藍屋奈々子

Nanako Aiya

藍屋奈々子

Nanako Aiya

マガジン

  • in企画「眠れない人のためのお薬」

    2016年に作った作品です。イラストは伊佐奈月ちゃん。

  • Fictional Diary

    in企画、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!

最近の記事

fictional diary#29 流行りの葉っぱ

その町の市民病院の中庭には、大きな木が何本か生えていたけど、どの木にも葉っぱはひとつもついてなかった。緑の季節、公園の木や道路沿いの街路樹もみんな青々と葉っぱを茂らせている時なのに、どうしてだろうと思って、病院の門のまえでじっと立っている門番のおじさんに聞いてみた。薄い色の短い髪と、水色の瞳。ブロンドの髪のひとはまゆげやまつげまでブロンドなのは何度みても不思議にみえる。濃い紺色の制服はこの季節には暑そうだ。おじさんは最初、わたしが何を言っているのかわからなかったみたいで、

    • fictional diary#28 名前のない色

      赤に近いような濃いピンク色、それとも、薄紅色、といったほうがいいのだろうか、見たことのない色の壁を、路地裏の奥でみつけた。建物はすこし古ぼけていて、中には人の気配がなかった。誰も住んでいないみたいだった。壁は所々にひびが入って、水の滴っている箇所もあった。そこかしこに、遠目で見ればわからないくらいの小さなほころび。狭い路地裏の奥、こんなに明るい色をした建物に住んでいた人は、一体どんな人だったんだろう。周りの家はどれも、土やクリームのようなありふれた薄茶色に染まっていて、そ

      • fictional diary#27 街灯に咲く

        その通りに並ぶ街灯には、春のある日になると、花の入ったカゴがぶらさげられる。その日がいつになるのかは、誰も知らない。その日の朝、通りに出てみて、初めて気がつくのだ。小さな花が窮屈そうに植えられた鉢植えが、カゴの中にすっぽりおさまっている。はしごを使って街灯に登った作業員が、小さいがずっしり重たいカゴを持ち上げて、そのために専用に作られた、街灯の横の出っ張りに据え付ける。カゴのなかに入っているのは、パンジーやらひなぎくやらのありふれた花だったけど、町の雰囲気を見違えるように

        • fictional diary#26 彼女が話してくれたこと

          ひとつの町からべつの町へ移動する途中、バスに乗り合わせた人と仲良くなった。20代後半の女のひと。日に焼けていて、長袖のチェックの薄いシャツを着て、肩には大きなリュックサックをしょっている。あなたも旅をしてるの、と隣の席に座ったわたしに話しかけてきた。私はそうだと答えて、いままでの旅の話や、自分の国のことを話した。彼女もわたしに、自分の旅のこと、家族のこと、そのほか思いつく限りいろいろなことを話してくれた。バスが目的地に着くまでには1時間以上あった。わたしたちはまるで永遠に

        fictional diary#29 流行りの葉っぱ

        マガジン

        • in企画「眠れない人のためのお薬」
          11本
        • Fictional Diary
          29本

        記事

          fictional diary#25 聴こえる音

          旅先で久々に再会した友達に、休みの日は何してるの、と聞いたら、屋根にのぼってる、という答えが返ってきたので、わたしは目をまるくした。友達はそんなわたしの反応をみて、慌てて言い足した。もちろん、天気のいいときだけだよ。けどもちろん、そういう問題じゃなかった。返事が思いつかず、黙ったままのわたしを見て、友達は早口で説明してくれた。住んでるマンションに屋根裏部屋があるんだけど、そこには誰も住んでなくて、みんなの共有の物置になってるんだ。その部屋のなかの窓、そこから備え付けのハシ

          fictional diary#25 聴こえる音

          fictional diary#24 ガラス越しの炎

          その町でいちばん大きな交差点のところにある、巨大なガラス窓のショーウィンドーを覗いてみても、見えるのは向こう側にぽつりぽつりと浮かびあがるオレンジ色の電球だけだった。その店がなんの店なのか、通りで立ち話をしている人たちに聞いてみたけれど、みんな揃って、わからない、と答えた。窓にそって店のまわりをぐるりと歩いてみても、店の名前は見つからなかった。ひとつの窓の、目線の高さより頭ふたつぶん上のところに張り紙がしてあって、そこには、水気厳禁、と書かれていた。水気厳禁。初めて見るそ

          fictional diary#24 ガラス越しの炎

          fictional diary#23 海賊のおきて

          白と茶色にふたつに分かれたその学校の校舎のなかでは、生徒は厳しい掟に従わなければいけないそうだ。校則で決められているわけでも、先生に怒られるわけでもないけれど、絶対にやぶることのできない掟。いつからそうだったのか、だれも知らないし、ましてや理由なんてだれも説明できないけれど、目に見えないその決まりごとを、生徒たちはみんなで律儀に守っていた。上の茶色の階には上級生、下の白い階には下級生。下級生は、なにがあっても上の階には上がってはいけない。どんな理由があっても、上の学年に上

          fictional diary#23 海賊のおきて

          fictional diary#22 雲の波間

          春になると毎年、うろこ雲のような水蒸気の波が、その町に押し寄せてくる。水蒸気なのに波、というのも変だけれど、わたしが実際にその町でみた霧は、ほんとうに空の雲が地表近くに降りてきたみたいだった。白い色の濃いところと薄いところが交互に現れて波模様になり、風の流れにのってあちらからこちらへとゆっくり動いてゆく。空に浮かぶ雲が、風のすこし強い日に流れていくのと同じくらい、ゆっくりしているけど、少し目を離すとその隙に確実に動いているような速さ。霧の海のなかで目をつぶって、10数えて

