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【植物SF小説】RingNe【第3章/①】


あらすじ

人生の終わりにはまだ続きがあった。人は死後、植物に輪廻することが量子化学により解き明かされた。この時代、人が輪廻した植物は「神花」と呼ばれ、人と植物の関係は一変した。 植物の量子シーケンスデバイス「RingNe」の開発者「春」は青年期に母親を亡くし、不思議な夢に導かれてRingNeを開発した。植物主義とも言える世界の是非に葛藤しながら、新たな技術開発を進める。幼少期に病床で春と出会った青年「渦位」は所属するDAOでフェスティバルを作りながら、突如ツユクサになって発見された妻の死の謎を追う。堆肥葬管理センターの職員「葵」は管理する森林で発生した大火災に追われ、ある決断をする。 巡り合うはずのなかった三人の数奇な運命が絡み合い、世界は生命革命とも言える大転換を迎える。

《第一章は下記より聴くこともできます》

第2章/③はこちら

#葵田葵

 暗闇。上下の黒い大地に色とりどりの花が咲いている。キキョウ、スミレ、ヤエザクラ、タンポポ、マリーゴールド、ヒヤシンス。そして一本のカーネーションが中空から大地と平行に、重力を無視して真っ直ぐに、私の方に向かって咲いていた。根は触手のように蠢き、花は心臓のように脈打っていた。私はこれが歩だと思って話しかけていた。


 「ねぇ……電話、出てよ」

 カーネーションはぐるぐると茎を動かし円を描き、何か準備運動をしているようにも見えた。茎は動きを止めた。


 「ごめん。でも、分かり合えないことだと思って」

 カーネーションが人の言葉を話すことは何故かごく自然なこととして、受け入れられていた。分かり合えないこと。私もそう思う。だけど。


 「それでも、歩にはいなくなって欲しくないこと、ちゃんと伝えたかった」

 「まだ一緒にいたかった」と付け足した。

 上下に咲く花々は風もないのにゆっくりと動き、何かに備えているように見えた。タンポポはいつの間にか綿毛になり、散っていた。


 「葵もこっちに来なよ。そっちの世界は、生きづらいだろう」

 カーネーションと私が話すたび、極小の鱗粉のようなものが放出されていることに気づいた。これが本来人の目には見えないはずの、植物たちが放出する芳香物質ということは直感的に分かった。植物たちはこれでコミュニケーションをとっている。カーネーションが人の言葉を話しているのではなく、私が植物の言葉を話していた。


 「……どうなの? そっちの世界は」

 「素晴らしいよ。別の次元にいるみたいだ。感覚の洪水に耐えて慣れれば、人でいた頃より何十倍もこの世界のことを感じることができる。まさに神になったような気分だ」

 「……そう」


 酷く虚しい気分だった。彼の台詞云々ではなく、その途中にこれが夢だと気づいてしまったから。歩への深層心理が夢として現れているなら、分かり合おうとしていなかったのは自分の方だ。ちゃんと手を伸ばせばよかったなと、あの日受け取れなかったチョコレートを思い出す。夢に気付いてから醒めるまではいつも早い。


 「歩」

 それでも声をかけてしまう。醒める前に最後に一言だけ、伝えたいことを。

 「愛しているから、さようなら」

 植物の言葉でそう言った。


 脳内がぐるぐる回転し、意識が次元を超えようとするのを感じる。目を瞑ると目蓋の裏に細い光の出口を感じ、心臓の鼓動を強く感じる。光は徐々に大きくなり極大になった時、ゆっくり目を開けた。見慣れた天井。地続きの時間がまた訪れた。朝の六時だった。


 「あなたの夢じゃない」


 どこからともなく声が聞こえた。時計の針は蔦になり、壁や天井はみるみる地面に変わり、ほんの数秒で双葉が大量に生茂り、生長し、千紫万紅の花々が咲き乱れた。辺りが真っ白の光に包まれる。


 「これは私たちの夢」


 大地から無数の白い菌糸が地面を押し上げ、捻るようにして絡み合い、大きな綱を編み、また別の綱と捻れて紡がれ、勢いそのまま天井を突き破り、バベルの塔のような巨大な建築物が聳え立った。塔の天辺はもう見えなかった。


 左腕に違和感を感じて見ると、小さなエノキのような子実体が腕から無数に生えていた。ぎょっとして手で振り払うと、痛みが生じた。既に身体の一部になっているようだった。


足元を見つめると、既に菌糸の大地と足首までは融合していて、身体全体がキノコになっていくのは時間の問題に思えてすぐ、私の身体は全てキノコになった。黒い光を感じ、夥しい数の見知らぬ感覚を知覚し、翻訳し、発信する。ホーム駅のような役割。交差する情報を受け取り、翻訳し、発信する。途方もない数秒が永遠のように続いたのち、急激な眠気に襲われ、意識が飛んだ。 

 
 

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RingNeは体験小説です。この物語は現実世界でイマーシブフェスティバルとして体験することができます。
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