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\生き方見本市2018KOBEレポート/ セッション1 B【お店をつくる】前編

セッション1
B【お店をつくる】

■ゲスト
前田裕也 edalab.
岡本佳那 cafe36
稲葉滉星 URBAN PICNIC / 神戸大学大学院工学研究科建築学専攻

■コーディネーター
丸毛幸太郎 NPO法人Co.to.hana / コミュニティデザイナー

(上写真:最前列左から前田さん、岡本さん、稲葉さん、丸毛さん)


丸毛:初めに、僕はセッション1のコーディネーターを務めます、NPO法人Co.to.hana(以下、コトハナ)の丸毛と申します。セッション1「お店をつくる」ということなんですが、このセッションがどういう風に生まれたかということをお話ししてから進めようと思います。

実はですね、ここのメンバーは全員初めましてです。誰も知り合いじゃなかったんですね。かつ、さっき言った通りコトハナはお店をしているNPOではなくて、デザインに関する仕事をしているところで、お店に関してはど素人。藤本遼(生き方見本市KOBE代表)という男から無茶ぶりをされまして、4人でどうしますか?ということでオンラインで1時間ほどお顔合わせをしました。

それでゲストはみんなお店に関わっているから、お店ってなんだろう?ということをテーマにしようとなりました。今日はお店だけについて話すわけではないんですけど、この4人はそういうことに関心があることを踏まえて、みなさんには聞いていただきたいと思っています。

まず最初にどんな人かということで、名前とこんなセッションになったらいいな、こんな話をしたいなということを、順番に話してもらおうと思います。

前田:こんにちは、前田と申します。京都で花屋をやっているんですが、店舗で花を売る+自分でイベントや個展を開く活動もしているので、その2つの目線から話ができればいいなと思っております。

丸毛:よろしくお願いします。

岡本:こんにちは、岡本佳奈と申します。神戸で喫茶店をやっております。あまり良い見本となるお話はできないかもしれませんが、何かしらみなさんの参考になればいいなと思います。

稲葉:稲葉滉星と申します。季節限定なので今はないんですが、東遊園地で仮設のカフェをやっていました。あとはアルバイトで自分の身を挺して「お店をつくる」ようなことをしていたんで、そういう点からお話ができたらいいなと思っております。

丸毛:ありがとうございます。では今から3人に話をしていただくんですが、コーディネーターとして個人的には、このセッションを通して気づきやヒントを持って帰っていただければと思います。そしてせっかくゲストがいるので、このあとゲストとつながって、一緒に活動したり今後につながるきっかけになったらいいなと思っています。

今回の生き方見本市ですが、市(いち)と言ったら市場とかマーケットとかあって、この市場にこの商品をめがけてきたという方もいらっしゃいますよね。ゲストに会いに来たという方や、何か神戸に楽しげな市場があるらしいからちょっと見に来たという方。あるいは、自分のまちや地域でこの市場をやりたいんですと偵察のように潜り込んでいる方も。いろんな方がいらっしゃると思うので、最初に市場調査をしようと思います。

一つ目、現在お店で働いているという方、自分でお店を持っているという方。

(挙手)

丸毛:ありがとうございます。7~8人かな?

次に、いつかお店をやってみたい、これからお店を始めようかなと思っている方。

(挙手)

丸毛:19人のように見えました。

そうじゃなくて、このイベントとかいろんな人の生き方に興味があって来たという方、あるいは今回のゲストのファンという方。

(挙手)

丸毛:いましたね!いろんな方が来ていること、お店をつくりたい方やゲストの人生に興味がある方がいることが分かってきました。

じゃあ、まず一人目は前田さん。よろしくお願いします!

