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日本でインフレが起こるまで国債を財源に政府支出を増やしたらどうなるか

現代の銀行システムでは、銀行貸出で預金が作られ、借り手が第三者に預金を支払うと、その第三者が銀行への貸し手になります。借り手が政府の場合でも同じです。その場合は、おおよそ以下のような順で取引が発生します。

1.銀行が国債を買う(証券会社や中央銀行との取引は簡単化のため省略)
2.政府が国債発行で得た銀行預金を支出先に支払う(銀行振込における中央銀行の役割や、給付を受けた人が第三者から物やサービスを購入する場合の描写は簡単化のため省略)。
3.結果として、企業・個人が銀行への貸し手になり、銀行が政府への貸し手になる。

以上は、経済学の流派の一つであるポストケインジアンの流れを汲むMMT(現代貨幣理論)での信用創造の説明と同じです。MMTが主張する通り、このような現代の銀行システムの特徴は標準的な経済学の教科書では正しく説明されてこなかったのですが、実は日本ではポストケインズ経済学やMMTを持ち出すまでもなく、以下に挙げる銀行業の実務家や一部の経済学者が書いた教科書で昔から正しく説明されてきました。

横山 昭雄、『現代の金融構造 : 新しい金融理論を求めて』、日本評論社、1977年。

吉田 暁、『決済システムと銀行・中央銀行』、日本経済評論社、2002年。

池尾 和人、『現代の金融入門 [新版]』、筑摩書房、2010年。

藤木 裕、『金融の基礎』、東洋経済新報社、2016年。(フィンテックなど、最近のトピックをカバーする第2版が2022年に発行。)

上記のような銀行業の仕組みを踏まえて、「国債を発行しても政府支出の支払いを受けた人が貸し手として必ず登場するため、政府が借りることのできるお金が不足することはない。よって、政府は積極的に国債を発行して、政府支出を拡大するとよい。」という意見があります。MMTが好例です。MMTでの国債発行の歯止めはインフレが起こるまで、ということですが、それでは日本でインフレが起こるまで国債発行を続けて政府支出をし続けるとどうなるでしょうか?

ここからは標準的な教科書通りの国際経済学になりますが、政府支出が人的資本や物的資本を形成するための未来への投資ではなく、給付を受ける人の現在の消費を支えるだけのものになる場合、日本国内の生産力が変わらずに消費が増える結果、輸入が増えることになります。

輸入が増えつづけると、やがて日本の企業が海外で稼ぐお金より、海外からの輸入品に支払うお金の額が多くなり、経常収支と呼ばれる日本と海外の間のお金の支払いのバランスにおいて、日本が継続的に赤字を計上することになります。(日本を一つの家として考えると、家族の稼ぎ以上に買い物をすると、家計の収支が赤字になるイメージです。)

この赤字を埋めるためには、海外からお金を借りるか、日本が海外に持っている資産(対外資産)を売却してお金を調達する必要があります。日本は戦後の経済成長による蓄積で、世界で有数の対外資産保有国になっているので、しばらくは対外資産を減少させて経常収支の赤字を賄えるかもしれません。この場合は、日本国内の政府支出の拡大により消費が増えた分、輸入品が増加するので、物不足によるインフレは起きないはずです。

(ちなみに、輸入のしにくいサービス業への国内需要の増加が、サービス業での人手不足によるインフレを起こすかもしれません。ただし、1990年代以降の日本では、製造業からサービス業への雇用の移動が起きて、2010年代半ばまではサービス業での人手不足を起こさずに来ました。それに伴い、非正規労働者が増加しました。日本国内の政府支出の拡大により消費が増えたとしても、製造業からサービス業への雇用の移動が再び増えて、製造品の輸入が増える一方でサービス業の従事者が増えて、物不足や人手不足によるインフレが起きない可能性もあります。)

とはいうものの、対外資産の売却にも限りがあるので、経常収支の赤字を埋め合わせるには、結局、海外からお金を借りなければならなくなります。このような状況に至った場合、日本が海外からの借金を返すだけのお金を将来の輸出で稼げるかが問われ続けることになります。それが確実ではないという状況になった場合には、海外の投資家が通貨としての円の評価を下げ、大幅な円安になり、ついに国内でインフレが起きます。

経常収支の赤字が続く状況で米国金利の引き上げが起きると激しい円安が起こり得るため、日銀は米国金利の引き上げに先駆けて国内金利を引き上げる必要が生じます。また、海外での経済危機などにより海外の投資家の間で先行きへの不安感が強くなると、ドル建ての安全資産への選好が強まる結果、日本への貸出も減って、大幅な円安が生じることになります。このように、為替レートや金利を通じて海外の経済状況が日本経済に大きく影響し、日本経済の好景気と不景気の波が大きくなります。

これらは経常収支の赤字に悩む途上国の特徴と同じです。基軸通貨国である米国とその他の国では、経常収支の赤字が引き起こす問題が大きく異なるので、MMTを含む米国での経済論をその他の国にそのまま持ち込むのは危険です。

結論としては、日本でインフレが起こるまで国債を財源として政府支出を増やした場合、政府支出が国力の増強につながるものではない場合には、世界有数の先進国から経常収支の赤字に悩む途上国に転落した国として、日本が世界史上に名を残すということになります。

国債を財源とする政府支出は、国力を高め、将来の経済成長につながるものであることが重要です。この点は、冒頭に述べた銀行システムについて正しい理解を持ったとしても変わりません。