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fictional diary#25 聴こえる音

旅先で久々に再会した友達に、休みの日は何してるの、と聞いたら、屋根にのぼってる、という答えが返ってきたので、わたしは目をまるくした。友達はそんなわたしの反応をみて、慌てて言い足した。もちろん、天気のいいときだけだよ。けどもちろん、そういう問題じゃなかった。返事が思いつかず、黙ったままのわたしを見て、友達は早口で説明してくれた。住んでるマンションに屋根裏部屋があるんだけど、そこには誰も住んでなくて、みんなの共有の物置になってるんだ。その部屋のなかの窓、そこから備え付けのハシゴを使って屋根に出れるようになってる。けっこう気持ちいいよ、屋根の上。何をするってわけでもないんだけどさ、サンドイッチを持ってって食べたり、そうしてると鳥がパンくずを食べにくるんだ、落としたそばから拾ってく。それで、屋根の上から街を眺めたりね、まあ二階建てだからたいして高くもないんだけど、そこにいると、風の音とか、木の葉っぱのざわめきとか、川のせせらぎとか、なんかそういう音がよく聞こえるんだ。不思議だよね、場所は同じなのに、高さが違うだけで聴こえる音が違うなんて。そう思わない?友達は一息にそう説明して、手に持ったカップからぬるくなったコーヒーを飲み干した。登ってみようか、いまから、と言われたけれどわたしは即座に首を横に振った。高いところが苦手なのだ。でももしかしたら、屋根に通じる窓から首を出して、そこから聴こえる音を聴きに行く位ならできるかもしれない。そう考えながら、わたしは友達に、この国では屋根に登る人はけっこうたくさんいるの、と尋ねた。そんなにたくさんはいないけど。でもどこの国にも変わり者はいるよ。そう言って、友達は照れたように笑った。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。