前田:改めましてよろしくお願いします。「花を通じて社会参加ができている男」というテーマで自己紹介をしていきたいなと思います。

まず簡単な略歴ですが、85年の京都生まれで、京都に今も住んでおります。小学3年生にして早々にレールアウトして、学校に行けなくなってしまいました。高校卒業後、大学に行かずフリーターをしている時にイタリアへ遊びに行きました。その後花屋さんに6年間勤務し、退職して独立という形です。

まず、フリーターの時代からお話ししていこうと思います。漠然とイラストを書きながら仕事をしていきたいと思ったんですけど、そんなにうまくもない。アルバイト先のハンバーガーショップでハンバーグを焼き続けながら、いつから自分は働けるんだろうと不安に満ちたような。その時出会ったのがかなり内向的な作品を書く、安部公房という小説家。資本主義とかに影響されることが多かったんです。

ハンバーガーの安売りでものすごくお客さんが来る日があって。肉を焼いても生産量が全然追いつかない中、年下のバイトマネージャーに「まえちゃん全然肉足りてへんよ」と言われるけど、「頑張って焼いてるからちょっと待って」という感じで。「肉がなくなったんですけど」と言われても、僕も頑張っていたのでちょっとキレて「資本主義か!」と言うと、「そんなこと関係ないでしょう」って(笑)。なんというか、僕は社会に不向きな人間だったんです。

それで安部公房好きが加速して、社会に参加するのが難しくなっていきました。そういう時期に同級生は就活して、就職が決まっていくという羨ましさがありました。

ダラダラしている時に、両親にぼーっとしているならイタリアに行くかと言われました。目的がなかったので、行ってどうするんだろう?でもフリーター生活も嫌だなと思って行ったんですけど、現地ではめちゃくちゃ浮かれてました(笑)。1年間髪を切らず、こんなに伸びるんだというくらい伸びました。

でも滞在の中で、海外を自分なりに理解することができて。イラストが好きだったというのもあって、わりと満喫しながら過ごしていたんですけど、帰る日が近づいてくるんですよね。フリーターとしての執行猶予がなくなってくるわけです。 日本に帰って何をするのか、何ができるのかを改めて考えてみた時に、花屋になろうと思いました。

たまたまイタリアの街中で見た花屋がすごく鮮やかで、綺麗で。イラストにフィードバックできるんじゃないかなと思ったんです。花を通してイラストにフィードバックしたら、自分なりの絵が描けるんじゃないかなと。それで花屋になったんです。

その後、普通の花屋から転職してブライダルの花屋になったんですが、自意識が強くてなかなかお客さんとうまくコミュニケーションが取れなくて。スタッフから「君は心を閉ざしているからお客さんと向き合えないんだよ」と言われました。

それでも6年間勤め上げたのですが、結婚とか、家庭的な諸事情があって独立することになりました。結婚式のお仕事を譲ってもらえるという形で退職できたんで、割と順風満帆に意気揚々と頑張っていけると思ったんですけど、ほぼ無職でした。

知人とかに「何やってるの?」と聞かれた時に「edalab.という花屋をやっているんです」と答える。その後「何をしているんですか?」と聞かれても「まだ何もしてない」としか言えない。ノンキャリアですね。これはやっぱり非常に辛くて、このままじゃ僕は死んでしまうのではないかと思いました。結婚もしたのに独立もしたのに、何も仕事がないなと。

どうしたらいいかという時に、人格の拡張をしようということで花のマスクを被っていろんな所に出て行きました。そしたら何か変な奴がいるみたいな認知をされ、それが結果仕事につながってくる。トークイベントに被って登壇するっていう。ふざけてるでしょ(笑)。

僕のプロジェクトはブライダルのお花とかイベント系のお仕事ですね。アートワークの制作もしております。今回のテーマである「お店をつくる」という点では、秘密の花屋というオープンラボをやっておりまして、それはあとで説明します。

あとは、今年に個展を開催しました。ブーケや会場の花をつくったり、バーテンダーの人とチームをつくって活動しています。バーカウンターを僕が植物で装飾して、その中でハーブを摘むことができる。摘んだハーブはカクテルにトッピングして独自のフレーバーをつけるという企画なのですが、現在プライベートワークとして東京や大阪などで活動しています。

