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ドブヶ丘集

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妄想虚構都市ドブヶ丘に関する記事をここにためていきます。説明書をよくお読みになり用法容量を守ってお使いください。あなたドブヶ丘に踏み入るとき、ドブヶ丘もまたあなたに侵入している。
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#小説

ドブヶ丘の夏休み

ドブヶ丘の夏休み

 重油蝉の粘つくような鳴き声が街に響く。
 海も川も汚染され、年中重苦しい酸性雲が空を覆うこの街にも、サマーシーズンは到来する。住人への脅威が春の桜坊主から夏の夕闇の馬と蓮もぐりに変わったころ、とりわけドブヶ丘の小学生たちにとって重要な季節がやってくる。
 サマーシーズン。それは冒険の季節。
 今年も各学区の選りすぐりの探検屋たちが床夜桜山第二小学校の校庭に集まった。溢谷三小の総代、三木屋文康。括

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手口兄妹の冒険 vol.1

手口兄妹の冒険 vol.1

 第三管区外れの廃倉庫前

 廃倉庫のひさしから落ちた雨だれが分厚い外套に染み込んでくる。ドブケ丘に降る雨は町のあらゆるものと同じように耐え難い悪臭を放っている。匂いが肌に侵食されているような気がしてサナダは手を鼻に運んだ。気分の悪くなるような悪臭に外套の裾で手を拭った。匂いは消えず、ただひどくなっただけの気がする。サナダはため息をついた

 通りにむかう角に目をやる。アイモトが立っている影だけが

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手口兄妹の冒険 vol.2

手口兄妹の冒険 vol.2

【前】

倉庫の中

「今後も、良い取引が続くことを期待していますよ」
 取引相手の男は笑って契約書を鞄にしまった。爬虫類のような笑み。今後この関係は良い結果をもたらすだろうか。クニハラの胸の内に暗い不安がよぎった。十分に考え、裏もとった。
 それでも大きな決断をしたときにはいつも本当に良かったのかという疑念が残り続ける。組織のボスには向いていないのではないかと思う。
 向いてないからといって抜

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出口兄妹の冒険 vol.3

出口兄妹の冒険 vol.3

【前】

下水道
 ドブヶ丘にかつて文明があった証として下水道の存在があげられる。いつ誰が掘ったのかも、どこに続いているのかも皆目わからない下水道には、町の淀みという淀み、濁りと言う濁りが流れ込み、悪臭と混沌が濃縮され続けている。その全貌を把握する者はいない。
 この町で地図を作ろうとする変わり者は少ないし、数少ない変わり者はたいてい短い生涯を終える。好奇心が猫をも殺すのはドブヶ丘においても同様な

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町の匂い

町の匂い

 この時季になると水の入った田んぼから泥の匂いがぷんと香る。少し胸の詰まる匂いは、嗅いでいると少しだけ安心する。そう言うと妻は決まって
「嫌だよ、こんな田舎臭い匂い」
 と言って笑う。妻の両親に挨拶をしに行った町のことを思い出す。見渡す限りに広がる水田。青々とした稲の葉を通り過ぎる風が撫でていた。あの町で育った妻からすれば、この匂いは嗅ぎなれたありふれた匂いなのかもしれない。海辺の町で育った私に

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紅桜、一人待つ身の寂しさに

紅桜、一人待つ身の寂しさに

 町美峠の紅桜は葉桜になることなく年中花吹雪を降らせ続ける。

 春の頃を過ぎ、夏の日が照らしても、秋の風に吹かれても、冬の雪に晒されても、花が尽きることも木が枯れることもない。その巨大な桜がいつから立っているのか、いつから咲いているのか、短い定命のドブヶ丘の住民たちで覚えているものは少ない。

◆◆◆

「それじゃあ」
「あっ」
 おずおずと別れの言葉を口にして町見峠の麓へと振り返ったソウスケの

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魂の灯 -100- #ppslgr

魂の灯 -100- #ppslgr

「レイヴンもさー、書けない時ってあんの?」
「あるぞ、しょっちゅう有る」
「マァジでぇ?全然そんなイメージないよ」
「ネタがない時、いい表現が思いつかない時、疲労が限界に達している時、そもそも創作に気が向かない時、書き出しがわからない時、いっぱいだ」
「ふぅん……そういう時どうしてんの?」
「無い中から絞りだして駄文になるのを覚悟で書くか、諦めて休みの看板ぶら下げてから温泉行きだな。後は意欲には呼

