fictional diary#15 かわいい魔女
その家にはアロマセラピーの偉い先生が住んでいて、近所の子供たちからは「お菓子の家」と呼ばれていた。お菓子でできているからじゃなく、ハーブの調合に日々精を出しているおばあちゃんが魔女のように見えるからなのだそうだ。童話に出てくる、鷲鼻で鉤爪の人食い魔女とはまったく似ても似つかない小柄な白髪のおばあちゃん。指には小さな緑の石のついた指輪をはめていて、服は真っ黒の長いワンピースを着ていた。彼女は、アロマセラピーの仕事をしているわたしの姉の先生の先生にあたる人で、私の国にも一度だけ行ったことがあるという。木でできたドアを押して家に入ると、中には乾いた葉っぱや花びらのようなものが詰まった大小のビンがところ狭しと置かれていて、空気はピリッと辛いカレーのスパイスのような匂いがした。「ここには虫がいないのよ、ハーブの匂いを嫌がるみたいで。わたしは虫が好きだから寂しいんだけどねえ」そう言いながらおばあちゃんはてきぱきと私を居間に案内し、やかんにお湯を沸かしながら机の上を拭いて綺麗にし、居間のすぐ外にある庭で育てている草花に水をやった。ハーブは全部自分で育ててるんですか、と聞くと、大げさな身振りで、まさか、と答えた。「お店で買ったのもあるし、人にわけてもらったのもあるわ、あと旅のときに買ってきたり… そうそう、あなたの国で買ったのもあるわよ」そう言って、棚の奥から取り出してきたビンの中には、彼女の指輪の石とおなじような深い緑の乾いた葉っぱが詰まっていて、ラベルには外国語でハーブの名前と、たぶんそれを手にいれたときの年号を示す数字が書かれていた。数字はわたしの生まれた年と同じだった。彼女にそう言うと、あら、運命的ね、じゃあお祝いをしなくちゃ、と言ってそのハーブをひとすくい小さな鍋に入れて火にかけた。鼻をくすぐる香ばしく甘いかおりが部屋中に広がった。そのなかで、彼女の淹れてくれたお茶を飲み、この国のことやわたしの国のこと、わたしの旅や彼女の仕事の話、近所の猫の話などをひとしきりして、そうしているうちに窓の外の空はだんだん濃い青になり、わたしが帰る時間になった。おばあちゃんはさっきの緑のハーブを、チェック柄の布でできた小さな袋につめてわたしにくれた。そしてドアを出てすぐのポーチまでわたしを送ってくれて、別れ際、強い力で手を握り「ハーブの里帰りね」と言って、初めて歯をみせてわらった。
Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!