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東京都千代田区の街路樹伐採問題

街路樹 roadside trees について
 大木になった街路樹が並ぶ姿は、魅力的な都市景観ではあるが、実は幾つかの問題があることも知られている。
 都市空間の中では地下に多くの埋設物があり、樹木が十分を根を張れないことがある。結果として浅い根のまま、大木化し強風などで「倒木」するリスクがある。歩道の幅員が十分でない場合、大木化した根が歩道を狭め通行の障害になることも知られている。根が下水道などに、侵入して下水道の流下能力を阻害して、汚水が溢水する事故が起きることもある。交差点付近では、繁茂する緑陰により信号が見えにくくなることも、しばしば各地で起きている。
 また落葉樹については、落葉により、清掃の負担が住民側に生ずることがある。排水溝を詰まらせることもしばしばある。繁茂しやすい樹木については、剪定の回数、コストが高くなることがある。樹木によっては、害虫に弱く、薬剤散布などのコストが高いものがある。
 その意味では、プラタナスの評判はよくない。成長の早さがかつては好まれたが、枝葉の繁茂が激しく、害虫に弱いので管理上のコスト、負担が大きい。道路沿いの悪環境にも強いイチョウも好まれた。イチョウは秋の紅葉は見事だが、ともかく大木化して根を深く張ることが難点になる。大木化を許容するには歩道の幅員が相当に必要で、見事な落葉も結果として清掃コストを高める問題につながることはよく知られている。
 今、管理者が好きなのは、暑さ寒さに強く、低日照でも育ち、害虫にも強く、成長は遅く、成長しても低木で、常緑あるいは葉が小さい樹木。また樹形も小さくまとまるもの。つまり清掃、剪定など維持管理コストが低く、倒木、歩行障害などの様々なリスクとつながりにくいもの。
 プラタナスとイチョウは、都内に多い街路樹であるが、葉が大きく、いずれも、放っておくと大木になり、さまざまなリスクにつながる。それゆえ今では道路管理者が避けたいと考える樹木かもしれない。なかでもプラタナスは管理コスト上の問題が際立つ。葉が大きくて排水溝を詰まらせる問題、剪定回数が年2-3回と多く剪定コストが高い、などがよく指摘される。
 総合して言えば街路樹には、緑陰を宿し都市の景観を作るなど多くのプラス面の反面、マイナス面もある。こうしたマイナス面が少ない、管理の面でいえばコストのかからない樹木が、街路樹として近年好まれるようになっている。また街路樹は病気や風水害などで伐採されるだけでなく、プラス面よりマイナス面が大きくなってくれば、当然に差替えるべきものである。街路樹については長期計画を策定し、また植栽後も、適切に管理することが必要である。なお管理は民間に委託すればいいのである。そうした民間委託の考え方は地域に雇用も生むだろう。管理する側は、街路樹に一定管理コストが必要であることを認識して、定期的に街路樹の情況を把握。公共へのリスクが大きく緊急性を要する場合は、伐採をためらうべきではないだろう。

千代田区の街路樹問題
 千代田区では、東京オリンピック開催を控えた2016年頃から街路樹問題が騒がしくなった。一つは、明大通りのプラタナス並木をマグノリアに代える問題。マグノリアは暑さにも寒さにも強い。低木に属し、落葉のものも常緑のものもある。しかしそこで、プラタナス並木を明大通りの象徴として保存を望む声が出た。こうした見慣れたものを残したいという発想はよく理解できる。
 マグノリアにはいろいろ種類があるが、おそらくは白い花が咲くものだったのだろう。ワダスメモリーという品種は高さが5-8m。樹形が整っていて、剪定も数年で一度で良い。維持管理の点で、管理者はプラタナスを辞めてマグノリアに代えたかったと推測する。
   樹木選定比較表 2019/07/08 (神田警察通り協議会資料)
 しかし明大通りでは、プラタナスの並木を惜しむ声により工事着工は中止され、その後、プラタナス並木の多くを残す方向で決着した。一部は桜に換えられるとのこと。見慣れた樹木への愛着は理解できる。しかしこの惜しむ声が、プラタナスの街路樹としてのマイナス面を熟知した意見だったかは疑問があるかもしれない。
 さてその仕上がりを駿河台下付近で確認すると、電柱類が歩道中央に残されたまま整備が「終わった」ことがわかる。現状は戻されたプラタナスは若木で緑陰に乏しい一方、歩道中央に電柱が林立する異様な風景である。現状は惨憺たる風景だが、これが「守る会」が望んだ風景なのだろうか。「守る会」が戦果を挙げたとして、解散モードなのはほめることができない。プラタナスはいずれは緑陰を回復するとして、歩道中央部を占拠する電柱類の撤去せめて移設をしなければ、この工事は本当の意味で完了とは言い難い。

