見出し画像

生産理論について:TPS(後編)

前編に引き続き、トヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)について、7つのムダの詳細とムダを排除するためのアクションについて書きます。続編の制約条件の理論(TOC:Theory of Constraints)とも関連させていますので、ぜひご覧ください。


3.1. 不良をつくるムダ

一番避けるべき「ムダ」と考えています。不良が初工程で作られ、それに気づかず、後工程に流れていくとします。次の工程で不良が発見されればまだ良いかもしれませんが、これは明らかなムダです。なぜなら、初工程で不良が作られなければ、次工程でそれに作業を加えずに済んだからです。

次の工程で気付かずに、さらに次の工程まで不良が流れ・・・を繰り返した結果、出荷検査でNGとなれば、それまでの全ての工程での作業がムダになります。不良にかけた人的リソース、時間、不良在庫がコストとしてのしかかり、さらに手直しによるコスト増も生じます。

この種のムダを排除するためには、自工程完結が必要です。自工程完結とは「各工程で品質をつりこむ」「不良を次の工程に流さない」です。もし不良が出たら、不良を検知し、次工程に流れる前に食い止め、ラインを停止させる自働化が必要です。停止させた上で、不良が出た原因を探ります。

検査工程では「良品と不良品を判定し、不良を除外する工程」と思われがちですが、検査の目的は「品質保証」です。

「良品であることを保証する」ものだと考えれば、検査は不良を見つけるために存在しているのではありません。

例えば、抜き取り検査により、抜き取られなかった製品が不良だったら、不良を後工程に流すことになります。また、管理図を使って「UCL/LCL(Upper/Lower Control Limit:上方/下方管理限界線)を超えているから、または、トレンドが偏っているから何らかの異常が起きている」と統計的に推測はできますが、データに現れている時点ですでに異常が起きていると考えられます。

つまり、抜き取り検査や管理図は、検査手段の合理化であっても、品質保証の合理化とは言えないです。TPSでは「不良そのものを発生させない」を目標としています。だから、理想的には、自工程完結による全数検査を行います。

品質保証を合理化するためには、以下のような「ポカヨケ」で自働化を実現します。単純な例ですが、ポカヨケは作業の流れの中で、自然と行えるものが良いです。

  • 部品の穴あけ位置が左右逆になることがある → 治工具や作業台を工夫することで、部品が一定の方向でのみセットできるようにする。逆向きのセッティングは物理的にできないようにする

  • 穴あけ個数が図面よりも1個少ない状態で後工程に流すことがある → パンチやボール盤などにセンサを付け、穴あけ回数をカウントできるようにする。所定回数よりも少ないまま加工を終了すると、警告音が鳴るようにする

  • 左右・上下反対に部品を組み付けることがある(組み付いてしまう) → 一方向でしか組み付かない設計に変える。または、一方向でしか組み付けられない治工具を作る

全数検査は、必要最小限のリソース(できれば完全自動化)で行うのが理想です。

今の技術であれば、AIを活用した画像認識技術による検査自動化が進んでいます。何も考えずいきなりAI導入に飛びつくのはよくないですが、不良を後工程に流さないためのポカヨケはアナログでもすぐにできると思います。

短期的には、低コストでアナログなカイゼンから進めていきながら、中長期的にはAIなどの技術を導入するのが無難なやり方だと思います。


3.2. つくり過ぎのムダ

必要なモノを、必要なときに、必要なだけ、生産する。Just in Time(JIT)につながります。以下の4つの観点で、JITを説明します。

①カンバンで仕掛在庫量を規制する

「TPSと言えばカンバン方式でしょ?」は正確ではないです。最初に述べたように、TPSの目的は「徹底的な非原価主義に基づき、継続的に利益を生み出す」のはずです。

カンバンの役割は「工程間仕掛在庫量を規制する」つまり「工程間に常に必要最低限の仕掛品が存在するようにコントロールする」です。これにより、各工程にJITで部品供給されることで、仕掛在庫量が低減され、目的である「非原価主義」につながります。(理想は在庫ゼロ=ノンストックですが)

カンバンを適用するためには、後工程引き取り=PULL式が前提となります。前工程押し出し=PUSH式の場合、前工程の能力が後工程に比べて高いと、後工程の直前に仕掛在庫が滞留することになり、3.3. 在庫のムダが生じます。カンバンの具体的な使い方は、8. 参考文献「トヨタ生産方式のIE的考察―ノン・ストック生産への展開」をご参照ください。

カンバンは、アナログな方法で工程間仕掛品を見える化していると言えます。今の技術であれば、IC tagなどで部品のトレーサビリティを行うことで、部品そのものの情報、なされた作業、部品の位置情報などを取得し、生産管理につなげられます。例えば、カンバンをデジタルに置き換えた一例は以下になります。