それでこの仮面(下写真参照)ですね。これはイタリアのミラノの大聖堂で撮りました。この時テロとかが多かったので、被っていたら警備員さんに拳銃を持ちながら「何やってるんだ、マスクを取りなさい。ここはそういう場所じゃないんだよ。」って言われて。マスクで見えていなかったんですけど、外したら拳銃があったという。

今日はマスクをいくつか持ってきているので、この後撮影もできます。興味のある方はぜひお声がけください。

最後に、僕は「花のおかげで社会に参加している」「花というコネクターを使ってみなさんに接続できている」と思っております。花がなかったら社会に参加できていたか怪しいなと思います。 紆余曲折しながらも自分がどう社会にコネクトできるのかが何とかわかってきたということを、今日はお話できればと思っております。

丸毛:ありがとうございました。どこが内向的やねんという話ですよね。花って面白いなと聞いておりました。

では2人目、岡本さん。よろしくお願いします!

岡本:岡本佳奈と申します。カフェ36(さんろく)という喫茶店を経営しております。神戸の北の方の自宅の一階で、全部で12席の小さいお店です。主に私一人でやっていて、母がちょっとお手伝いをしてくれています。2016年の7月にオープンしまして、今2年半、3年目になります。

前職は飲食をしていたわけでは全然なくて、大学を卒業してから地方銀行で事務職を4年ほどやっていました。それからお店をやりたいなというきっかけがあって、銀行を退職しました。いきなり始めてしまったという感じです。

カフェ36は数字で「36」って書くんですけど、神戸の山側なので山の麓の「山麓」。数字に特に意味はありません。なぜ飲食をやったこともないのに、いきなり始めてしまったかというと、銀行で勤めていた時に父が癌で亡くなったからです。割と進行の早い癌だったので、見つかってから3ヶ月くらいして急に亡くなってしまったんですね。

その時に人生何があるかわからないということを言葉としてはよく聞くんですけど、 初めて実感しました。それで、今の仕事のことやどう生きるかということを真剣に考え始めようかなと思いました。

なぜカフェなのかということなんですけど、割と思いつきです。単純に自分がカフェを好きだったということがまずあります。疲れた時や気持ちの整理をしたい時に、好きなお店にひとりあるいは友達と行ってゆっくり過ごしていたので、自分でもそういう空間が作れたらいいなあと。

あとは母が専業主婦をしていたんですけど、自分でカフェや喫茶店を経営してみたいというのは母の希望でもあったと思います。ただ父が亡くなって、いきなり社会に出ていくのは怖いなあということで、二人でだったらできるかなという話をしていました。

あとは父もお店とか喫茶店に行くのが好きだった人で、母とゆっくりしたお店をやりながら、私がちょっと手伝うということができたらいいなという話を、父が亡くなる前にしていました。具体的にそれで動いていたわけではないんですけど、そんなことが今できてもいいのかなと母と二人で話しました。それで、じゃあ思い切ってやってみようということで2年半前にお店を始めることになりました。

なので、飲食について全然詳しくないんですね。学生時代のアルバイトの経験しかないので、そういう話を聞きたいなと思って来られた方には、ごめんなさい、あまり詳しくないんですっていう感じです。なんかアップアップで毎日やってますという感じですね。

一応私がしているのは、あまり経験もない知識もない中で、なるべくシンプルで良いものを使って、あとは自分の好きなもの・食べたいものや、家族や友達、お客さんに「これが食べたいなあ」と言われて、リクエストに答えられたら答えるという感じで。ちょっとずつメニューを増やしたり減らしたり、試行錯誤しながらやっています。

そんな感じなので飲食店がしたかったというよりは、場所というか空間をつくりたいなと思って始めているので、お店に関しては落ち着ける空間であるかどうかを意識してやっていますね。

お店の場所が北野にあって観光地でもあるんですけど半分住宅地でもあり、うちはその境目にあるので、ゆっくり過ごしたいなという方に来ていただきたいと思っていて、そういう空間にできたらなと。あとは、喫茶店だけじゃなくてやってみたいと思うことをできたらいいなと思っています。

