砂上の楼閣 6

 深い暗闇の中、今更抵抗をしようと男がもがく。
 しかし、戦闘慣れに加え、FPによる肉体強化の恩恵を受けるトゥーリアに背中の中心を抑え込まれているため、ジタバタと情け無く四肢が動くだけだった。
 数十秒程、その状態が続いたが、やがて男は抵抗が無駄であることを悟ったのか動かなくなった。
 男の動きが収まったのを見計らって、トゥーリアは空いている片手でコートから先程しまったライトを取り出して相手の顔を照らした。
 柔らかな金色の髪を短く切り揃えたその顔は男、というよりも少年と言っても遜色がないように思えた。
 少年は逆光で見えないであろうこちらを、それでも必死に見ていた。
 口元はひどく震えていて、少年が感じているであろう恐怖の大きさが窺い知れる。
 目の前のひどく怯える相手が想像以上に幼かったせいで、トゥーリアの脳裏に一瞬、唯一の肉親である弟のことが過ぎる。
 が、すぐに振り解き、冷静に口を開いた。
 「抵抗はやめてください。こちらは貴方を殺害するつもりはありません」
 淡々と、感情を乗せない声で伝える。
 少年の瞳孔が光の中でゆらゆらと揺れる。
 少年の震える口元からカチカチと歯が当たる音が立つ。
 その音に混じってか細い、今にも消えてしまいそうな小さな、細く息を吐くような言葉が漏れていた。
 「い、いやだ……。死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない」
 耳を澄ませて聴こえてきたのは命乞いだった。
 相手には聞こえないよう、トゥーリアは小さくため息を吐いた。
 殺す気が無い、と今述べたはずだった。
 どうにも伝わっていない。
 言語の問題だろうか?
 いや、向こうの言葉に合わせてこちらも告げた筈だ。
 まぁ、得てして恐怖というものは様々なものをひどく鈍化させてしまうもので、目の前少年の歳で、この状況に晒されればまともな理解力を維持することも難しいのは確かか。
 「貴方を殺害するつもりはありません。大人しくしていなさい」
 もう一度、はっきりと伝える。
 トゥーリアとしては、大人しくさえしていてくれれば特にそれ以上どうこうするつもりもない。
 目の前の見るからに末端構成員が欲しい情報を持っている可能性など殆どゼロなのだから。
 しかし、少年の震えは止まらない。
 耳を傾ければ未だ小さな声で「死にたくない」という言葉を繰り返している。
 強い恐怖に晒され、正常な思考を失ってしまったのかもしれない。
 もう一度、トゥーリアは考える。
 (面倒ですね……。手っ取り早く、集合住宅の男と同じように意識を奪う方がいいでしょうか?)
 意識を奪ってしまえば、相手は抵抗出来ないし、少なくとも意識の無い間は恐怖を感じなくて済むはずだ。
 ただ、そうした場合に前後で感じる強い恐怖は重い心理的外傷を生む可能性もある。
 なまじ、目の前の少年が幼いものだから、トゥーリアは決断を迷ってしまった。
 それが大きなミスだった。

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