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Fictional Diary

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in企画、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!
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#旅日記

fictional diary#11 誕生日みたいな

fictional diary#11 誕生日みたいな



一見、どこの駅にもあるようなありふれた売店に見える。コーヒーや紅茶、ジュースやちょっとしたお菓子を駅のホームで売っている、そういう店。わたしがそこで初めて買い物をしたのは、偶然がきっかけだった。その日わたしは次の街に向かうために、長距離電車に乗ろうとしていた。でも昨夜からの大雨と風の影響で電車が止まってしまい、いつまた動き出すのかわからない電車を、駅でしばらく待たなくてはいけなくなってしまった

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fictional diary#12 水から生まれる

fictional diary#12 水から生まれる



牧草地や畑に囲まれた小さな町の、教会につづく道の途中でふしぎなものを見つけた。パン屋や雑貨屋、薬局など地元の店が軒を連ねるなかに、薄暗い古物屋があって、使い古しの家具や食器を売っていた。その店先に、灰色の石でできた大きめの水差し、のようなものが出ていて、なかには水がいっぱいに満たされているのだ。膝より少し高いくらいの大きさで、小ぶりだけれどずっしり重たそうだ。魚でも飼っているのだろうか、と覗き

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fictional diary#13  鈴の木

fictional diary#13  鈴の木



背の高い、わたしの国ではあまり見たことのない木がたくさん生えている、広い公園を散歩していた。町のいちばん真ん中にある公園なのに、驚くほど静かで、風が枯れ木や芝生を揺らすさわさわとした音がよく耳に入ってくる。誰かが手入れしているらしいきれいな芝生をじっと眺めながら歩いていたら、地面に木の実が落ちているのを見つけた。胡桃くらいのおおきさだけど、それよりもっと小ぶりで、色は黒に近いような濃い茶色。手

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fictional diary#14  想像上の象

fictional diary#14  想像上の象



バスを待っていた。季節にしては暑すぎるくらいのよく晴れた日で、わたしは着てきた上着を脱いだ。バス停には何人かほかの観光客も並んでいて、ガイドブックやカメラを手に楽しそうにおしゃべりをしていた。バスの行き先は有名な遺跡だった。草原の真ん中にそびえたつ、高さ25メートル、重さ5トン以上の、中途半端に巨大な象の像。象なんてまったくいないこの国に、なぜそんな遺跡があるのかは、世界七不思議に入るほどでは

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fictional diary#15 かわいい魔女

fictional diary#15 かわいい魔女



その家にはアロマセラピーの偉い先生が住んでいて、近所の子供たちからは「お菓子の家」と呼ばれていた。お菓子でできているからじゃなく、ハーブの調合に日々精を出しているおばあちゃんが魔女のように見えるからなのだそうだ。童話に出てくる、鷲鼻で鉤爪の人食い魔女とはまったく似ても似つかない小柄な白髪のおばあちゃん。指には小さな緑の石のついた指輪をはめていて、服は真っ黒の長いワンピースを着ていた。彼女は、ア

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fictional diary#16 消えていく色

fictional diary#16 消えていく色



その海岸から海をみると、なぜだか波打際がピンクに染まって見えるんだ、ガイドブックには載ってない隠れた名所だ、と泊まっているユースホステルの従業員の男の子が教えてくれたので、朝ごはんを食べたあとさっそく海へ向かった。空は灰色でもくもくした雲が浮かんでいる。10分くらい歩いて辿り着いた海は、たしかにほんのり赤っぽく染まってみえた。近くで見てみたくて、海岸まで走っておりていった。すると海の赤みは幻の

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fictional diary#18 魔除けの鏡

fictional diary#18 魔除けの鏡



宿からお気に入りの喫茶店に行く道の途中に、庭に黄色の花が咲いている小さな家があって、毎日その花を眺めながら歩いていくのが楽しみだった。その家の玄関の、扉のすぐ上には小さな丸い鏡が取りつけられていて、晴れた日には道行く人の目を眩ませるくらいに太陽の光を反射していた。鳥よけなのかと思ったけど、この辺りには庭の害になりそうな大きな鳥はほとんどいない。せいぜい小さなスズメや、ウグイスに似た薄緑色の小鳥