②小ロット流し

理想形は「1個流し」です。1個流しによる工程間仕掛品ゼロが理想ですが、それは現実的ではないです。

なぜなら、工程間の能力は完全に同期化することはできず、突発的な作業者不足(欠勤など)などの外乱が生じることで、能力の高い工程の直前では仕掛品がなくなり、3.4. 手待ちのムダが生じるからです。これを防ぐための、必要最低限の仕掛品を「標準手持ち」と言います。

小ロット流しにする効果として、リードタイムの削減も期待できます。以下図のように、小ロット流しがリードタイム削減につながります。ただし、これが実現できるのは③段取りの改善が前提になります。

小ロット流しによるリードタイム短縮効果
参考元:「トヨタ生産方式のIE的考察―ノン・ストック生産への展開」

③段取りの改善

②小ロット流しを実現するためには、様々な品種に対応するための段取り替えが、ロット流しよりも頻繁に発生します。つまり、クイックな段取り替えが必要です。

クイックな段取りをTPSでは「シングル段取り」と呼びます。「トヨタ生産方式のIE的考察―ノン・ストック生産への展開」によると「段取り替えを10分以内(1桁分台)で行う」と書かれています。

シングル段取り適用のステップは以下になります。

Step1:機械を止める必要のある内段取りと、機械動作中にできる外段取りを明確にわける

Step2:内段取りを外段取りに転化する(外段取り化できるなら、積極的に外段取り化する)

Step3:それぞれの段取りを改善する

Step3のの段取りの改善ですが、以下のような例が挙げられます。

  • 締め付け:ねじ山を削り取り、締結に必要なねじ山だけを残すことで、ねじを1回まわすだけで締め付けできるようにする

  • 脱着・固定:カセット式にする。すきまばめにより、スライド式で脱着可能とする。固定はピンやカムを利用する

  • 調整:回転体のバランシングの際、回転体を治工具に搭載するだけでセンター出しを可能にする。あらかじめセンターが出ている治工具を設計することで、細かな調整作業をなくす

これらは締め付け、固定、位置出しといった作業をクイックに行うための治工具設計が重要となります。そのためには、治工具や部品にどういった外力がかかるのかを把握し、必要最低限の保持力と保持機構を付与する必要があります。

④稼働率ではなく可動率

設備、機械には稼働率と可動率があります。両者の違いは、以下をご参照ください。

上記を言い換えると以下になります。

稼働率:機械を常に動かし、つくれるだけつくる
可動率:必要なときに必要なだけ機械を動かし、必要なだけつくる

稼働率は「つくり過ぎのムダ」を生み、可動率はJITに基づいていると言えます。そのため、カンバンに基づいて、必要最低限の仕掛在庫量となるよう、機械の稼動率を抑えます。そして、JITで生産するためには、設備が必要なときに、必要なだけ動いてくれないと困ります。

つまり、予期せぬ故障を防ぐ活動である設備保全(TPM:Total Productive Maintenance)が必須になります。

最近は、IoT(Internet of Things)を活用した取り組み事例が多いです。センサやカメラなどを用いて常時設備をモニタリングし、異常の兆候を把握することで、故障する前にメンテナンスを行い、可動率を上げる取り組みです。


3.3. 在庫のムダ

3.2. つくり過ぎのムダの内容に関連します。在庫は、加工前の素材の在庫、仕掛在庫、完成品在庫、そして不良品の在庫まで含みます。

後工程引き取り(PULL式)を前提としたカンバンによる仕掛在庫量の規制、JIT化、小ロット流しによる仕掛在庫量の適正化、JITと小ロット流しを実現するためのシングル段取りの適用がキーとなります。


3.4. 手待ちのムダ

手待ちが発生するのは、以下の場合が考えられます。

(1) 前後工程の能力のバランスに差がある(後工程の能力が前工程よりも高い場合)
(2) 内段取りを外段取り化できない
(3)作業者の急な欠勤や資格管理上、その作業者しかできない工程がある

(1)の場合は、後工程の直前に「標準手持ち」があるようにします。ただし、この「標準手持ち」は3.3. 在庫のムダの観点からすると、必要悪と言えます。理想はゼロですが、現実的ではないので、必要最小限の工程間仕掛品として標準手持ちを用意します。「標準手持ちがあるのは仕方ない」ではなく「標準手持ちをいかに削減するか」を常に念頭に置くことで、攻めの在庫管理につながると思います。

