学食へ行こう 3

 恥ずかしそうに両手で顔を覆う伊吹先輩。
 精一杯取り繕った理由を看破され、それを俺に知られたのが恥ずかしいのだろう。
 部長の方を見る。
 部長はそれ以上何も言わずにパソコンへ向き直り、作業に戻っていた。
 あとはお前がやれ、ということだろう。
 相変わらず「うー……」と唸っている伊吹先輩は非常に可愛らしいのでこのまま眺めていたい気持ちもあるのだが、このままだと可哀想だという気持ちの方が強い。
 深呼吸をして、息を整え、意を決して話掛ける。
 「えーと……、伊吹先輩」
 「……なんですか、周くん?」
 伊吹先輩の性格から考えて、まさか無視されることはないだろうとは思っていたが、なんとか返事が貰えて思わず息を吐きそうになるが、話はここからだ。
 「行きましょう? 学食」
 伊吹先輩を何処かに誘うのに、こんな提案があるか、と思うが話の流れなのでしょうがない。
 「……いいんですか? こんな、後輩を誘う事もまともに出来ない私とも、周くんは学食に一緒に行ってくれますか?」
 いつになく随分と卑屈な言い回しに思わず苦笑を浮かべてしまうが、返事は決まっている。
 「もちろんです」
 そもそも、俺は伊吹先輩があんな大仰そうな言い回しで誘ってきた理由が知りたかっただけで、断る気など元々無かったのだから当たり前だった。
 俺が返事を告げると伊吹先輩は伏せていた顔を持ち上げ、ゆっくりと花が咲くように微笑んだ。
 「周くん、ありがとうございます」
 そっと手が握られる。
 伊吹先輩の強さとは反比例する様な女性らしい柔らかさと穏やかな体温が伝わってくる。
 伊吹先輩にそんなことをされて赤面しない男子が居るだろうか、いや居ない。
 例に漏れず赤面した俺は思わず顔を逸らした。
 「そ、それよりも、いつにしますか?」
 「?」
 「いや、あの、学食に行く日……」
 伊吹先輩が「あぁ!」と思い出したように手を打ったので、それでやっと手が解放された。
 ほっとしたような、残念なような。
 いや、残念寄りではある。
 「明日はどうですか?」
 「あー、明日……」
 そんなことを考えながらだったので適当に相槌を打ってしまっていた。
 いや、いかん。
 会話に集中しなければ伊吹先輩に失礼だ。
 「明日ー……。え、明日ですか⁉︎」
 「はい。都合が合わないでしょうか?」
 「えーと……」
 上目遣いの伊吹先輩に言われると断れない。
 断れないのだが、問題はある。
 帰ってすぐ、母さんに明日お弁当がいらない旨を伝えなければならない。
 そのことを伝えればいらぬ邪推をされ、あれこれ言われる気がする。
 それが非常に面倒臭い。
 ちら、と伊吹先輩を見る。
 視線が合い、不思議そうに小首を傾げた。
 その様子を見て自然と口が動いた。
 「いえ、大丈夫です! なんの問題も無いです! 行きましょう、明日!」
 俺は伊吹先輩の可愛さに逆らえない。
 健全な一般高校生男子なので、しょうがない。
 俺の返答に伊吹先輩の顔がパァと明るくなる。
 この笑顔が見れたのだから、俺は何も間違っていない。


 「それでは明日、学食に行きましょう。水仙ちゃんも、いいですね?」
 「え、私も行くのかよ?」
 「え、部長行かないんですか?」
 「は?」
 「水仙ちゃん、どうせいつもお昼ご飯適当に済ませてるからいいじゃないですか」
 「まぁ、それは……」
 「じゃあ、決定ですね!」
 「はー……。まぁ、いいや」


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