誰も置き去りにしない社会へ

 2023年10月25日、トランスジェンダーが戸籍上の性別を変更する際、生殖能力を失わせる手術を必要とする「性同一性障害特例法」の要件が、憲法に違反するという判決が下りた。
 1945年のユダヤ人開放、1863年の黒人奴隷解放宣言に続き、トランスジェンダー達が弾圧から解放された。トランスジェンダー達にも、性器を持つ自由が許されたのだ。(※正確には、まだMTFの外観要件については審理中である)
 この決定の意味するところは、「戸籍の性別で性器の有無を知る事が出来なくなる」と言う事である。
 つまり、相手の保険証や自動車免許を奪っても、ちんこやまんこが付いているかどうかを判断できない。
 これは、「戸籍」によって相手の性器を判断し、差別する事が出来なくなったと言う事でもある。つまりこれからは、人の性別はみな自分の意志の下で変更できるようになると言うことなのだ。これが、トランスジェンダーがどれだけ生きやすい社会になったかを表している。

そもそも、トランスジェンダーとは何か

「LGBT」などと一括りにされているが、「LGB(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル)」が「恋愛対象」を表すのに対し、「T(トランスジェンダー)」だけは意味合いが少し違うという事をまだまだ理解できていない人が多いので少し説明したいと思う。まず、一般に「トランスジェンダー」と言っても、2つのレベルの人がいるのだ。

 そもそも「ジェンダー」とは、「社会的な性別」と言う意味である。人間には身体的な性別の方に、社会的(文化的)な性別があり、「戸籍」などもこれに当たる。男性でも女性でもない「Xジェンダー」と言う人達もいるが、一般的に人は「どちらか」の性を自認していることが多い。これは、生まれてすぐ(3歳頃)に自覚する場合もあるが、「違和感」として悩み続ける人も沢山居る。どのように自覚するかと言うと、子供は幼稚園に入る頃になると、自然と男女で考え方や思考が分かれていくものだ。これは脳の発達が男女で違うからであり、その性別は母親の胎内ですでに決まっていると考えられている(これを脳の性分化と言う)。この「脳の性分化」と「性器の性分化」の時期の間に、母体のストレスや化学物質などが影響してホルモンが乱れると脳の性と体の性が合致しない「トランスジェンダー」が生まれると一般に考えられている。子供たちの性自認は4歳頃から始まっていくが、その頃から「集団に馴染めない」といった障害が生まれてくる。周りの子が自然に好きになるものや自然に行動できる事が理解できない・分からない……こういった悩みを持つ事が増え、疎外感を感じるようになってくる。これが長期に渡って続き、思春期や大人になってもなお苦しんでいる人々を「トランスジェンダー(性別違和)」と呼ぶことが多い。また、トランスジェンダーは発達障害と併発する事も多く、誤診されている可能性も含め、その原因はまだ不明であるが、シス(健常な※)男女とは脳が違うのだという事をまず念頭に入れるべきであり、これらは決して好き好んで発症したものではない。このような悩みは「性同一性障害(性別違和)」と呼ばれ、一種の「適応障害」と呼ぶ事もできるが、現代では精神疾患の分類からは外れており、「身体障害」として分類されている。但し今後「脳の性別を変える薬」が発明される事があれば、また「精神疾患」に分類され直す可能性もあるかも知れない。この辺りは自閉症と同じくどこまでが精神疾患でどこまでが本人の個性なのかは本人の意思で決まる。そして、トランスジェンダーの治療として最も有効なのが「戸籍の変更」だ。社会的な性別を変更するだけで生きやすくなる人は沢山いるのだ。

 そして、この「トランスジェンダー」が、もっと強く発現すると、「トランス・セクシュアル」となる。自己の性器そのものに嫌悪感があったり、ないはずの性器があるように感じたりする。こういった人々はこれからも性転換手術(SRS)を行うだろうが、そこまでの強い嫌悪感のないトランスジェンダー達にとって、「身体的な性別を変更しなければ社会的な性別が変えられない」という制度は本末転倒であったと言える。

