれた。両親の愛を受けて育ち、欲しいものは何でも手に入った。
「あなたは将来、お父様の後を継ぐのよ」
小さいころ母が寝る前に読み聞かせをしてくれたあと、毎晩この言葉をかけて僕の頬にキスをしてくれた。そのときは母の言っている意味がよく分からなかったが、大好きな母が微笑みながら毎晩そう言ってくれることが、僕は嬉しかった。
教育にも力を入れ、僕に合う専属の家庭教師をつけてくれた。そのおかげでテストでは高得点、成績は英国数理社で5を取り続けた。模試の全国順位はいつも1桁台をキープ、大学は国内で経営学を学ぶのに定評のある、名門大学に入学した。
生まれ落ちた場所も環境も、敷かれたレールも完璧だった。こんなにも幸運続きな人生は、全人類の中で1%も満たない選ばれし人が歩める人生のはずだった。

頭がズキズキと痛む。
小学校から高校まで男子校だった。大学に行くと異性もいる。今まで勉強一筋でやってきたが、やはり僕も健全な男子である。
「よかったら見学していきませんか?」
爽やかな風貌をした好青年が声をかけてきた。貰ったチラシには『サークルメンバー募集中  勉強も遊びもみんなでやれば怖くない!! 男女仲良し! 助け合いサークル』と書かれていた。
遊びはともかく勉強も助け合って成し遂げていくのが一般的なのか。男女仲が良いのも好都合だった。ここなら明るく楽しいキャンパスライフが送れそうだ。このときは、そう思っていた。

『助け合いサークル』に入会し、初めての顔合わせ。新入生歓迎会に参加した。場所は大学近くの居酒屋。
居酒屋に入るとたくさんの男女が集まっていた。男女比率は5:5。先ほど声をかけてきた爽やかな好青年が入り口近くにいた。
「来てくれたんだね! ありがとう! 今日は楽しんでいって」
肩をポンと叩かれて、僕は店の奥に進んだ。
男女が顔を真っ赤にしながらグラスを突き合わせている。あるものは軟体動物と化したかのよう気持ち悪さを醸し出し、あるものは自分の存在をどこへともなく示すかのように雄叫びをあげている。ここにいるものたちはとても同じ人間だとは思えない。
僕は胃の中から何かこみ上げてきたのを感じ、僕はこの場にいていい人種ではないことを直感的に悟り踵を返そうとした。
「そんなところで何立ってるの?」
僕の背後に立っていたのは、先ほどの爽やか好青年。
「ほら始まるよ? これから『たのしい』時間が」
彼の顔は、つい数分前に見た顔とは全くの別人に見えた。酷く歪み、この世のものではない人の顔に一瞬見えた。彼に肩を組まれ、人間ではない人たちの輪の中に強制的に放り込まれた。
その後のことは、全く覚えていない。

新入生歓迎会で大きな過ちを犯したから、この部屋に閉じ込められたのか。それとも『助け合いサークル』に入会したことが原因なのか。爽やか好青年に嵌められた。
しかしこのサークルに入ることを決めたのは、自分自身だ。今までの僕の人生は誰かに作ってもらったレールをそのまま進めばいいだけだった。そこに自分の考えや思いは持ち込まずに、走ればよかった。それはとても楽なことだったことに気づいた。

とにかくこの部屋から出てやり直そう。僕はルーレットを回そうとした。するとルーレットの横に白い封筒が置いてあるのを見つけた。この部屋にルーレット以外、何もなかったはずなのに。
ゆっくりと手に取り、恐る恐る封筒を開けた。そこには紙が入っていた。

『もしもルーレットの緑のマスに針が差さなければ、あなたは一生ここから出れません。
しかしここでは人間の三大欲求を満たし、何不自由なく生活ができる部屋です。緑のマスを差さなくとも、きっと満足できる生活は保障します。
この部屋にこの部屋に留まるもよし、部屋を出て苦しい思いをしながら、一瞬の楽しみを追い求めるのもよし。
さぁルーレットを回してください。運はきっとあなたの味方をしてくれるでしょう。』

3%にも満たない確率で、苦しい思いを引き当てるなら、97%を超える確率で楽に生きていきたい。
と、以前は無条件で思っていただろう。
だけど僕は3%の苦しみを引き寄せないといけない。楽を追いかけて、僕は死ぬときにつまらなかったと後悔したくない。
嬉しい、楽しいというポジティブな気持ちは、いくらかのつらい、苦しいというネガティブな気持ちがあってこそ、強く、深く感じることができると思う。
だったらそんなネガティブも抱きしめて歩み続けていくしかない。
僕の狙いはただ1つ。深呼吸して、ゆっくり息を吐く。今は目の前の『僕のこれから』にしか集中しない。
僕は思い切り手首を翻し、指に力を込めた。ルーレットはシャーッと音を立てて僕の未来を占い始めた。

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