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fictional diary#27 街灯に咲く

その通りに並ぶ街灯には、春のある日になると、花の入ったカゴがぶらさげられる。その日がいつになるのかは、誰も知らない。その日の朝、通りに出てみて、初めて気がつくのだ。小さな花が窮屈そうに植えられた鉢植えが、カゴの中にすっぽりおさまっている。はしごを使って街灯に登った作業員が、小さいがずっしり重たいカゴを持ち上げて、そのために専用に作られた、街灯の横の出っ張りに据え付ける。カゴのなかに入っているのは、パンジーやらひなぎくやらのありふれた花だったけど、町の雰囲気を見違えるように華やかにした。冬の間、花が凍るのを避けるために取り外されていたカゴを、いつまた取り出して設置するかという問題は、すべて、町の気温にかかっている。定められたある温度(その温度は関係者以外には内緒にされている)を超えることが7日間以上続いた日の夜、町の真ん中にある建物の秘密の会議室に、市の道路担当の職員たち、町でいちばん大きな花屋の主人と、いちばん腕のいい庭師があつまる。庭師を中心として、通りのどこに、どんな花を置くかということを急いで相談し、話がまとまったら即刻作業に取り掛かる。作業は夜の間、秘密裏に行われる。金木犀の花が一夜のうちにすっかり花開くように、まるで自然の営みのひとつみたいに、花の入ったカゴは通りに現れなくてはいけない。静かに、音を立てないように動きながら、作業を行う人たちはとても急いでいる。なにせ一晩のあいだに作業を終えるのだ。日が昇って、作業している途中のところを市民に見かけられてしまうのは、あってはならないことだと誰もが考えていた。毎年恒例の春の儀式は、伝統のとおり遂行されて、市民に嬉しいサプライズを届けなくてはいけない。長い長い冬の終わりを告げる、とても大事な朝。その日の朝、街灯に花が咲いているのを見ると、だれもが口元に笑みを浮かべる。皆、ああこれで、冬も終わったんだなと確信して、冬物の服をすべて片付け、はやくも夏のバカンスのための計画を練り始めるのだという。


Fictional Diary.... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。