皐月洋-Hiro Satsuki

皐月洋(さつき ひろ)です。 普段はモデルをしております。 モデルのことはInstag…

皐月洋-Hiro Satsuki

皐月洋(さつき ひろ)です。 普段はモデルをしております。 モデルのことはInstagramで@hiro.the.heroにて。 ここでは、文章のなかの僕を読み取っていただけたらと。

最近の記事

〔余白の創造性〕色彩について

余白の創造性連載第四十一回目のテーマは ”色彩について” 色彩というと少し堅苦しいことのように感じてしまいますが、 要するに色の見え方の余白の創造性を今回は考えていきます。 今回のテーマを選んだのは先日、良く晴れた日の散歩中にふと街路樹を見上げたときに、もう随分と木々の緑も濃く色付いてきたなあと感じたことがきっかけです。 僕らの色覚に関して、生物学的にしっかりと根拠があることは大前提としてこれからその余白の創造性を考えていきます。 まずは簡単に僕らの色覚の仕組みについ

    • 〔余白の創造性〕季節外れというもの

      余白の創造性連載第四十回目のテーマは ”季節外れというもの” 季節外れという言葉を使う機会は少し限られているかもしれません。 この言葉の性質上使用頻度が低いことは当然ではありますね。 季節外れというのは、 その季節にふさわしくないモノや事象を形容する言葉です。 例えば、季節外れの大雪、季節外れの猛暑日、季節外れの桜など。 これは他の季節の特徴とも言えるようなモノや事象が、別の季節に起こったこととも言えます。 逆に考えると大雪や猛暑日、桜のようにそれが季節を連想させるよ

      • 〔余白の創造性〕自分について

        余白の創造性連載第三十九回目のテーマは ”自分について” 皆さんは”自分”という存在の認識はどのようなものでしょうか。 また、自分を”自分”として存在させているものはなんでしょう。 鏡を覗き込んだときに映るその姿は本当に”自分”なのでしょうか。 写真の中におさめられたその姿も”自分”を正確に捉えているものなのでしょうか。 このように視覚的に”自分”というものを認識しようとする場合、それは第三者の視点からになります。 僕は普段それなりにゲームをするのですが、 この視

        • 〔余白の創造性〕波というもの

          余白の創造性連載第三十八回目のテーマは ”波というもの” 波とはなんでしょうか。 海で目にする波というものは、風や振動などによって水面に生じる運動と説明されていました。 何というか少し堅苦しいですね。 視覚的には海岸に打ち寄せている波が分かりやすく波ですが、恐らく海岸に限らず、沖の方でも水面がゆらゆらと揺れている状態は波が立っている状態なのでしょう。 今回このテーマを選んだ理由は、 僕らは常に”波”に支配されているのではないかと考えたからです。 海は常に波立っていると

        〔余白の創造性〕色彩について

          〔余白の創造性〕わびさびについて

          余白の創造性連載第三十七回目のテーマは ”わびさびについて” 侘び、寂び この言葉も聞いたことはあるけれど、どういうものなのか説明するのは難しいですね。 もともとは仏教の禅に基づいた考えといいますか、美意識の表現だそうです。 ”侘び”というのは簡素なものの中にある魅力のことで、 ”寂び”は、古びて味わいのある様子や枯れて渋味のある様子。時間経過とともに味わいが滲み出るような趣のことを言うそうです。 ここまでだと、以前の”昔ながら”にも似たような感覚がありそうです。

          〔余白の創造性〕わびさびについて

          〔余白の創造性〕空気を読むこと

          余白の創造性連載第三十六回目のテーマは、 ”空気を読むこと” 皆さんはこれまでに様々な場面で空気を読んできたと思います。 僕も何度空気を読んできたのか分かりません。 そもそも”空気を読むこと”とは何でしょうか。 そして、僕らはなぜ空気を読むのでしょうか。 少し屁理屈じみたことを言えば空気は目に見えませんし、 読むものではなく吸うものです。 しかし、空気というのは確かに読めますよね。 その場所に漂っている雰囲気と言いますか、 そこに充満している感情や考えなんかが、 僕らが

          〔余白の創造性〕空気を読むこと

          〔余白の創造性〕昔ながらというもの

          余白の創造性連載第三十五回目のテーマは ”昔ながらというもの” 昔ながらという言葉を耳にする機会はあれど、 これまで、それがどういった意味の言葉なのかをしっかり考えたことはありませんでした。 何となく古き良きものだったり、懐かしいもののような意味で理解していました。 実際に辞書で調べてみると、昔と変わらないものや古くから変わらない様のような意味が出てきました。 しかし、何となく感覚的にはただ古いということ以上の意味を含んで使用されている言葉だと思うのです。 古いものと

          〔余白の創造性〕昔ながらというもの

          〔余白の創造性〕時間について

          余白の創造性連載第三十四回目のテーマは ”時間について” 皆さんは時間というものをどのように認識しているでしょうか。 それは、日が昇って沈み、また昇ってくる。そのサイクルのことなのか。 地球の自転や公転の周期のことなのか。 そもそもの定義としては、時間という概念が生まれたのはこういった一定の周期によってでしょう。 しかし、これらは時間という概念を生み出すために始まったことではなく、もともとそこに存在していたもので、人類が勝手にそこに時間というものを見出しただけなのではな

