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116. パニック障害かもしれない彼と働きたい(受賞作のため無料)

 本人同意のもとで投稿しております。なぜ発信するのか、それを含めて知って頂ければと思っています。

 T君が応募してくれたのは去年の10月。その際1つだけ問題があり、それは彼が中部地方に住んでいること。採用となれば転居となり、かなりの費用がかかります。社員ならまだしもパート従業員の募集ですから、こんな私でも勝手にプレッシャーを感じていました。

*好きな日に働くエビ工場、パプアニューギニア海産の働き方についてはこちらを参考にしてください。『フリースケジュール』『嫌いな仕事はしてはいけない』などの根底にある考えにたくさんの共感をいただいております。(前記事:好きな日に働くエビ工場とは

 工場勤務ということもあり、働く前に一度は現場を見てもらいたいのですが、面接のために交通費を出して来てもらうのも申し訳ない。そこでまずはZOOMで面接をしました。

 パプアニューギニア海産の従業員募集は面接の前に履歴書と一緒に700字以上の作文を送ってもらいます。その作文の中で私は彼が抱えるこの社会での働きずらさや生きずらさというものを受け取りました。通常そのような要素は面接では不利になるのでしょうが、うちではただただその気持ちを受け取ります。

 ネット越しに伝わってきた人柄の良さや、頑張りたいという意志が決め手で、直接会うことなく1週間の体験勤務を提案しました。

 体験勤務というのは、私達が彼をみるのではなく、彼がうちを見るためのものと思っていたので、なるべくいろんな作業を少しづつでも体験してもらいました。同じ作業を1時間も2時間もやるのはきついだろうと、細かく刻みながら。あっという間の1週間でした。

 そして彼は地元に帰って少ししてから、パプアニューギニア海産へパート従業員として入社することを決断。すぐに大阪へ引越し、12月から働くことになりました。


 しかし、あの1週間が嘘のように、彼は大阪に転居後ほとんど出勤できなくなりました。それなのに私は彼の話をゆっくりと聞くことができないまま年末の繁忙期を迎えてしまいました。大事なところでこのような対応をしてしまうあたりが、まだまだ経営者として未熟だと反省しているところです。

 年があけても工場はまだ繁忙期をひきずるようにバタバタするなか、彼が自分から踏ん張りました。

 『働きたい』『なんとか今の状況を変えていきたい』そしてそのためになんとか自分で行動したいという思いをメールでもらい、電話で話す中で、やっと私は彼が会社に来れなくなった理由などを理解し、具体的な対策を話し始めることができました。

 そして彼は心療内科を受診し『パニック障害』の可能性があることが分かりました。

 

 昨年までの私の対応は『今はできなくていいよ』とか『そこは気にしなくていいよ』とか、それは彼にとってはなんの意味も持っていなかったように思います。

 『気にしなくていいよ』という許しではなく、彼が気にする必要がないような体制を整えることが重要なのでは、と今は考えています。


 例えば『30分ごとに作業が変わることでどう感じる?』の答えが『考えることが複合的になり不安になる』ならば一見冷たく見えるけど『1時間ひたすら同じ作業を続けてみる?』とか。

 『テーブルのこちら側と向こう側と、どっちが重圧を感じる?』の答えが『こっちの方が楽です』であれば、『窓があるからかな?あっちは全体が見えるもんね』などと理由も理解するようにしています。


 今は私一人が彼と話をしながら仕組みを考えているところです。これまでとは違う流れができるかもしれないし、彼だけ特別な扱いをしていると感じてモヤモヤした気持ちを感じる人が出てくるかもしれません。

 でも、そのモヤモヤだって自然な気持ちだと思います。だからそう感じた人は、そんな自分をせめたり、誰かにぶつけたりするのではなく、私にそれを正直に話してほしいと伝えています。

 その気持ちを含めて、チームとしてどんなあり方がいいのかを考えていきたいと思っています。

 ただ、そんな時ちょっと考えてもらいたいこともあります。

 それは私を含めて全員が、明日も元気で健康な状態とは限らないということ。病気になるかも、事故にあうかも、突然心に苦しさを抱えるかも。そんな時、会社はあなたを見捨てず、従業員みんなも職場でサポートしてくれるなら、生きていくことに心から安心できないだろうか、ということ。

 『人を支えることは、自分を支えること』だと思う。

 自分の損得で考えるのは不謹慎!と言われるかもしれない。でも、自分が老いても安心して生きていけることへの安心感というのは、人が生きていく上での一つの本質な気がします。

 自分の損得があったとしても、それで彼や彼女が苦しまずに働けるようになるのであれば、その本質に逆らわずに行動するのもいいではないかと思います。

 そんな話をミーティングでもしたので、時間あったら見てください。


 最後に、なぜわざわざSNSに投稿しているのか。

 会社の中だけで共有すればいいのではないか。人気取りのためではないか。そんな声が出てきても不思議ではありません。でもT君と私と共通の思いがあるのです。


 この動画の最後にも言っていますが、彼と同じように生きずらさや働きずらさを抱えている人、障害のある人が日本中にいます。

 その人達を切り捨てるのではなく、どうすれば働けるようになるのか、それを考え行動していく社会にしたい。誰もが生きていこうと思える社会にしていきたい。

 そのためには私達がこれからどう考え動いていくかを発信していくことも結構重要ではないかと考えたのです。出来上がったものを発信するのもいいですが、試行錯誤をリアルに話すことで感じるものもきっとあると思っています。

 普通は本人が嫌がるものですが、そこはT君はあまり気にしていないようです。名字を出してもいい感じでしたが、さすがにイニシャルにしておこうかなと私の方で勝手にセーブしました。でもこの位がいいと思います。どういったことで彼に負担がかかるのかが、私にはまだ分かっていない節があるので。


 せっかくなので、今回も一つだけ簡単に対応を紹介します。

 彼は緊張してくると心臓がドキドキしてきます。そこにいること自体が辛くなります。ならば、その時は工場から出てよいと決めました。周りの従業員にも、工場長である私にも声をかけず無言で出てよい。そして工場から出た隣の部屋に印字作業などの仕事を用意しています。

 声をかけなくてよいことはもちろん、1人っきりでやる別の仕事を用意しているところがポイントです。もしそれも無理であれば、散歩にでも行けばいいと思います。後で時間を申告してもらって給料から引けばいいのですから。

 そして何より『何も言わずに出てよい』ということ自体が、彼の心のゆとりを生み出す効果があるのではないかと思っています。


 これからどう対応していくのか、私たちにも分かりません。もしかすると彼や私の気が変わって、この発信をやめる可能性もありますのでその時はご了承ください。

 伝えることに大きな意味があるとは思いますが、あくまでも大事なのは従業員一人一人。この発信が彼を苦しめるのであればそれは本末転倒ですからすぐに方向転換となります。

 ということで、次回があるかないかも含めて楽しみに待っていてください。結果よりも過程が大事、今自分にできることを一生懸命頑張ります。

パプアニューギニア海産

代表取締役工場長/武藤北斗


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