砂上の楼閣 5

 視線に気付いた段階でこちらのライトは消した。
 地下鉄構内を照らすのは相手の持つ小さなライトだけで、トゥーリアの目にはかなり頼りなく、淡い光が届くだけだ。
 相手の足音が響く。
 「何処だッ!! 出てこいッ!!」
 校内に響く男の声は、威勢のこそ悪くないが、震えていた。
 再び足音が響く。
 相手は、こちらの位置を特定しているわけではないようだった。
 ここでトゥーリアは悩む。
 相手を倒しに行くべきか、このまま隠れてやり過ごすか。
 隠れてやり過ごすのは、少し難しいだろう。
 構内の隠れる場所はそう多くないので、相手が探し始めれば簡単に見つかるだろう。
 移動するにも足音が響きすぎる。
 隠れてやり過ごすには、いささか気を遣うことが大きすぎる。
 一方、戦闘になれば、とりあえず問題なくこちらが勝つだろう。
 わざわざ銃で武装している事と相手からFPの気配がほとんど感じられない事から十中八九能力者でないことが予測される。
 であれば、勝敗は簡単に付けられるだろう。
 ただ、懸念材料はある。
 『オーブ』だ。
 集合住宅で戦闘した相手がそうであったように、『オーブ』側の人間は当然ながらその武装の一つとして『オーブ』を所持している。
 ただ『オーブ』の発動に関しては、このまま隠れていても痺れを切らした相手が行う可能性もある。
 わざわざ声を上げてこちらを探しているのだから、この場所にいるということは確実に知られているのだろう。
 ならば、『オーブ』の発動前に制圧するのがベスト。
 結論を出し、息を潜め、耳を澄ました。
 足音が次第に近づく。
 音を立てぬよう慎重にコートの内ポケットから一発の銃弾を取り出した。
 本来であれば相応の銃身に込める為のものだが、FP能力者トゥーリア・グレイスには必要ない。
 火薬の類を抜いてある、本来ならば役に立たない空薬莢を人差し指と親指で挟み込むように持つ。
 光が忙しなく動く、足音が近づく。
 ふっ、と相手のライトがトゥーリアの隠れる線路の側では無く、反対のホーム側を照らした。
 その一瞬を逃さない。
 線路とホームの隙間を飛び出す。
 線路より一メートル程度高いホームの上、トゥーリアから見てほぼ直線上、目算五メートルほど先にその姿を見つけた。
 相手はまだこちらに振り向いていない。
 トゥーリアは務めて冷静に、焦ることも慢心することもなく、素早くFPを練り上げ、構えた銃弾を『射出』した。
 FP能力によって『射出』された銃弾は、通常の銃火器とは違い発砲音を伴わない。
 吸い込まれるように正確に、銃弾は相手の肩を貫いた。
 「グッ……⁉︎」
 銃撃された相手は、おそらくその瞬間まで全く気付かなかっただろう。
 突然のダメージに驚愕と恐怖の入り交じった低い声を上げて、肩を押さえ、背後に振り向く。
 が、遅い。
 トゥーリアは既に背後を取っていた。
 振り向いた相手と視線が交差したが、構わず勢いよく押し倒した。
 まともに構えることすら出来なかった相手はほとんど抵抗も出来なかった。

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