母が趣味で、フラワーアレンジメントとかアクセサリー作りを主婦の時にやっていたんですが、そういう教室もいきなり知らないところで始めるのは怖いのかなと思っていて。やってみたいと思う人がちょっとできる場所にできたらいいなと思って、たまにやらせていただいています。

あとはなかなかお店をやっていると外に出て行くことができないので、なら来ていただこうということで、自分が受けたいワークショップをお店でやっていただいています。

お店っていうやりたいことをせっかく続けているので、回すことでいっぱいいっぱいになって疲れ切ってしまったら意味がないというのを、最近思っています。なるべく長く続けたいので、変な意味で疲れない、頑張りすぎないやり方で続けていけたらなあと今模索中なんだと思います。

元々手伝ってくれていた母が今はあんまり入っていなくて、一人でどうやっていくかという状況です。ちょっと何かやってみたいという人と一緒に何かできる場所にしていけたらいいな、そういう機会を増やしていけたらと思っています。

いきなりお店を持つっていうのはなかなかハードルやリスクが高いと思うので、最初の一歩を踏み出したい、踏み出さなきゃという人に使ってもらうというやり方で。私も一人でやるのは大変だけど、雇うっていう形じゃなくて誰かと関わっていく形でお店をつくっていけたら楽しいんじゃないかなと思っています。もしそういう方がいらっしゃったら、この後でもお声がけをいただければ嬉しいです。よろしくお願いします。

丸毛:岡本さん、ありがとうございます。

では3人目、稲葉くん。よろしくお願いします!

稲葉:よろしくお願いします。アーバンピクニックという、東遊園地の社会実験の事務局をしていました。稲葉と申します。

お二人が一年中お店をやっておられるのと違って、僕は3~6か月の短い間だけ「公園でお店をつくる」活動をしています。そもそも僕の根底には、街や公園っていうのは誰のものなんだろうなというテーマがあります。お店については、お店って何のためにあるんだろうなと。元々お店をしたくてしたわけじゃないので、そんな事を話せたらいいなと思っています。

まず、東遊園地という場所について説明したいと思います。旧居留地の東側、ルミナリエの到着するところです。昔神戸が開港された時に、外国の方々が休んだり運動したりする場所がほしいということで作られました。この会場に来るまでにフラワーロードという太い道があったと思うんですけど、あの道は昔川で、今の公園は河川敷だったんです。

ルミナリエや神戸まつりのような大規模なイベントが毎年あるんですけど、それがないときはすごく寂しい公園でした。特別なイベントを開催している時じゃなくて、普段からみんなの共有の空間として楽しく使えたら、神戸全体がすごく素敵な場所になるんじゃないかなという話から始まったのが、アーバンピクニックという企画です。

第1回は2015年の5月くらいで、2週間実験を行ったそうです。僕はこのときこの存在を知らなかったんですけど。何もなかった場所にパイプを組んで木の板を借りてきて、芝生も神戸の北野でやっているお祭りで使われている芝生を借りて。カウンターも六甲山の間伐材を使わせていただいたそうです。何もなかった場所に何かできたら人が集まってくるんだ、仮設の芝生でもくつろいで本が読めるんだということがわかりました。

僕の紹介になります。愛知県の春日井市、高蔵寺ニュータウンで育ちました。千里ニュータウン(大阪府吹田市と豊中市にまたがる千里丘陵にあり、日本初の大規模なニュータウン構想だった)と似たような感じですね。大学は神戸大学建築学科に行きまして、今は修士2年で、今年で卒業します。2015年の5月くらいにちょうど大学の先生と仲良くなって、公園をつくる造園業者を訪ねて宮崎と東京に行きました。帰ってきて「神戸でなんかしない?」と言われ、アーバンピクニックに関わりました。どうやって関わったかということはあとで話すんですけど、2017-2018年度と事務局で企画運営、主にカフェを担当していました。

関わり始める前、建築学科なので災害があったところってどうなっているんだろうと大学1年生の時から興味があって、東北のボランティアに行っていました。今も熊本や東北にずっと行っています。その時に思ったのが、「作られたものを与えられる」ことへの違和感。これできたから入りなよとか、与えられることがすごく気持ち悪いなと思いました。

