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『貧困と闘う知-教育、医療、金融、ガバナンス』エステル・デュフロ

はじめに:貧困者自身による改革

デュフロは女史が健在の学者の中でトップクラスに尊敬している学者だ。彼女の分析能力は並外れたものであり、彼女の貧困に関する研究は、人間社会の不平等を解決する上で大きく寄与する。

そんな彼女は、本著において、教育と健康、そして経済・政治構造が大要因であることを力説する。そして、これらを解決するには、貧困者自身がその手で改革を行っていかねばならないとする。

異郷から来た女史が何者か知りたい人はこれを読んでくれ。

そして、女史のnoteをどう読むか、こちらを参考にしてくれ。

教育:親と子にインセンティブを

貧困環境において普通教育を妨げている原因は、親と学費である。

親は、子供を学校にやらずに働かせれば、収入も増える上に、学費も払う必要がない。そのため、貧困者は学校に子供を入学させないことを選択する。

この解決策として、メキシコでPROGRESAという取り組みがなされ、成功した。これは、親に対して、10代の子供が働いたときの収入相当の補助金を与える取り組みだ。これにより、子供の就学率が大きく上昇した。この取り組みは、ラテンアメリカ諸国、アフガニスタン、トルコ、NYでも導入された。

また、教育を普及させるだけでなく、就学した子供に勉強を継続させる必要がある。ここでもインセンティブの付与が寄与する。成績の良い子供の親にお金を与えるのだ。そうすることで、その子供の学業に良い影響を与えることが研究で証明された。

ただし、非常に貧しい家庭の場合、親ではなく子供に対して、成績によるインセンティブを与えたほうが効果が高いことが証明された。非常に貧しい家庭の場合、親が、与えられたインセンティブを子供の学業のために使用するとは限らないからだ。

このように、教育を普及させるには、貧困者に対してインセンティブを与える必要がある。

デュフロは、ここで、教育の普及のみならず、継続して本質的な学習を子供たちが行える環境の構築の必要性を訴える。貧困家庭の親や子供のみならず、教師に対しても、質の高い教育を提供するインセンティブを与える必要がある。彼らにシンプルな目標を与え、成果を報酬に反映させる。そうすることで、教師側も、貧困の子供に対して、より質の高い教育を提供することができる。

先進国がボランティア的に取り組む、貧困者への教科書の配布等は、貧困者の教育問題解決には直結しないのである。 

健康:質の高い医療と予防ケアへの需要を

デュフロは、貧困環境での医療に、需給の悪循環が起きているという。貧困下では、医療従事者の提供する医療レベルが低い。それにより、貧困者は病院に行かなくなり、余計に健康レベルが悪化する。

この状況を改革するには、医療施設と利用者両者の目標と計画を検討する必要がある。利用者は地元の医療機関に対して一体何を求めているのか。そして、医療施設はそのニーズに対してどのように対応していけるか。必要なリソースは何か。

地方政府や先進国から押し付けられる施設建設や機材導入は、根本的解決にはならない

また、本著でデュフロは、利用者の予防医療への意識を、インセンティブを与えることで改善すべきと主張する。貧困環境では、病気にかからないよう、予防することが重要である。予防は、非常に安価な投資である上に、健康を損なうリスクを激減させることができるからだ。

例えば、予防接種がそれにあたる。予防接種を一度受ければ、特定の病気に罹患して、高額な治療費を払う必要はなくなる。先進国の市民は、この当たり前の選択ができる。しかし、貧困環境では、人々は、予防接種を受けるお金があるならば他の物にお金を使ってしまおうとしてしまう。とある研究では、予防接種を無料にした上で、予防接種を受ければコメやイモが10キロもらえる、などの物質的インセンティブを与えてみた。結果的に、予防接種を受けた貧困者の比率が上昇した。

医療においても、インセンティブ付与が貧困者の健康を大きく向上させることがわかる。

マイクロファイナンス:最貧困者にミートする

ここでは、マイクロファイナンスが最貧困者に果たす役割を解説する。

マイクロファイナンスは非常に少額単位でお金を貸す金融の仕組みである。よって、非常に貧しい人でもお金を借りることができる。彼らが自身でお金を借り、生活に生かすことで、より大きな収入を得て自立する手助けをすることが、マイクロファイナンスの使命である。

しかし、近年、マイクロクレジット自体の目的が、その使命を果たさなくなってきている。金融機関は、利益の少ない最貧困者への金貸しを渋り始め、金利を上げる。最貧困者は、仕方なく高金利でお金を借りるが、それを返せなくなってしまう。金融機関はさらに最貧困者への金貸しを渋り金利を上げる。といった悪循環が生まれている。

これを改善するために、最貧困者がお金をきちんと返せるように、定期的にグループセッションを開いて貧困者同士の連携を深めたり、貯金の促進を高める制度作りが必要であるとデュフロは主張する。

ガバナンス:最貧困者に権力を

デュフロは、政治体制の根本改革も、貧困の解決に必要であるとする。

最貧困者を、政治体制における支配者たちの中に組み込むべきであるというのだ。

貧困環境において、支配を握るのは、結局高い教育を受けた富める者である。彼らは結果的に、最貧困者を搾取・無視する政治を行う。

これを防ぐために、エリートだけでなく、最貧困者を半強制的に支配者グループに仲間入りさせることが必要である。もちろん、女性や障害を持つ人やマイノリティのように、社会的な権力を虐げられている人もこれに当てはまる。

ラテンアメリカのクオータ制度がその例の一つである。こうすることで、エリートによる支配に終止符を打つスタート地点に立つことができると、デュフロは主張する。

おわりに:貧困問題解決の主人公は貧者

本著では、終始、貧困者自身が貧困を解決しなければならない、という主張が見て取れる。

我々先進国に住む者は、貧困者を哀れみ、物的支援や金銭的支援を行う。しかし、彼らの貧困状態は、50年前と比較してどれほど変革したであろうか。おそらく、多少ましにはなった、程度の変化であろう。

その理由が、デュフロが主張するように、貧困者自身が自走していける根本的な構造ができていないからである。

教育に関しては、先進国からの募金による学費免除や教科書配布。医療に関しては、先進国からの機材提供やワクチンの提供。これらは、非常に重要な支援である。しかしながら、貧困者の環境の構造改革に繋がらない、その場しのぎの支援に過ぎない。

デュフロのいう根本的貧困の改革をするためには、先進国はどのように貢献できるのであろうか。我々先進国に生ける者は、ただ貧困者に対して哀れみをもつのでなく、デュフロのように、貧困者の行動を科学的に観察し、より合理的行動を取れるようにするための示唆を蓄積していく必要がある。

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