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小説|晩産のたしなみ。

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いわゆる晩婚、もしかしたら「晩産」に至れるかもしれない40代のリアルデイズ……。いちコピーライターとして初めて書き残したくなった自分ごとは、苦節9年、不妊治療の行末でした。普通の…
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#ドキュメンタリー

DAY27.  いつかの反面教師

DAY27.  いつかの反面教師

 ポチポチと文字を打っては消し、打っては消し。もうメッセージは無しにしようかとも思いながら。小一時間かけてようやくスマホから注文をした。

◼️メッセージ:お誕生日おめでとうございます。素敵な一年となりますように。どうぞ元気にお過ごしください。

 結局、できあがってみれば余計な感情はすべて削ぎ落とされ、いかにも無難な言葉が並んでいる。ちょうどコロナ前の2019年3月にも、同じ店から花を贈ったらし

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DAY25.  シラサギの舞う日に

DAY25.  シラサギの舞う日に

 つい、出来心だった。最後になるかも知れない移植前に、できるだけストレスを減らしておきたかったのだ。

「なんか、思ってたよりも……。そうか、こういう感じになるんですね……」

 これまでにない手触りのする髪を弄びながら、目の前の大きな鏡をまじまじと眺めた。

「もう少し、サラッとした感じになるのかと思ってたな。ブローいらず、みたいな……」

 そこに映るのは、ひとり自分の顔を見て苦笑している私と

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DAY24.  終わりのはじまり

DAY24.  終わりのはじまり

 夢を見た。

 夢の中で夫は、息子である私の父であった。彼は途方にくれている。いましがた妻を亡くして。

 父と息子のふたりきりで、夕食の食卓につく。さて食べ始めようかというところで、父がつぶやいた。

「ほんと、好きだよねぇ。オクラ」

「え?」

 僕の声などまるで聞こえない様子で、父はひとり意味深に微笑む。その手には、オクラの入った味噌汁の碗が収まっていた。そこで僕は唐突に思い出す。野菜嫌

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DAY23.  マックポテトの誘惑

DAY23.  マックポテトの誘惑

 姿勢が正せる。それがひとつのバロメーターだ、私の場合。家事をしていても、犬と散歩をしていても、デスクに座っていても。はたと気がついたときに、すっと背筋を伸ばせるかどうか。

 どうにも底力が湧かない今日みたいな日は、体の芯みたいなものがくにゃりと曲がって、なんとも情けないことになっている。体は泥のように重い。物理的にも、精神的にも。  

 デスクでは永遠に椅子にもたれかかって、上目遣いで無為に

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DAY10.  タイムラインの世界線

DAY10.  タイムラインの世界線

 子どもがいる未来も、子どもがいない未来も。いまだ描くことができずにいるジレンマの只中で。

 人流が減ったのか、ワクチンの効果なのか、専門家もあまりはっきりとした原因がわからないまま、コロナの新規感染者数は明らかに激減している。

 この9月いっぱいで、とうとう東京の緊急事態宣言も明けるらしい。ここまで長く自粛を強いられ続けると、もはやどこか他人事のようで、私にとってはどうでもいいニュースになり

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DAY9.  愛しのハムサンド

DAY9.  愛しのハムサンド

 クリニックへ向かう道中の私たちは相変わらずだった。家で淹れてきたコーヒーと、コンビニで買ったサンドイッチを朝食にしながら、夫が車を走らせる。

「これ、どれ食べていいの?」

 夫セレクトのラインナップは、それぞれ2つずつ入ったブロッコリー&チキンと、マスカルポーネ入りブルーベリー&クリームチーズ。それから、3つ入りのジューシーハム。

「好きなの食べて」

 いつもの返しがきて、私は重ねて聞く

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