駿河台下から明大通りを望む
プラタナスを撤去し電柱残して歩道拡幅工事中
工事完了状態だが電柱が歩道の真ん中を占拠して林立
明治大学図書館前付近 拡幅工事中


 もう一つは、神田警察通りでイチョウを伐採してほかの樹木に代える問題。こちらでもイチョウ並木を惜しむ声がでた。
 イチョウは、プラタナスに比べて比較的強い樹木だが、葉が大きくて排水溝を詰まらせる問題は同じ。また十分な歩道幅のないところでは、イチョウの木の大木化が,歩行上の障害となるリスクを意識する必要がある。歩道幅が狭いことから、樹形が左右に飛び出さないものが良いと想定されていた可能性はある。たとえばユリノキのファスティギアータは樹形が細長く、剪定も数年に一度で良いなど管理する側からは都合のよい樹木だった。
 だが反対派が強く抵抗して、第一期工事はイチョウ並木を伐採せず、保存する形で決着。しかし第二期工事では、第一期と同じ解決法はとれないとする千代田区は、話し合いで決着できず問題の解決が長引いている。
 ところでこの第一期工事の完了状態をみると、イチョウ並木とサイクルロードは確保されたが、歩道が確保されていない。車いすや乳母車を押す人が通る幅が、歩道に確保されていない。どうしてこうなったのだろうか?
   
神田警察通り自転車道整備について 2016/01/27   この初期の想定ではイチョウを伐採後、大変細い幹の樹木を植えて、歩道幅2.5m、自転車道に1.5mを確保とみていたことがわかる。また図面では白い花が咲く街路樹がイメージされている。
 その後、伐採反対運動が起きて、イチョウ並木を保存する計画が策定された。
   
変更計画図面 2017/07/24提出  図面上は歩道幅は4.5m、その中央部にイチョウの植栽の構造物がある。イチョウの構造物が直径1.3mであればその左右に歩道幅が1.6mずつ確保できるとの想定。サイクルロード幅は1.5m。
   
変更計画図面 2017/11/14提出   ここで道路側0.5mを供出。歩道幅は4mに縮小された。中央部にイチョウの構造物があるのは7月24日の資料と同じ。サイクルロードは1.5mのまま。結果として、この段階で構造物の左右に十分な歩道幅を確保することは困難になったと思われる。
 そこでイチョウ並木保存派に聞きたいのは、イチョウ並木が歩道の真ん中を占拠する第一期の完了後の状態は、歩行者とくに車椅子、ベビーカーなどの弱者の移動、最も優先されるべき弱者の移動をイチョウ並木が妨げており、これは歩道としては失敗ではないかということである。もちろんこの状態を緑が守られたと評価することもできる。確かに緑は守られたが、歩道は厳しい状態だ。このように歩道が十分確保されていないなかでのサイクルロード優先確保も異様であるが、この歩道は通勤・通学路であり時間帯によっては歩行者がかなり多いので、混雑する時間帯の事故を防ぐためだと理解することはできる。複数の課題に優先順位をつけず、解決を図った結果、このような結果になったのではないか。ただ私の考えでは、歩行者のための歩道が最優先である。それがこの状態では実現されていない。立派なサイクルロードができ、街路樹が保全され、歩行者はないがしろにされた。
 今、保存派がするべきなのは第一期工事の結果に対する賞賛ではなく、反省ではないだろうか。
     他方でこの間の資料を読んでみると、二期工事区間の進め方について、一期工事区間で表面化したイチョウ並木問題を、事務局である区の側が軽視した形跡は伺える。2021年5月28日の会議資料によると、この日の会議で二期区間のイチョウを伐採しヨウコウザクラとすることを確認事項にしている。これでは協議会としてはこのことを決定したことになってしまう。その意味でこの5月28日の会議は重要に思えるがなぜか書面開催であった(これはコロナのためだろうか?事情は不明。なお
書面による回答で事務局側提案は了承された)。事務局(区の担当者)は、イチョウ並木問題は第一期で終わったと誤認したのだろうか。しかし神田警察通りの街路樹の保存を求める陳情が2018年にだされており、争点が第一期工事区間だけでないことは明らかで、誤認はあり得ないだろう。区長の同意は取ったのだろうか?
 ただここで少し疑問があるのは、2021年1月末の選挙で当選し、就任した樋口区長に対して、区の担当者が問題の経緯をどのように説明したかである。区議会に対して2016年以来寄せられてきた、神田警察通り街路樹伐採中止を求める陳情のことを併せて説明したのかどうか。そして事態が悪化した理由は、協議会でⅡ期工事について結論を出して、協議会での議論を終結させてしまったことにある。その結果、協議会の結論に従い、請負契約が議会で承認され伐採着手に至り、推進派と保存派という形で区民間の対立の構図ができ、区民と区が直接、物理的に対立することにも発展した。
 果たして2022年度(令和4年度)に入り、区に対して住民監査、住民訴訟などが相次いで起こされた。区そして区長と、保存派の人たちとがさまざまに対立する構図になっしまった。問題は区の側が、住民監査、住民訴訟を乗り切り監査委員あるいは司法から行政手続きの正当性の確認を得たとしても、問題の解決にはならないことにある。なぜなら、街路樹について、誰もが保存派の人たちの心情は理解できるからである。他方、経済合理性から言えば、区の主張にも一理があることも多くの人はまた理解している。しかしそれは強く保存を願う人に対して、断固、力で押し通さねばならないほど、重要で緊急性があることだろうか?というのがおそらく多数意見ではないだろうか。つまり訴訟を乗り切っても、今後、区が伐採を強行すれば、区の側が批判される構図にかわりはない。
 とはいえ、二期工事の内容を協議会で決定し、区議会でも請負契約の承認まで進んでしまい、区としても後戻りできない。しかし、結局、火種をそのままにして、決定しても、問題の解決にはならない。ここで決定事項だからと力で押し切れば、行政への非難が残るだけだ。だからといって問題を放置すれば、今度は推進派や決議に賛成した党派から行政の怠慢を非難されよう。区の側がするべきなのは二期工事の内容の決定において、保存派を露骨に無視したことへの反省である。また一期工事がベストの状態ではないと判断していることを、保存派にもはっきり伝えることである。
 なお私の個人的な考え方は街路樹の保存が絶対的だとするものではない。街路樹の樹種については、ほかの考慮も行った上で、管理維持コストが低いものを選択をすべきだと考える。また伐採については、明確な危険があり緊急性がある場合は、道路管理者として行政の責任で伐採すべきだと考える。道路整備で最重視すべきは、まずは歩行者、つぎに輸送車両の安全の確保だという立場であり、保存派の街路樹の現状保存が優先という考え方は心情は理解できるが、道路整備における優先順位を間違えており全く賛成できない。
 
