砂上の楼閣 1

 砂混じりの空風が、既にその機能を完全に失っている壊れた窓から吹き込む。
 廃墟と化している、かつては大きな集合住宅だった建物の一室だった。
 七メートル四方程度の広さの部屋の端と端、そこで男女が対峙していた。
 脇に抱えた小銃の銃口を持ち上げているのがやっとなのだろう、砂色の迷彩服で全身を覆う男は蛇に睨まれたように固まり、小さく震えていた。
 対する女は、この状況には些か似つかわしくない裾の長めのコート姿で、即座に動き出せるよう構えているものの両手には何も握られていない上、表情に焦りなども見えない。
 どちらが強者の側かは一目瞭然だった。

 数秒、膠着状態が続く。
 再び風が室内へ滑り込む。
 女の前髪を小さく揺らす。
 遠く、銃声が響いた。

 動く!
 男は意を決し、全身の力を込めて自らの硬直に抗い引き金を引き絞る。
 「あ……?」
 引き金を引き切る、その一歩手前。
 照準の先、そこにいたはずの女の姿が消えた。
 思わず出たのは、無意識から発せられたあまりにも間抜けな音。
 女を探さねば、そんな男の思考を刈り取るように首元に強い衝撃が襲った。
 あまりに呆気なく男の意識は暗闇へと沈められた。


1/
 「……通信機器は、これだけ、ですかね?」
 小さく呟き、床に倒した男の装備から抜き取った小型の通信機器を床に落とし、踏み潰す。
 通信機器はバキリと小さな音を立てて容易く壊れた。
 コート姿の女――元『運び屋』トゥーリア・グレイスは完全に破壊したことを確認して、それから壊れた窓から外を眺めた。
 見えるのはカラカラと乾いた青天とこの建物と同じような廃墟群だ。

 ここは中央アジアの某国某所に存在する、かつての大国が築き上げた街だった。
 近くの鉱山の開発を目的に、乾いた大地に無理矢理に創り上げられたこの街は、しかし大国の崩壊とともに放棄され、その無理のためにいとも容易く廃墟と化し、地図からも消えたはずの街だった。
 だからこそ、都合が良かったのだろう。
 この廃墟の街は『オーブ』の重要拠点地の一つとなっていた。
 そんな、この市街では現在『協会』と『オーブ』の大きな衝突が起きていた。
 正確に言えば『協会』が侵攻している形だ。
 耳を澄まさずとも聞こえる銃声や大気中のFPの揺れは各地での戦闘を如実に物語っている。
 そんな戦闘地域のど真ん中にいるトゥーリアだが、直接的にはどちらの組織にも所属していない。
 今の彼女はあくまで『琴占言海』という個人の子飼い、尖兵、手先――。
 「――日本語ではなんというのでしょう? んー……、鉄砲玉?」
 この街に来たのも情報収集のため、という目的が強い。
 『オーブ』を主宰する者の情報を追う、それが今のトゥーリアの目的だった。
 とはいえ、琴占言海は『協会』所属のFP能力者で、トゥーリアは『オーブ』から抜け出し追われている身、その上彼女の大切な身内である弟は現在言海の伝手で『協会』関連の病院で保護されている以上、陰ながらそれとなく『協会』の側を援護しているのが現状だった。

 「しかし、困りましたね」


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