学食へ行こう 8(完)

 「まぁ、なんかあったら言えよ」
 「そうします」
 部長はこういうところは素直に頼りになるので、こちらも素直に返事する。
 「お前にはどうせ解決できないんだから」
 「はい……」
 素直に頼りに……。
 「早く言えよ」
 「はい……」
 素直に……。
 「お前が面倒ごとに巻き込まれて、最終的に困るの私だからな」
 「はい……」
 「こら!水仙ちゃん、そんなこと言ったらダメですよ!」
 伊吹先輩がいつものように部長を叱るが、部長もいつものように面倒くさそうに顔を顰めるだけだった。
 そして、いつものようにため息を吐いた伊吹先輩が俺の方に向き直る。
 「周くん」
 「はい」
 「私と水仙ちゃんが困る、なんてことは気にしないでくださいね」
 「いや、私はめんどくせぇと思うが?」
 「水仙ちゃん?」
 「はいはい」
 「もうっ」
 伊吹先輩が咳払いして、また喋り出す。
 「充分に強い私たちは自分たちが困るよりも、周くんが気付く方が困ります」
 「伊吹先輩……」
 伊吹先輩は真っ直ぐに俺を見て、真っ直ぐに伝えてくれる。
 あまりの眩しさに、おもわず俯きそうになる顔を必死に伊吹先輩の方へ向ける。
 人間関係に疎い俺でもわかる。
今は、顔を逸らすべき時ではない。
だから、伊吹先輩の隣からぼそっと聞こえた「私は私が困る方が困るが?」という呟きのことは無視しておく。
絶対に後で何か言われるとしても。
数秒間、伊吹先輩と真っ向から視線を交わした。
俺が顔を下げなかったことに満足したのか、それから伊吹先輩はふんわりと顔を崩して暖かく微笑んだ。
「だから、すぐに相談してくださいね?
「はい!!」
 こんな美人にそんなことを言われれば返事にも気合が入るというもの。
 自分でも思ったよりも大きな声で返事をしていた。
 それを聞いて伊吹先輩は更に笑みを強めた。
 隣の部長はうるさそうにしていた。

 「そういえば」
 食べ終わったチャーハン皿の上にラーメン丼を載せて片付け始めていると、何かを思い出したのか伊吹先輩が声を出した。
 「明日葉さんも周くんのこと気にしてましたよ」
 「あー……。炎堂さんにも毎回迷惑かけてますもんね」
 明日葉さん、は炎堂明日葉さんのことだ。
 『炎堂』は国内では『伊吹』と双璧を成すあちら側の名門なのだそうで、炎堂明日葉さんはその『炎堂』のご令嬢で、部長や伊吹先輩同様に俺が事件に巻き込まれるたびに世話になっている刑事の女性だ。
 俺は相変わらず詳しいことを知らないのだが、炎堂さんは『道具屋』を熱心に追っているらしいので、『炎堂』という立場とその情報収集のために会合に参加していたのだろう。
 「周、お前に聞きたいことがあるから協力してくれないか、ってさ」
 「いや、もう、俺で協力できることがあるならいくらでも」
 炎堂さんも目の前の二人に並ぶレベルの実力者らしいので、それこそ頼れる相手の一人だ。
 俺が返事をすると部長は「じゃあ、明日葉さんに連絡しとくからな」と言って、立ち上がった
 「ほら、そろそろ帰るぞ。もういいだろ」
 「ちょ、ちょっと待って下さい、水仙ちゃん! まだ一口ご飯が……!」
 「先、行ってるからな」
 取り付く島もなく部長はトレイを持って、さっさと席を離れてしまった。
 残されたのはぷりぷりと怒る伊吹先輩と苦笑いを浮かべる俺。

 伊吹先輩が最後の一口を美味しそうに食べるのを見届けてから、俺達もテーブルから立ち上がるのだった。

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