学食へ行こう 4
チラチラと視線がこちらに向くのを背中越しに感じる。
気不味い。
背を縮め、出来る限り目立たないようにする。
視線に気付いたらしい伊吹先輩が振り返り、朗らかな笑顔で小さく手を振った。
男女どちらの声なのか判別し難い大きさで「きゃー!」と歓声が上がった。
思わず、振り返ってしまった。
歓声を上げていた、今度は女子の集団と目が合う。
先程まで伊吹先輩に手を振られて一喜一憂していた集団から「ひっ……!?」という悲鳴が上がる。
申し訳ない気持ちになる。
気不味い。
先程からこの繰り返しだった。
また、学食に来ていた。
先週とは違い、今度は一人ではない。
なかなか進まない列の、俺の後ろには目をキラキラと輝かせ、いつに増して年相応の可愛らしさを見せている伊吹先輩と、心底退屈そうに欠伸を繰り返している部長の二人が居る。
約束した通りに学食へやってきたのだった。
一人ではないから先週よりも幾分軽い気持ちでやってきたのだが、大きな間違いだった。
俺は伊吹先輩の校内での人気を甘く見過ぎていたし、俺の顔面の怖がれ方も頭から抜けていたし、月瀬水仙という生徒の校内での悪評のことを舐めていた。
結果、廊下で集合した時点から伊吹先輩は注目を一点に集め、その後生徒の目が伊吹先輩に付き従う俺と部長に向いた瞬間に(たぶんわりと本気の)悲鳴を上げられる、という構図を繰り返してここまで来た。
顔を見られて悲鳴を上げられたり。怖がられたり、引かれたりするのには慣れてはいる。
慣れてはいるのだが、最近はどうにか周りも慣れてきてくれたらしく学校で騒がれるようなことは無かったのと、普段つるんでいる部長や伊吹先輩を筆頭にした方々が俺の顔面ごときでどうこう言わない大物ばかりだったので、久しぶりのこの扱いに辟易してしまった。
伊吹先輩には決して聞こえないよう、慎重に小さくため息を吐いた。
幸いなのは、部長の機嫌が悪いわけではなさそうな事だ。
おかげでこの状況下で無茶ぶりをされたりしないで済んでいる。
俺は出来るだけ目立たぬ様、背中を丸め、気配を消す。
ガヤガヤと騒がしい学食内。
このうるささのいったい何割が伊吹先輩の話なのだろう。
ぼんやり考える。
列が進む。
食券機が、やっと目の前に来た。
「はぁ……。やっと、来ましたよ」
「随分、長かったな。前の阿呆共が時間掛け過ぎなんだよ、まったく」
「こら、そんなこと言ってはいけませんよ、水仙ちゃん」
「はいはい。それはいいから、早く決めろ、湊。たぶんお前が一番時間かかる」
むっ、と一瞬眉間を寄せた後、伊吹先輩は諦めたようにため息を吐いて食券機に向き直った。
「わぁ……!! この中から選べばいいんですね!」
本当に、楽しそうに伊吹先輩は声を上げた。
その様子があまりにも可愛らしいので思わず笑ってしまう。
「そうです。メニューわかりますか?」
「んー……。だいたいは、わかります」
食堂のメニューには独自の名称がついていて商品名だけではわからないものもあるので、普段とは勝手の違う伊吹先輩には余計にわかりづらいだろう。
わからなければ、都度説明すればいいだろう。
まだまだ時間が掛かりそうな伊吹先輩は置いておいて、決めるのが早そうな部長の食券から買おう。
列の流れ的に食券機の真ん前にいるのは俺で、その背後から先輩二人が食券機を覗き込む形になっているので自然と俺が購入係になっていた。
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