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『水が溢れる、首縊の谷』

『水が溢れる、首縊の谷』

今日も河川敷に死体が打ち寄せられた。この街で死体は珍しいものではないが、その死骸は頭部に強い衝撃を受け即死したようだった。検視する俺を無視して死体を運び去ろうとする小男を殴りつける。「あっちのやつ持ってけ!」少し先に転がる事件性の薄い死体を指さすと小男はヘコヘコしながらそっちに駆けていった。この街に火葬場は存在しない。全て銭湯の燃料として焼き尽くしてしまうからだ。

改めて死体を見る。男性30代、

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胡乱紳士 漫遊編 ドブヶ丘に降る雪

胡乱紳士 漫遊編 ドブヶ丘に降る雪

ドブヶ丘に降る雪も濁った色をしているけれども、雪が積もったときばかりは町の汚さが隠される気がする。たとえ中身が変わらないのはしっていても、少しだけましに思えて、ギンジはこの季節が好きだった

もちろん寒さをしのぐ建物か、せめて壁があればの話だが。ギンジは身震いをすると、酒瓶を取り出し、ふたを開けると中身を惜しむようにちびりと舐めた。生臭さと錆び臭さに顔をしかめて、それでも飲み下すとカッとお腹の中が

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【短編小説】ドブヶ丘くじ引き大会

【短編小説】ドブヶ丘くじ引き大会

分厚い曇天と薄汚い窓ガラスを透かして朝の光が差し込んでいる。光は脱ぎ捨てられた上着や帽子、みすぼらしい調度、そしてせんべい布団にくるまって眠るアケミを照らしている。

その穏やかな寝顔をタケシはぼんやりと眺めた。

その視線に気が付いたのか、アケミはゆっくりと目を開いた。眠たそうに目を瞬かせる。

「おはよう」

「ん、おはよう」

タケシに挨拶を返すと、アケミは体を起こし、大きく伸びをした。

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【短編】ドブヶ丘名所案内「マッドマン」

【短編】ドブヶ丘名所案内「マッドマン」

ドブ鉈はありふれた手応えでハチヤの頭にのめり込んだ。

「…あ…ご」

意味をなさない言葉を吐きつつ崩れ落ちるハチヤに唾を吐きかけると、クマダはハチヤの頭からドブ鉈を引き抜き、死体の上着で血を拭った。

「次は相手を選んで喧嘩を売るんだな」

念のため頭を蹴り飛ばして反応がないのを確認して、ポケットを探る。

くしゃくしゃになったドブ券が数枚出てきた。

「しけてやがんな」

舌打ちして、まあ、今

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【短編】ドブヶ丘環状線、銀の弾丸、カミグラム

【短編】ドブヶ丘環状線、銀の弾丸、カミグラム

「ダアシャリアスカッコミジョオシャアゴエンロオカーツァイ」

奇妙なチャントがヨドミノ通りに響く。「ピピー」と警笛を模した声聞こえたかと思うと、続いてジリジリと地響きが鳴り始めた。

巨大なタイヤが動いていた。大人の背丈ほどの厚みのあるタイヤだ。直径はその二、三倍ほどはあるだろうか。動力は一人の男だった。襟の高い制服と大きな制帽を被った小柄な男が肩に背負ったロープでタイヤを曳いているのだった。当然

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【今更】あなたがドブヶ丘で小説を書くべき3つの理由、あるいは田瓶市について

【今更】あなたがドブヶ丘で小説を書くべき3つの理由、あるいは田瓶市について

たまには反吐が出そうなタイトルも試してみるよ。

やあ、みんな。ドブヶ丘のことは知っているね?

アーカムとかゴッサムシティとか田瓶市みたいな架空の都市だよ。ちょっと治安が悪いのと時々混沌が顔を覗かせることを外にすれば、わりと牧歌的な町だということもできるかもしれないね。

去年の夏あたりだったと思うけれども、ツイッターの胡乱界隈で発生して以来いつの間にか定着してしまっている。つのの大哥やくるしま

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vol.1 ドブヶ丘行き

 家族で立川に映画を見に行った帰り道、南武線に乗りたくて一人で別のルートを通ることにした。登戸で乗り換えたときに見たことのない路線があった。「ドブ川線」? 知らない路線だ。乗ったことのない路線に乗ってみようと、電車に乗り込んだ。

 新しい路線なのかと思ったけど、中身はずいぶんとレトロな作りだった。座席は茶色の水玉模様。珍しい柄。

 しばらくして、電車が動き出す。ほかにお客さんはいない。

 電

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