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fictional diary #19 シスターの手袋

その町のはずれにある、小さな古い教会には、昔々のある戦いで亡くなった人たちの名前が掲げられている。教会の通路の奥まったところにある小部屋、その壁に、名前が金彫りで記された石板が掛かっている。近くで眺めてみようと思ったけれど、その小部屋の入り口は鉄柵でできた扉で覆われていて、向こうの様子は見えるけれど、中に入ることはできないようになっている。通路をちょうどこちらに歩いてきたシスターに話しかけて、理由を聞いてみた。彼女は最初、わたしに話しかけられてすこし驚いたようだったが、わたしの質問に答えてくれた。彼女が言うには、その石板に近づくと、なぜだか物の色が変わってしまうのだそうだ。わたしは目を丸くして、もう一度石板の周りをとっくりと眺め回してみた。確かに、石板の下のレンガの色がすこし奇妙だ。惑星のような、緑色と赤褐色の混ざり合っているめずらしい色合い。石やレンガはまだいいのよ、とシスターがため息まじりに言った。布とか、柔らかいもので触るとすぐに色が変わっちゃうの。なかなか掃除もできなくて。そう言って彼女は親しげな苦笑いをわたしに向けた。わたしはその鉄柵の内側に駆け込み、その石板の金の文字を指でなぞりたいという衝動に駆られた。しちゃだめ、と言われたことほどやってみたくなるものだ。わたしの指先がその表面に触れるとき、肌はどんな色に変わるのだろう。柵の内側を食い入るように眺めているわたしを見て、シスターは笑い、わたしの背中を軽く叩いた。シスターの冷たく柔らかい左手には、純白の手袋がはめられており、薄暗い教会のなかで、そこだけが浮き上がるように輝いて見えた。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。