          fictional diary#22 雲の波間

          fictional diary#21 奇跡の魚

          空に魚のような形の雲が浮かぶとき、それを見つけて近くにいる誰かに教えると、その日は勝負事に勝てたり、片づけなければいけない仕事がサクサク進んだり、ずっと悩んでいた問題が解決したりする、というジンクスがその地方にはあって、とくに若い人たちのあいだで信じられていた。むかし流行ったある歌の歌詞からきているものらしい。わたしはそこには少しの間しか滞在していなかったので、詳しいことは知らない。青空に魚のような雲が浮かぶのではなく、その逆のことが起こったとき、つまり白い雲のあいだに魚

          fictional diary#21 奇跡の魚

          fictional diary#20 小雨の効能

          小雨を浴びると良いことがある、とその国の人たちは信じている。とくに愛しあうカップルや夫婦には良いのだそうだ。なにがどう良いのかは人によってまったく違うらしい。「奇跡はそれぞれ、違う形で現れるものだからね」観光案内所のカウンターのおじさんはいかにも名言らしくわたしに向かってそう告げた。いったい何が起きるんだろう、と気になって、小雨がはやく降らないかと二、三日の間待ちわびたあと、ようやくその日がきた。わたしはすこし水を弾くジャンパーを着て、傘を持たずに町に出かけた。灰色の空の

          fictional diary#20 小雨の効能

          fictional diary #19 シスターの手袋

          その町のはずれにある、小さな古い教会には、昔々のある戦いで亡くなった人たちの名前が掲げられている。教会の通路の奥まったところにある小部屋、その壁に、名前が金彫りで記された石板が掛かっている。近くで眺めてみようと思ったけれど、その小部屋の入り口は鉄柵でできた扉で覆われていて、向こうの様子は見えるけれど、中に入ることはできないようになっている。通路をちょうどこちらに歩いてきたシスターに話しかけて、理由を聞いてみた。彼女は最初、わたしに話しかけられてすこし驚いたようだったが、わ

          fictional diary #19 シスターの手袋

          fictional diary#18 魔除けの鏡

          宿からお気に入りの喫茶店に行く道の途中に、庭に黄色の花が咲いている小さな家があって、毎日その花を眺めながら歩いていくのが楽しみだった。その家の玄関の、扉のすぐ上には小さな丸い鏡が取りつけられていて、晴れた日には道行く人の目を眩ませるくらいに太陽の光を反射していた。鳥よけなのかと思ったけど、この辺りには庭の害になりそうな大きな鳥はほとんどいない。せいぜい小さなスズメや、ウグイスに似た薄緑色の小鳥が、枝から枝へ飛び移って木の実を食べているくらいだ。なんで玄関に鏡があるのか、そ

          fictional diary#18 魔除けの鏡

          fictional diary#17 空の窓まじない

          その町に昔から伝わる、晴れ乞いのためのおまじないを教えてもらった。そのあと、二日続けて雨の降った日、ほんとうに、町の通りのどの家でもそのおまじないをやっているのを見かけて驚いた。よくあるてるてる坊主なんかじゃなくて、それよりもっとロマンチックな感じのするおまじない。まず最初にすることは、家のなかで、いちばんきれいで、欠けたり傷がついたりしていない窓をひとつ選ぶことだ。古い家で、どの窓もぜんぶ傷んでいたりするときは、その中でいちばん、と思うものを選べば良いそうだ。その窓を、

          fictional diary#17 空の窓まじない

          fictional diary#16 消えていく色

          その海岸から海をみると、なぜだか波打際がピンクに染まって見えるんだ、ガイドブックには載ってない隠れた名所だ、と泊まっているユースホステルの従業員の男の子が教えてくれたので、朝ごはんを食べたあとさっそく海へ向かった。空は灰色でもくもくした雲が浮かんでいる。10分くらい歩いて辿り着いた海は、たしかにほんのり赤っぽく染まってみえた。近くで見てみたくて、海岸まで走っておりていった。すると海の赤みは幻のように消えて、波打際にはなんの変哲もない、透き通った水が揺れていた。あれ、と思っ

          fictional diary#16 消えていく色

          fictional diary#15 かわいい魔女

          その家にはアロマセラピーの偉い先生が住んでいて、近所の子供たちからは「お菓子の家」と呼ばれていた。お菓子でできているからじゃなく、ハーブの調合に日々精を出しているおばあちゃんが魔女のように見えるからなのだそうだ。童話に出てくる、鷲鼻で鉤爪の人食い魔女とはまったく似ても似つかない小柄な白髪のおばあちゃん。指には小さな緑の石のついた指輪をはめていて、服は真っ黒の長いワンピースを着ていた。彼女は、アロマセラピーの仕事をしているわたしの姉の先生の先生にあたる人で、私の国にも一度だ

          fictional diary#15 かわいい魔女

          fictional diary#14 想像上の象

          バスを待っていた。季節にしては暑すぎるくらいのよく晴れた日で、わたしは着てきた上着を脱いだ。バス停には何人かほかの観光客も並んでいて、ガイドブックやカメラを手に楽しそうにおしゃべりをしていた。バスの行き先は有名な遺跡だった。草原の真ん中にそびえたつ、高さ25メートル、重さ5トン以上の、中途半端に巨大な象の像。象なんてまったくいないこの国に、なぜそんな遺跡があるのかは、世界七不思議に入るほどではないけど、歴史上のおおきな謎のひとつだ。昔々その像、もとい象をつくった人たちは、

          fictional diary#14 想像上の象