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砂上の楼閣 7

 「死にたくない」と呟き続ける少年の身体の震えはどんどん強くなっていく。
 先程から、その調子だったので様子がおかしい、ということに気付くのも遅れた。
 「? ……ッ!?」
 少年の身体の振動に合わせてFPも小さく振動していることに気付き、トゥーリアはほぼ反射的に地面に倒した少年の身体から離れた。
 「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない」
 少年の身体の震えは止ま

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砂上の楼閣 6

 深い暗闇の中、今更抵抗をしようと男がもがく。
 しかし、戦闘慣れに加え、FPによる肉体強化の恩恵を受けるトゥーリアに背中の中心を抑え込まれているため、ジタバタと情け無く四肢が動くだけだった。
 数十秒程、その状態が続いたが、やがて男は抵抗が無駄であることを悟ったのか動かなくなった。
 男の動きが収まったのを見計らって、トゥーリアは空いている片手でコートから先程しまったライトを取り出して相手の顔を

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砂上の楼閣 5

 視線に気付いた段階でこちらのライトは消した。
 地下鉄構内を照らすのは相手の持つ小さなライトだけで、トゥーリアの目にはかなり頼りなく、淡い光が届くだけだ。
 相手の足音が響く。
 「何処だッ!! 出てこいッ!!」
 校内に響く男の声は、威勢のこそ悪くないが、震えていた。
 再び足音が響く。
 相手は、こちらの位置を特定しているわけではないようだった。
 ここでトゥーリアは悩む。
 相手を倒しに行

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砂上の楼閣 4

 階段を下りきったトゥーリアの目の前には広い空間が広がっていた。
 照明の設備は無いのか、あっても電気が無く機能していないのか真っ暗な闇が広がるばかりで、空間が広いということも自分の足音の反響具合とFPによる大雑把な走査で得た情報だった。
 『運び屋』は様々な環境に身を置きながら、様々なモノ、或いはコトを運ぶのでこういう時の装備も最低限は備えてある。
 数秒、耳とFP感覚を澄まして少なくとも周辺に

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砂上の楼閣 3

 窓から飛び出したトゥーリアの身体を重力はすぐに掴まえた。
 落下が始まる。
 地上七階からの自由落下は、人間一人を破壊するには十二分だろう。
 何もしなければ。
 トゥーリアは静かに、そしてごく自然にFPを瞬時に練り上げた。
 生み出した効果はすぐに現れる。
 落下を始めているトゥーリアのコートの裾を風が揺らした。
 初めはフワリと、そしてやがて突風に変わり、トゥーリアの落下を受け止め始める。

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砂上の楼閣 2

 これだけあちらこちらで戦闘が起こっていれば、身を隠しながら動き回るのも一苦労だ。
 少し油断した結果が足元に転がしている男だ。
 相手が『オーブ』側であれば、今回の様に倒せばいいのだが、『協会』側であればそうはいかない。
 なので、どちらにも見つからないのが一番だった。
 その上で、『オーブ』側の者でも、倒せば面倒なことがあった。
 トゥーリアは通信機器と一緒に抜き取っていたゴルフボール大の球体

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砂上の楼閣 1

 砂混じりの空風が、既にその機能を完全に失っている壊れた窓から吹き込む。
 廃墟と化している、かつては大きな集合住宅だった建物の一室だった。
 七メートル四方程度の広さの部屋の端と端、そこで男女が対峙していた。
 脇に抱えた小銃の銃口を持ち上げているのがやっとなのだろう、砂色の迷彩服で全身を覆う男は蛇に睨まれたように固まり、小さく震えていた。
 対する女は、この状況には些か似つかわしくない裾の長め

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学食へ行こう 8(完)

 「まぁ、なんかあったら言えよ」
 「そうします」
 部長はこういうところは素直に頼りになるので、こちらも素直に返事する。
 「お前にはどうせ解決できないんだから」
 「はい……」
 素直に頼りに……。
 「早く言えよ」
 「はい……」
 素直に……。
 「お前が面倒ごとに巻き込まれて、最終的に困るの私だからな」
 「はい……」
 「こら!水仙ちゃん、そんなこと言ったらダメですよ!」
 伊吹先輩が

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学食へ行こう 7

 「はー、なるほど。大変ですねぇ……」
 二人が学校を休んだ理由を聞いて出てきた感想は、そんな他人事な感想だった。
 いや、そもそも事実として実際他人事なのだから仕方がない。
 散々事件に巻き込まれているので、自分でも忘れそうになるが俺は本当に普通の男子高校生なのだ。
 他人よりも顔が怖いかもしれないけれど、それだけだ。
 たまたま、奇妙な巡り合わせによって目の前の『特別な』先輩二人と知り合い、こ

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学食へ行こう 6

 前回の失敗もあるので食券を渡す場所は問題なかった。
 食券を渡したおばちゃんにビビられる、というのは今回もあった。
 今回も軽くへこんだ。
 今回に関しては俺の直前に食券を渡した部長がおばちゃんにビビられていなかったので余計に、だ。
 まぁ、部長が怖がられるのは部長の普段の行いありきなので、それらを知らないであろう食堂のおばちゃんが怖がらないのは当然なのだろうけれど。
 部長、先入観無しで見ると

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学食へ行こう 5

 「部長はどうします?」
 伊吹先輩はまだまだ時間が掛かりそうなので先に部長に声を掛けた。
 「あー……」
 部長はちらと券売機を除き込んでから、財布から五千円札を取り出してこちらに差し出した。
 「海老天そばにしろ」
 「オッケーです」
 お札を受け取り、券売機に飲み込ませ、海老天そばのボタンを押す。
 すぐに機械が指定した食券を吐き出した。
 取り出した食券を部長に渡す。
 「周も早く決めろ」

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学食へ行こう 4

 チラチラと視線がこちらに向くのを背中越しに感じる。
 気不味い。
 背を縮め、出来る限り目立たないようにする。
 視線に気付いたらしい伊吹先輩が振り返り、朗らかな笑顔で小さく手を振った。
 男女どちらの声なのか判別し難い大きさで「きゃー!」と歓声が上がった。
 思わず、振り返ってしまった。
 歓声を上げていた、今度は女子の集団と目が合う。
 先程まで伊吹先輩に手を振られて一喜一憂していた集団から

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学食へ行こう 3

 恥ずかしそうに両手で顔を覆う伊吹先輩。
 精一杯取り繕った理由を看破され、それを俺に知られたのが恥ずかしいのだろう。
 部長の方を見る。
 部長はそれ以上何も言わずにパソコンへ向き直り、作業に戻っていた。
 あとはお前がやれ、ということだろう。
 相変わらず「うー……」と唸っている伊吹先輩は非常に可愛らしいのでこのまま眺めていたい気持ちもあるのだが、このままだと可哀想だという気持ちの方が強い。

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学食へ行こう 2

 「はー、なるほど……。……?」
 思わず伊吹先輩の言説に一瞬、納得しそうになったが、思い直した。
 いや、どういうことだろう?
 生徒会長であることと、学食に行くことにいったいどんな関連があるのだろう。
 軽く頭を捻ってみるが全く分からない。
 目の前の伊吹先輩の顔を見る。
 目が合う。
 ふわり、と微笑まれる。
 可愛い。
 ……いや、違う。そうではない。
 頭を振って伊吹先輩の美貌に囚われそ

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