戸村 肇

金融制度の研究者。個人的な予測の記録です。個人ウェブサイト: https://rese…

戸村 肇

金融制度の研究者。個人的な予測の記録です。個人ウェブサイト: https://researchmap.jp/tomurah/?lang=japanese

最近の記事

仲田 泰祐・藤井 大輔著「コロナ危機、経済学者の挑戦 感染症対策と社会活動の両立をめざして」刊行に寄せて

仲田さんと藤井さんの新著が出た。 仲田さんと藤井さんがインタビュー形式で考えを述べている本で、読みやすく仕上がっていると感じた。お二人のように社会的なインパクトの大きい研究成果を出すことは難しく、また、生産性の高い研究組織を作り上げていることも自分にはできていないことなので、お二人に対してただただ敬服したい。 ちなみに、去年自分が行ったコロナ分析(Associations between components of household expenditures and t

    • 日本でインフレが起こるまで国債を財源に政府支出を増やしたらどうなるか

      現代の銀行システムでは、銀行貸出で預金が作られ、借り手が第三者に預金を支払うと、その第三者が銀行への貸し手になります。借り手が政府の場合でも同じです。その場合は、おおよそ以下のような順で取引が発生します。 以上は、経済学の流派の一つであるポストケインジアンの流れを汲むMMT(現代貨幣理論)での信用創造の説明と同じです。MMTが主張する通り、このような現代の銀行システムの特徴は標準的な経済学の教科書では正しく説明されてこなかったのですが、実は日本ではポストケインズ経済学やMM

      • YCCを続けるべきか、止めるべきか

        2016年1月に日銀は、日銀の政策金利である無担保オーバーナイトコールレートの誘導目標値をマイナスに設定した(いわゆる「マイナス金利」の導入)。 その後、長期金利(10年物国債金利)の値が大きくマイナスになり、長期金利が短期金利を下回る逆イールドが発生した(図参照)。 この現象を金利の期間構造の観点から解釈すると以下の通りになる。(ちなみに金利の期間構造とは、債券市場における裁定行動により、長期金利と、現在から長期金利の年限までの将来の短期金利の期待値の平均が等しくなると

        • 民間通貨は法定通貨を駆逐できるか

          この記事は最近書いた経済理論論文の要約です。(論文のリンクはこちら。https://doi.org/10.1007/s42973-020-00054-8 )この論文では貨幣流通についての新しい理論を提示しています。標題の疑問について、この理論から導かれる予想を書きたいと思います。 伝統的な貨幣理論論文の説明の前に、経済学における伝統的な貨幣理論の説明から始めます。経済学の教科書では、通常、以下の三角図のような形で貨幣流通の必要性を説明します。 図1 欲求の二重一致の欠如

        仲田 泰祐・藤井 大輔著「コロナ危機、経済学者の挑戦 感染症対策と社会活動の両立をめざして」刊行に寄せて

          これからのお金の形:マイナンバーとオンラインの「住所」

          10万円の一律給付のオンライン申請が一部の地域で取りやめになりました。自治体の役所からすると、住民票に登録されている住所に紙の申請書を郵送した方が、重複申請が防げるからです。 この話は、クレジットカードや銀行・証券口座を開くときも同じで、現在は、住所の記載のある免許証などのコピーを送って、その住所にサービス利用のためのカードやパスワードを郵送することで、本人確認を行っています。 このように今の日本では、お金にまつわる様々な本人確認を住所をつかって行っているのですが、郵送は

          これからのお金の形:マイナンバーとオンラインの「住所」

          国債は国民の借金なのか、資産なのか

          政府が国債でお金を調達して、現金給付などに使った場合、政府からお金をもらった人に物やサービスを売った人が、政府への貸し手になります。詳細は以下のノートに書いた通りです。 なので、国債は借金です。この借金は誰が返すことになるのでしょうか。 まず、政府が国債返済のために税を賦課する場合は、税賦課の対象になった人が国債返済の負担を負うことになります。この場合はシンプルです。 もし政府が国債を返済せず、借り続けた場合は二つの可能性があります。 一つは、インフレです。政府からお

          国債は国民の借金なのか、資産なのか

          日銀が国債を買うと政府の借金はなくなるか

          なくなるという意見が結構あって、だから政府がどんどん財政支出をすればいいという人がけっこう多い印象です。今回の新コロナウイルス危機で一律の数十万円の給付や休業補償を主張する人などにもいますね。 政府が民間銀行に国債を売って資金調達し、財政支出をした場合には、以下のような債権債務関係が発生します。(矢印は貸し手の権利の向きです。) 日銀が民間銀行から国債を買った場合は、次のようになります。 どちらの場合も、政府が支出したお金を最終的に受け取った人が政府への実質的な貸し手に

          日銀が国債を買うと政府の借金はなくなるか

          現金給付の財源は誰が負担するべきかを考えよう

          国債は返さなくても大丈夫だから国債で、という人は多いですが、将来税金で返す場合でも、インフレで国債の実質的な価値を目減りさせる場合でも、富裕層は節税や資産運用の選択肢が多いので、逃げることが可能です。そうすると、結局、今新コロナ危機で困っている人も含めた普通の低・中所得の人が、消費税なり実質預金残高の目減りなりで国債の実質的な返済の中心的な役割を担うことになります。 国債を大規模に発行してもインフレが起きない場合、何の問題もないようですが、それでも教育や医療などへの将来の財