          〔余白の創造性〕時間について

          〔余白の創造性〕共感というもの

          余白の創造性連載第三十三回目のテーマは ”共感というもの” 共感とは何でしょうか。 辞書によると、 ”他人の気持ちや感じ方に自分を同調させる資質や力のこと。他人の感情や経験を、あたかも自分自身のことのように考え、感じ、理解し、それと同調したり、共有したりすること” とあります。 おおむね多くの人が”共感”という言葉をこう理解していると思います。 さて、なぜ今回このテーマを選んだのかと言いますと、 最近読んだソン・ウォンピョンさんの”アーモンド”の影響です。 この本

          〔余白の創造性〕共感というもの

          〔余白の創造性〕マスク美人について

          余白の創造性連載第三十二回目のテーマは ”マスク美人について” 恐らくこの言葉自体はずっと以前からあったとは思いますが、 パンデミックによってマスクを着用しての生活が日常になったことで、この言葉もより浸透したように思います。 先日、電車に乗っていた際に、近くにいた男子大学生のグループの一人が、この前可愛いと思ってデートした女の子がいざマスクを外すと思っていたほどではなくてがっかりしたという話をしていて、これはまさに余白の創造性によるものだなあと一人マスクの下で笑ってしまい

          〔余白の創造性〕マスク美人について

          〔余白の創造性〕魔法というもの

          余白の創造性連載第三十一回目のテーマは ”魔法というもの” 魔法というものは誰もが何となく想像できるものだと思います。 しかし、それは映画の中のものであったり、いわゆるファンタジーであって、実際にこの世界に魔法というものが存在していると考えている人は少ないでしょう。 しかし、歴史を辿っていくと魔法しかり、魔術や呪術、占術に祈祷など様々なかたちで魔法というものが人間の生活に浸透していたそうです。 現在においても、占いなんかは多くの人が丸っきり信じているわけではなくとも、何

          〔余白の創造性〕魔法というもの

          〔余白の創造性〕冬の朝について

          余白の創造性連載第三十回目の今回のテーマは ”冬の朝について” ”朝”ではなく”冬の朝”をテーマに選んだのにはこれと言った理由はなく、 単に僕が”冬の朝”が好きだからです。 日本には四季があって、それぞれに朝昼晩があって、それぞれに特徴があります。 そのなかで僕は”冬の朝”がその他のものとは比べられないほど好きです。 人それぞれに”冬の朝”に対しての印象は違うと思いますが、 僕にとっては冬の朝は薄い黄色と水色、少しの緑色が混ざったような空気が漂っています。 肌

          〔余白の創造性〕冬の朝について

          〔余白の創造性〕存在すること

          余白の創造性連載第二十九回目のテーマは ”存在すること” いまこのコラムを読んでくれている皆さんの多くは自らがこの世界に存在していることに何の疑問もなく生活していると思います。 僕自身も存在していることはごく当たり前のことで、特にそれに関して思考を巡らせたことはありませんでした。 しかし、改めて世界に”存在する”というのはどういうことでしょうか。 まず”存在すること”と”生命があること”は同義ではないです。 世界に存在するモノが必ずしも生き物というわけではないので

          〔余白の創造性〕存在すること

          〔余白の創造性〕一人称について

          余白の創造性連載第二十八回目のテーマは、 ”一人称について” 私、うち、僕、俺など一般的なものから、 方言なども合わせると一人称は約七十種類を越えるそうです。 大抵の人は一つないし、TPOに合わせて使い分けたとしても二、三個ほどでしょうか。 誰もが会話や文章の中で自らを指す代名詞として一人称を使うわけですが、いくつもある一人称のなかから現在使っているものはどのように選びましたか? 僕は物心ついた頃から”僕”を使っています。 正確には幼い頃は’ぼく”で、大人になる

          〔余白の創造性〕一人称について

          〔余白の創造性〕流れというもの

          余白の創造性連載第二十七回目のテーマは ”流れというもの” 皆さんもこれまでにあらゆるものに”流れというもの”を感じたことがあると思います。 実際に目に見えるもの、見えないもの含めて”流れ”は僕達の生活の至るところに存在していますね。 空気の流れ、水の流れ、人の流れなど、 主に気体や液体、固体など物質がある地点から別の地点に移動することや、その様のことを”流れ”と言います。 また、時間も流れます。 時間は目には見えないものですが、一つの方向に向かって流れているこ

          〔余白の創造性〕流れというもの

          〔余白の創造性〕青春について

          余白の創造性連載第二十六回目のテーマは ”青春について” 青春とは正確にはいつのことを指すのでしょうか。 そもそも期間を指す言葉なのか。 それとも状態のことを表す言葉なのか。 はたまた記憶のなかの話なのか。 青春ってなんでしょうか。 その上、春はどちらかと言えば青よりもピンク色のイメージが強いようにも思います。 今回はそんな青春の余白の創造性を考えていきます。 まずは”青春”の語源について調べてみました。 そもそもの語源は古代中国の世界観というのか思想とい

          〔余白の創造性〕青春について