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今でも思い出す じいちゃん、ばあちゃんの背中

今日は敬老の日だ。

もう直接は伝えられないけれど 
私なりに気持ちや思いを込めて、
私の じいちゃん、ばあちゃん(母の両親)との思い出話を書こうと思う。



私は出身そのものは東京だが、生まれたのは
千葉県の母の実家近くの産院だった。

だから、出生地そのものは千葉県。
なので 積極的に「生まれも育ちも東京」とは名乗っていない。

千葉県といっても、東京に程近い市なのだが
それでも 小さな頃から 両親、妹と母の実家を訪れる時には、
私にとってはささやかな冒険であり、小旅行だった。

最寄り駅から電車を乗り継ぎ、バスに揺られて祖父母の家に着くと、私は必ず
「じいちゃん、ばあちゃん、ただいま!」
と言っていた。 

住んでいた私の東京の実家が家なのに、
なぜか、じいちゃん、ばあちゃんの家に着くと ただいまと言いたくなる。

それは大人になっても変わらなかった。

そんな祖父母が東京の私たちの家に来るときも、
妹にとっても、私にとっても、いつもとても楽しみだった。

最寄り駅に迎えに行って、地下鉄から降りてくる二人を見つけると嬉しくなって
妹と走って駆け寄った。

楽しい時間というのは、あっという間で
帰るときには、いつも私は泣いていた。

「また、すぐ会えるでしょうに」

笑いながら私を慰めるじいちゃん、ばあちゃん。

駅で見送ると、二人の背中がいつも寂しそうに見えて、私はまた泣いてしまう。

子ども心に、もう二度と二人に会えないような、そんな気持ちになっていた。



そんなじいちゃん、ばあちゃんは それぞれ病気をしていても 元気に年を重ねていた。

けれど、そんなじいちゃん、ばあちゃんにとって不幸だったのは 次女(私のおば)を亡くし、そして長女と婿、孫(私の両親と妹)を一度に亡くしたことだった。

おばちゃん(母の妹)が30代後半で脳腫瘍で亡くなった時、病院に駆けつけると
じいちゃんもばあちゃんもずっと泣きながら自分を責めていた。

「あの子はまだ若いのに。
旦那と子ども残して死なせてしまった」

「代われるものなら、わしらで代わってやりたかった」

そんなじいちゃん、ばあちゃんの背中は葬儀やら何やらが落ち着くと一気に小さくなった。



私の両親と妹の訃報を受け、夫と日本に帰国してから私たちはすぐに じいちゃん、ばあちゃんの家に行った。

おじさん、おばさんたちや、いとこたちも来ていて
私には めちゃめちゃ気を遣いまくっていた。

じいちゃん、ばあちゃんは 私たちが帰国するまでに、多分相当泣いていたと思う。

「腹減ったろ、食っとかないと体もたないぞ」
じいちゃんはそう言って、夫と私に料理を振る舞ってくれた。

多分その時に何口か口にした食事が
家族の訃報を受けてから私自身が初めて口にした食事だった。

じいちゃん、ばあちゃんを泣かせてしまったことが何回かある。

私が留学するときも、そして結婚して夫の海外赴任先へ発つ時も、じいちゃん、ばあちゃんは私の家族と一緒に成田空港まで見送りに来た。

「旅券(パスポート)持ったか?お金は、盗まれないところに入れたか?」

搭乗ギリギリまで、涙を浮かべながら私にしつこく確認した。

「じいちゃんもばあちゃんもしつこいよ」
つられて泣きそうになるのを隠して 冷たく言うと、

「確認しないでスリに遭ってもいいのか!」
とマジで怒られた。

みんなその様子に笑っていた。

そのあと いってきます、と手を振ると
じいちゃんもばあちゃんも、まるで今生の別れのように泣きながら手を振っていた。

じいちゃん、ばあちゃんと、長い期間一緒に過ごしたことが二度ある。

一度は、妹が産まれる前に母が入退院を繰り返していた時。

そしてもう一度は、私の両親と妹の死後 日本に私が少し残っていた時だ。

二階に伯父家族が住んでいたこともあり、
私としては常に気を遣いながらの生活だった。

私自身も 相続や死後の手続きに追われる中で、ちょっとしたきっかけで じいちゃん、ばあちゃんとケンカすることもよくあった。

また、このころはばあちゃんの認知症の症状も進みが早くなっていた。

後から考えると、認知症を患っているばあちゃんに対して、私は何度かひどいことを言ったと思う。

「頼むから、これ以上、ばあちゃんを責めないでくれ」

そう言って泣きながら台所に向かうじいちゃんの背中はか弱かった。

肩を揉む時の、ばあちゃんの背中も本当に細くなっていた。

まだまだ、じいちゃん、ばあちゃんの話は尽きないけれど、この辺で。

じいちゃん、ばあちゃんに対しては 感謝の気持ちだけでなく、懺悔というか 申し訳ないことをした、という思いは多分これからも消えない。

孫、というよりも 遺族として じいちゃん、ばあちゃんのことを責めたことも沢山あったからだ。

そうした思いも含め、私はこれからも背負った思いをのせて
生きている限り、書き続けるのだと思う。


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