(2)は「どうやったら外段取り化ができるのか」を常に考え、それでもできない場合は内段取りをシングル段取りの考え方によって、段取り時間を削減します。

(3)は多能工化と標準化です。作業スキルの属人化をなくし、いつでも、誰でも、同じ品質で作業し、目標とする出来高を目指します。


3.5. 加工そのもののムダ

「なぜその加工方法を適用しているのか?」というように、目的に立ち返って考えます。これは、VE的視点と言えます。

例えば、切削加工後のバリ取りが毎回発生する場合は、バリが発生しない加工条件を探索する。ほかには、ニアネットシェイプ成型により、研削レスを実現する、などが挙げられます。


3.6. 動作のムダ

動作のムダをなくすためには、作業の標準化です。これはムリ、ムラにも該当します。作業者の力量に関わらず、やり方や順番を属人化させず、誰でも可能な作業手順が理想です。

作業の標準化の元になるのは、3.2. つくり過ぎのムダの「シングル段取り」や、個々人の持つベストプラクティスです。

従来だと、ベストプラクティスはベテランから新人へと、作業(OJT)を通して教えられました。しかし、ベテランの不足、慢性的な人員不足により、技能伝承や教育がままならないという事例は散見されます。

そこで、目に見えないベストプラクティスをデータに落とし込み、誰もが利用可能な形に変換することが求められます。

初歩的な段階では、作業者自身がノウハウや標準作業を蓄積(言語化)できるデータベースを用意し、作業者自身で内容をアップデートしながら、作業者全員がデータベースを参照して作業することで、標準作業の定着を図る、といった方法が考えられます。言語化したデータは、テキストマイニングで分類することで、手順書作成や注意ポイント集に役立ちそうです。

最近では、ChatGPTの有料機能「GPTs」により、オリジナルのチャットボット作成もできるため、社内ノウハウを読み込ませ、チャット形式で検索することもできそうです。(情報流出対策が必要ですが)

次のステップとしては、言語化の必要がない方法です。具体例を挙げると、アイトラッキングやモーションキャプチャなどの技術を活用します。

言語化できないベテランの技術(視線、手の動き、部位を見る順番、重点的に見る箇所など)をデータ化し、クラウド等で共有することで、必要なときに、必要なだけ、必要なスキルを習得するのを支援します。つまり、人材育成のJIT化と言えそうです。

ただし、アイトラッキング用のグラスは、作業の邪魔になるため、嫌がる作業者は多いです。アイトラッキングを現実的にするには、Google Glassくらい軽く、自然なかけ心地が理想的と思います。


3.7. 運搬のムダ

後工程の作業者が前工程の部品を取りに行くのは、付加価値の高い作業とは言えないです。

『ちょっと待った!3.2. つくり過ぎのムダで小ロット流しを適用すると、運搬回数の増大を招くのでは?』

というツッコミがあるかと思います。

これの答えとして「運搬を自動化すれば良い」と思うかもしれませんが、まずはレイアウトの改善を図ります。類似工程ごとに工程を配置することで、運搬距離を最小化でき、その相乗効果として工場のエリアを効率的に利用できます。これにより、工程間仕掛量の削減と運搬の効率化が両立できます。

まずはレイアウト変更、さらに改善が必要であればAGVなどを活用した運搬の自動化を考えます。AGVはレーザー誘導方式など様々な種類が存在しますが、本当に初歩的なものであれば、以下のようなものを自作するという手もあります。


4. まとめ

以上の説明を体系的にまとめたものが以下の図になります。

一点ご注意いただきたいのは、7つのムダに対応する基本的・発展的アクションは、各々のアクションと相互依存関係にあり、お互いがお互いにフィードバックを掛け合う構造になっています。

非原価主義による、持続的な利益創出に必要な要素
7つのムダと対応するアクション


5. 所感

TPSのよくある説明では、「カンバン」「JIT(Just in Time)」「標準化」などの言葉が大々的に独り歩きしている印象を受けます。それを表面的に理解したまま現場に適用すると、かえって現場の混乱を招きかねないです。これが、私が「トヨタ生産方式のIE的考察―ノン・ストック生産への展開」から読みとった最重要点です。

生産技術を経験した私は「TPSの本質を理解し、現場改善に役立てたい」と思い、この本を手に取り、参考文献から得た知見をもとに、ブログとして私の理解をまとめました。

TPSの専門家、生産現場のベテランの方々から見たら、まだまだ至らない点が多いかと思います。お気づきの点があれば是非とも、フィードバックいただけたら幸いです。

また、TPSには、今日の製造業DXを推進するための基本中の基本と言っていい内容が網羅されていると考えています。TPSはあくまで理論であり、考え方の指針でしかないので、それを各々の現場の現状に合わせて、使い込むことで効果が発揮されます。製造業だけでなく、コンサルタント、SIerの方々など、幅広い方々にTPSを深く理解し、活用するためのきっかけになれば幸いです。


6. 参考文献

以下、本ブログ執筆にあたり、参考にした書籍になります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?