あと建築学科で何々を設計せよという課題があるんですけど、建物をちゃんと作ると、しかも変な形の建物を作ると褒められるんです。でも丸いのとか、誰も使わないものがすごく嫌で。僕が育った高蔵寺ニュータウンは、ただ名古屋に近いというだけで選ばれた感じで、地域性みたいなものがなかったんですね。神戸みたいに個人経営の飲食店もなければ、面白いお店があるわけでもないので、地域性や固有性はすごく素敵だなという憧れがありました。

第2回アーバンピクニックで初めて関わらせていただいた時、初めからカフェをしていたわけではなくて、芝生を運ぶということをひたすらやってました。KIITO(当日の会場)の横にある港の森公園というところから芝生と砂を取って運んで、東遊園地に植えるということを13時間ぐらいひたすらやっていました。11月だったので雨を含んでめちゃめちゃ重くて、すごいプロジェクトだなというのが最初の印象でした。

でも芝生を植えた場所で、普段は北野で太極拳をやられているおじいちゃんが東遊園地に来てやってくれたり、朝本を読んだりダンスを踊っている人がいたりして、みんなにすごく喜んで使ってもらえていて良かったなと思いました。それから、自分がつくるっていうのはすごく愛着が湧くと思って。今日は誰がどうやって使っているのかすごく興味があって、1週間しかなかったんですけどほぼ毎日行きました。公園だったら相手を選ばず、めっちゃ小さい子にもおじいちゃんにも使ってもらえていろんな人に影響を与えられるな、面白いプロジェクトだなと思いながら関わっていました。

第3回の社会実験では、カフェのスタッフをしました。公園で月150時間くらい働いていたんですけど、椅子は使わないんでずっと立ちっぱなしで。8月は水分不足で足がずっと痙攣している状況で、修行のようなことをしていました。この時は、まだただのバイトでした。

それから2017年、第4回の社会実験で店長に任命していただきました。メニュー作りや発注、バイトのシフト作成もしました。あとは「ピザがいい」とボスに言われたんですけど、作ったことがないのでピザの本を買って、1日10~20枚食べて、食べられそうな味を頑張って作りました。

そして2018年。今年は海上コンテナのようなものを加工してカフェにしました。今日は細かい説明はしないんですけど、本を置いたりいろいろしています。今回はみんなで使える大きい机を用意したので、知らない人同士がこの机に座ってしゃべっているという光景が見られてすごく良かったです。

「公園にお店ができた」ってどういうことなのか考えた時、公園が目的地になったなと。たまたま公園に寄ろうではなく「公園に行こう」となることと、公園でゆっくりしたい時に拠り所が出来たのはすごくいいところかなと思っています。あと僕らがやっているプロジェクトは、傍から見ると本当に分かりにくいので、「何かしているの?」と聞いてくださる方もたくさんいて、「人としゃべるきっかけになるインフォメーション」みたいな。それから東遊園地には阪神淡路の追悼のモニュメントがあって、その場所を聞かれることも多くて、「神戸のまちのインフォメーション」にもなっていると思います。

こうやっていろんな人としゃべっていると、公園への共感をつくることができると思います。公園への共感をつくると、じゃあ私も関わりたいと思う人が増えてきます。そして、公園がみんなのものになるんですね。誰かが作ってくれて誰かが与えてくれる公園ではなく「僕たちが育てた公園」という自覚が生まれるから、公園はみんなのものになるともっとよくなるのかなと思っています。

まちと公園にとって大事なのは、お店じゃなくて「誰かがいる」こと、売れることよりも「僕らの公園がよくなる」ことだと思います。お客さんをもてなすホスピタリティよりも「関わりに余白がある」ことも。

以上です、ありがとうございました。


…と今回はここまで。後編では、ゲスト同士や参加者からの質問に答えていきます。
後編もお楽しみに!

Written by 井口泰子 尼崎ENGAWA化計画インターン生

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Photo by 吉田雅美
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