砂上の楼閣 2

 これだけあちらこちらで戦闘が起こっていれば、身を隠しながら動き回るのも一苦労だ。
 少し油断した結果が足元に転がしている男だ。
 相手が『オーブ』側であれば、今回の様に倒せばいいのだが、『協会』側であればそうはいかない。
 なので、どちらにも見つからないのが一番だった。
 その上で、『オーブ』側の者でも、倒せば面倒なことがあった。
 トゥーリアは通信機器と一緒に抜き取っていたゴルフボール大の球体を目の前に持ち上げた。
 白濁した水晶の玉にも、半透明の大きな真珠のようにも見える不思議な物体。
 これが『オーブ』だった。
 「これは、やはり私では破壊出来ませんね」
 何度か試したことだった。
 それなりのFP能力者として仕事をこなしてきたトゥーリア・グレイスだが、その能力を持っても『オーブ』の破壊は不可能だった。
 言海の話によれば、これを破壊出来たのはFP能力者最大の組織である『協会』でもほんの数人らしい。
 聞けば、破壊出来たのは言海が知る限り、言海本人とジェームズ・ハウアー、それから言海の師匠とのこと。
 つまり、この不思議な物体を破壊するにはFP能力者たちの頂点に君臨する『五天』級のFP値がいるということだ。
 ということは、『オーブ』を創造し、世界中にばら撒いている人物も少なくとも『五天』と同程度の化け物ということだ。
 「そもそも『所有者の願いを叶える』という効果自体が規格外ですが……」
 効果について正確に言えば、『使用者の願いに応じて、必要なFP能力を使用者に無理矢理に発現させる』というものだが、それでもあまりにも荒唐無稽な効果を『オーブ』は秘めている。
 そのせいで多くの凶悪事件が世界規模で多発し始めている。
 世界の安寧とその維持、そしてその為にFPという力の秘匿を目的としている『協会』にとってはあまりにも都合の悪い物体だった。
 更にその絶大な効果には当然大きな副作用が存在する。
 『オーブ』を発動させた者は、数時間ないし当日のうちに意識を失い、起きることがなくなってしまう。
 日々、意識を失った『オーブ』使用者に対するモニタリングや治療を『協会』も模索しているが、その効果が見込めたことは未だ一度もない。
 『協会』が保護している『オーブ』使用者で一番古い者は約半年前に事件を起こし、その後意識を失いそのままだ。

 あらゆる面で『オーブ』は危険を孕んでいる。
 だから、こうして『協会』は『オーブ』という組織との衝突を起こすに至ったわけだった。

 不意に、爆発音が響いた。
 距離があるはずだが、それでもトゥーリアのいる廃墟まで届くような大きな音だった。
 遅れて、爆心だったらしい大きなビルの廃墟が、これも大きな音を立てて崩れていった。

 「……のんびりしているわけにもいきませんね」
 表立って行動できないトゥーリアにとっては継続中の大規模な戦闘が終わることもそれはそれで困る。
 どさくさに紛れて重要な情報を掴む。
 それが今できる最善の行動だろう。
 トゥーリアは手の中の『オーブ』をコートの内側に仕舞うと、勢いよく壊れた窓から身を投げ出した。

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