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fictional diary #19 シスターの手袋

fictional diary #19 シスターの手袋



その町のはずれにある、小さな古い教会には、昔々のある戦いで亡くなった人たちの名前が掲げられている。教会の通路の奥まったところにある小部屋、その壁に、名前が金彫りで記された石板が掛かっている。近くで眺めてみようと思ったけれど、その小部屋の入り口は鉄柵でできた扉で覆われていて、向こうの様子は見えるけれど、中に入ることはできないようになっている。通路をちょうどこちらに歩いてきたシスターに話しかけて、

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fictional diary#20 小雨の効能

fictional diary#20 小雨の効能



小雨を浴びると良いことがある、とその国の人たちは信じている。とくに愛しあうカップルや夫婦には良いのだそうだ。なにがどう良いのかは人によってまったく違うらしい。「奇跡はそれぞれ、違う形で現れるものだからね」観光案内所のカウンターのおじさんはいかにも名言らしくわたしに向かってそう告げた。いったい何が起きるんだろう、と気になって、小雨がはやく降らないかと二、三日の間待ちわびたあと、ようやくその日がき

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fictional diary#21 奇跡の魚

fictional diary#21 奇跡の魚



空に魚のような形の雲が浮かぶとき、それを見つけて近くにいる誰かに教えると、その日は勝負事に勝てたり、片づけなければいけない仕事がサクサク進んだり、ずっと悩んでいた問題が解決したりする、というジンクスがその地方にはあって、とくに若い人たちのあいだで信じられていた。むかし流行ったある歌の歌詞からきているものらしい。わたしはそこには少しの間しか滞在していなかったので、詳しいことは知らない。青空に魚の

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fictional diary#22 雲の波間

fictional diary#22 雲の波間



春になると毎年、うろこ雲のような水蒸気の波が、その町に押し寄せてくる。水蒸気なのに波、というのも変だけれど、わたしが実際にその町でみた霧は、ほんとうに空の雲が地表近くに降りてきたみたいだった。白い色の濃いところと薄いところが交互に現れて波模様になり、風の流れにのってあちらからこちらへとゆっくり動いてゆく。空に浮かぶ雲が、風のすこし強い日に流れていくのと同じくらい、ゆっくりしているけど、少し目を

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fictional diary#23 海賊のおきて

fictional diary#23 海賊のおきて



白と茶色にふたつに分かれたその学校の校舎のなかでは、生徒は厳しい掟に従わなければいけないそうだ。校則で決められているわけでも、先生に怒られるわけでもないけれど、絶対にやぶることのできない掟。いつからそうだったのか、だれも知らないし、ましてや理由なんてだれも説明できないけれど、目に見えないその決まりごとを、生徒たちはみんなで律儀に守っていた。上の茶色の階には上級生、下の白い階には下級生。下級生は

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fictional diary#24 ガラス越しの炎

fictional diary#24 ガラス越しの炎



その町でいちばん大きな交差点のところにある、巨大なガラス窓のショーウィンドーを覗いてみても、見えるのは向こう側にぽつりぽつりと浮かびあがるオレンジ色の電球だけだった。その店がなんの店なのか、通りで立ち話をしている人たちに聞いてみたけれど、みんな揃って、わからない、と答えた。窓にそって店のまわりをぐるりと歩いてみても、店の名前は見つからなかった。ひとつの窓の、目線の高さより頭ふたつぶん上のところ

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fictional diary#25 聴こえる音

fictional diary#25 聴こえる音



旅先で久々に再会した友達に、休みの日は何してるの、と聞いたら、屋根にのぼってる、という答えが返ってきたので、わたしは目をまるくした。友達はそんなわたしの反応をみて、慌てて言い足した。もちろん、天気のいいときだけだよ。けどもちろん、そういう問題じゃなかった。返事が思いつかず、黙ったままのわたしを見て、友達は早口で説明してくれた。住んでるマンションに屋根裏部屋があるんだけど、そこには誰も住んでなく

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