          現金給付の財源は誰が負担するべきかを考えよう

          電子マネーに相互運用性(異なるアプリ間での送金機能)は必要か

          上記の記事の様に、専門家や決済関連企業の方々の意見をみると、異なるアプリ間でも送金できるようにして、電子マネーを現金と同じ感覚で使えるようにするのが重要だとする意見が多い印象です。 確かに例えば、スウェーデンのSwishは無料で個人間送金できるアプリとして普及しました。 しかし、個人間送金が自由にできてしまうと、暗号通貨や振り込め詐欺で生じているように、電子マネーを意図しない形で他人に送金されてしまう危険性も生じます。この問題を防ぐために、日本の法律では、送金機能のある電

          電子マネーに相互運用性(異なるアプリ間での送金機能)は必要か

          現金給付を政府からの出資と考えてみる。

          社会全体からの視点でみると、新コロナウイルスにより仕事がなくなってしまった事業者とその従業員については、単に既存の生産体制を維持しながら休んでもらうよりは、空いた時間で人的資本の蓄積(簡単に思いつくのは語学・データ分析・プログラミング言語の知識など)をしてもらった方が、社会全体の生産性が上がるので望ましいです。 その場合、人的資本の蓄積は、将来の所得増につながるので、休業中の事業者の支出については、給付ではなく、特別融資で対応するのが筋になります。 ただ、実際に将来所得が

          現金給付を政府からの出資と考えてみる。

          政府はイベント自粛の損失補償をするべきか?

          SNSを見ると、政府が損失補償をした上で大規模イベントの休止を求めていくべきだと言う意見が多いですが、すでに危機状態にある政府財政に負担がかかりすぎ、また、政府が補償するイベントの範囲の線引きが難しくなる問題があります。 一方、政府の要請に従うと事業者が損失を負わなければならない場合、確かにイベント休止を強制はできません。 損失補償を論じる前に、今年の東京マラソンでみられたように、イベントを休止した場合の発売済みチケットで「公衆衛生上の理由のキャンセルの場合は返金しない」

          政府はイベント自粛の損失補償をするべきか?

          日本の敗戦パターン

          現在の新コロナ危機でも、海外で(特にアメリカで)新しい形の社会保障や企業サービスをつくる動きが出てくると思います。 日本の場合、海外が危機に瀕している時に自国がうまく乗り切ると、慢心がうまれ、後で大きく失敗するパターンがあるように思います。 最近の例は、1970年代末の第二次オイルショックで、その後、欧米が高インフレ・高金利による不況にあえいだときに、日本はインフレを抑えて経済成長を続けることができたことで、「Japan as No.1」などといった、その後のバブル崩壊に

          日本の敗戦パターン

          決済システムのセーフモードと中央銀行デジタル通貨(英中銀CBDCディスカッションペーパー感想)

          イングランド銀行(英国中央銀行)の中央銀行デジタル通貨(CBDC)についてのディスカッションペーパーの記事が数日前にでました。ディスカッションペーパーの原本をざっくりと読んで目についた点は以下の通りです。(以下は個人的な印象であり、読み違えもあるかもしれません。また、ペーパーのすべての内容は網羅していません。) ・今回のペーパーは、個人・企業向けのリテール決済のみについて論じる。金融機関間決済、国際送金はまた別に取り扱う。 ・現金(銀行券・硬貨)の使用が減りつづけている。

          決済システムのセーフモードと中央銀行デジタル通貨(英中銀CBDCディスカッションペーパー感想)

          ポイント経済と、新しい市場経済への可能性

          現時点での法律解釈では、ポイントで支払った分の物の値段は「値引き」に相当します。(だからポイントを現金で買うことはできません。「値引き」と解釈されなかったらなにになるのかというと、「景品」になります。そうすると、景品表示法上の限度額の規制がかかります。) 上の日経の記事では、ポイントを金銭同様の財産として保護すべきではないかという論調ですが、それだと、「ポイントをもらった人しか使えない」というポイントの特性が失われます。 このように書くと不便そうですが、「使用権を移転でき

          ポイント経済と、新しい市場経済への可能性

          決済と本人確認のゲートウェイ

          銀行振込を含む電子決済サービスには本人確認が必須です。本人確認を一回どこかの企業としてしまえば、他の企業との取引にも流用できるとするのが理想的なので、そう考えると、「これからの決済サービスの担い手は誰になるのか」という質問は、「誰が本人確認のゲートウェイになるのか」、と同じ質問になっていくように思います。 本人確認という視点でみると、フェイスブックは個人情報の保護についてはいまのところ社会的な信頼を得ておらず、リブラも本人確認というスタート地点からサービスを設計しているよう

          決済と本人確認のゲートウェイ

          「円のデジタル化」とはなにか

          ここでいう「円のデジタル化」とは、要は、日銀(もしくはデジタル通貨を発行する新しい公的機関)が、インターネット上で、誰でもアクセス可能な電子台帳をつくり、送金可能な預金サービスを提供することだと思います。 そのためには、電子台帳が改変されないようなセキュリティの確保と、マネロン対策として利用者の本人確認を誰がおこなうのかが、とりあえずの課題になります。 前者は技術的な課題なので、日本単体で考えられる話ですが、後者は、利用者の居住国の金融規制に服する必要があります。そのため

          「円のデジタル化」とはなにか