fictional diary#23 海賊のおきて
白と茶色にふたつに分かれたその学校の校舎のなかでは、生徒は厳しい掟に従わなければいけないそうだ。校則で決められているわけでも、先生に怒られるわけでもないけれど、絶対にやぶることのできない掟。いつからそうだったのか、だれも知らないし、ましてや理由なんてだれも説明できないけれど、目に見えないその決まりごとを、生徒たちはみんなで律儀に守っていた。上の茶色の階には上級生、下の白い階には下級生。下級生は、なにがあっても上の階には上がってはいけない。どんな理由があっても、上の学年に上がるまでは、階段をのぼれないのだ。職員室や保健室、そのほか必要な部屋はすべて下にあったので、下級生は上の階に上がらなくても、何不自由なく学園生活を送ることができた。下の階にいるあいだには、上の階に対する憧ればかりがつのる。授業中に天井を見上げて、その石の厚い壁の一枚むこうにある、すこし大人の世界のありさまについて思いを巡らすのが、下級生のお決まりの暇つぶしなのだそうだ。この決まりの由来について、もっともらしく飛び交っている噂がひとつあった。これは歴史的事実なのだが、この町、いやこの国は海賊によって建てられた。そしてこの町の、この学校がある海沿いの地域は、その海賊たちが海を越えてやってきて、一番最初に上陸した地点だった。海賊たちの世界では、航海中は「自分の持ち場を離れないこと」がなにより重要だった。船を安全に操るためには、役割分担が大事だったからだ。掟をやぶるものは厳しく罰せられたという。そんな海賊たちの海の掟が、現代の、こののどかな田舎の学校にまだ生きているなんて、ありそうにもないし、いかにも学生の好きそうな作り話だと思ったけど、海賊がこの町をつくったというのは史実だし、もしかしたらその噂も、実は本当のことなのかもしれない。わたしは波のかわりに、緑の草が風にそよいでいる校庭のグラウンドを眺めて、昔々の海賊たちの姿を心のなかに思い描いた。
Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!