手術要件の撤廃で困る人々

 さて、今回の決定で変わった事が「戸籍の性別で性器の有無を確認する事が出来なくなった事」だと書いたが、このことで最も困るのは婦人科医や泌尿器科医などである。今までは保険証の性別で男女の性器の有無をある程度把握できていたが、これからは別途記入していく必要があるので大変だ。しかし、彼らから手術要件撤廃反対の声が上がったのを聞いた事はない。次に困るのは子宮がんなどの健診を行う市役所だが、これも反対の声は聞かない。彼らもまた戸籍とは別に身体の性別を把握するデータベースを作る必要があるだろうが、今までも子宮を切除した方には送らないなどの工夫があるのだから、データベースの作成は容易だろう。そして銭湯や旅館など、性器を露出する公共施設の経営者だ。彼らもまた独自の分類ルールを作って混乱を収める必要があるだろう。しかし、反対の声を上げているのを聞いた事はない。反対の声を上げているのはその利用者のシス女性達であるが、公共施設のルールはその管理者が決める事であり、戸籍の性別によって決まるものでは全くない。戸籍で分かれているのはせいぜい公立の中学校や高校の更衣室くらいである。私も銭湯を利用した事があるが、保険証などで性別を確認された事はない。つまり戸籍の性別と銭湯は全くの無関係であり、そこで起きたいかなるトラブルもその責任は国家や憲法ではなく施設の管理者にあるのであって、制度を反対する正当な理由には当たらずまったくお門違いに他ならない。女性用トイレなどは性器を露出しないため最初から論外である。
 また、彼女たちは失念しているが、今回の決定によって減る犯罪者もいると私は思う。それは「女性であることを良いことに女性に性犯罪を行うFTM」たちである。FTMとは、体や戸籍は女性だが男性の脳を持って生まれた人達の事で、ラットの実験では彼らはオスと同様の性行動をしたと報告されている。特にテストステロン投与をしているFTMの性欲はシス男性と何ら変わらないのだ。つまり"彼ら"が犯罪を犯す理由として「戸籍が女性であるから問題ない」と言う理論が通じなくなり、また女性たちもそれで納得したり泣き寝入りする必要は全くなくなるのである。「戸籍」と言うものの効力が弱くなり、それを理由に性犯罪を正当化したり免罪する人達が減っていき、戸籍の性別を言い訳に社会が混乱することを避けることが可能なのである。(もちろん性犯罪をする為だけに性別変更をしないFTMが存在する可能性は否めないが…)
 今回の決定で懸念されるべき事項は子宮頸がん検診などを受けられないFTMが出てくるかもしれないことや、結婚したい同性愛者がトランスジェンダーと偽ってむやみに性別変更をする可能性である。これについては追って同性婚が認可される事で解決するだろう。

感想

 おっぱいの付いた男性や、男性が妊娠したり、ニューハーフと言ってペニスの付いた女性などは昔から少数ではあったが報道・見世物化されてきた。これからの未来、彼らは報道されるような異物ではなく、「当たり前の人間」として受け入れられていくのだろう。
 今回の決定の中、ネットで反対している人達を見て悲しい思いがある一方、彼女たちのような「一般の人」が、「もしかしたらトランスジェンダーがお風呂に入ってくるかも知れない」と、トランスジェンダーの存在を間近にリアルに感じ取った事がまず多様性へ一歩前進したと言えると考えている。こうして衝突や軋轢を繰り返しながら共存と多様化への道を辿っていく。私たち日本人ならそれができると信じている。

 しかし、今回の一連の報道はいささか皮肉でもあるのは確かだ。そもそもトランスジェンダー達は、性器も含め、今現在の日本のジェンダー観(ペニスがあるのが男、等)の中で、「ジェンダーだけ変更したい」と言う、一種「詐欺」まがいの望みを持っていたのだが、それがいざ正当化され、しかもそれが報道されたことで、日本人の中の「ジェンダー観」が変わり、「戸籍の性別はアテにならない」という価値観に変わってしまったのだ。つまり、もう、生きるために詐欺を働く必要がない、ジェンダーを変更する必要がないと思うかも知れない。障害とは、本人の周りを取り巻く価値観で決まるものなのだから。

※この記事ではLGT+の人々を「ハンディキャップのある人」と捉えている。何故ならシス男女と全く同等の幸せを享受する事は出来ないと考えているからであるし、「正常で理想的な」人間の発達ではないと私は捉えているからである。特にトランスジェンダーは環境ホルモンの影響が大きいと考えている。

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