 
神田警察通り沿道地域まちづくり資料(千代田区HPより) 
   
神田警察通り自転車道整備について 2016/01/27 
   
街路樹の伐採中止、保存を求める陳情を採択 区議会  2016/10/17
 
神田警察通りの街路樹の伐採中止を求める陳情 2016/10
   明大通りの街路樹の保存を求める陳情 区議会 2017/08/07
   
神田警察通りの街路樹の保存を求める陳情 区議会 2018/09/18
 
神田警察通り街路樹(現況)について 2018/12/17
    千代田区議会議員選挙 2019/04/21 定数25
        自民14   公明2   都民ファ1  立憲2   共産3  無所属3
 
街路樹選定比較表 2019/07/08
   
神田警察通り整備に関するアンケート結果 2019/12-2020/01
    千代田区長選挙 都民ファ樋口高顕氏当選 2021/01/31   9534票 41% 
   
二期区間の街路樹について 2021/05/28   二期区間のイチョウを伐採しヨウコウザクラとすることの事務局側提案文書。この日の会議は書面開催。この日の書面開催についての意見の集約
   
神田警察通りⅡ期自転車通行環境整備工事請負契約について 千代田区議会で採決 2021/10/13    投票者23 うち賛成17 反対6    で可決。
   
街路樹伐採中止の要望書 2021/12/23
 
守る会のイチョウについての主張 2022/01/28
   
守る会のⅡ期工事についての主張 2022/01/28
    千代田区職員と住民がにらみ合い 2022/04/11(月)未明 伐採工事を行おうとする業者、職員、警備員など30人ほどと、阻止しようとする住民20人ほどが「にらみ合い」をする事態が生じた。なおこの時、
警備員が重傷を負ったと、区の側では説明、被害届を警察に4月17日に提出受理されたと主張している。
 
神田警察通り道路整備工事における暴力行為について 区長声明 2022/04/12   この暴力行為の真相は不明だが、基本的に許されない行為だといえよう。暴力行為が発生しないように、双方が直接相手の体に触れないように自制する必要がある。
   
住民監査請求書 2022/04/21   この請求書によれば、住民側は第1期で樹木が保存された以上、当然、第二期でも保存されると考えていたと主張している。なおこの請求書は、二期工事請負契約を違法又は不当な契約の締結であるとして、街路樹を伐採撤去することなく本件工事を行うことを勧告することを、監査委員に求めている。
   2022年4月27日(木)未明 千代田区伐採を強行 千代田区は二期工事区間の入り口のイチョウ二本を伐採した。(なお伐採箇所は、交差点に近い部分であり、歩道が狭い部分。ビル側に植栽もあるので緑が失われるわけではない。この伐採自体は交通安全上の理由も成立すると思える。)
 
2022年4月28日 神田警察通り道路整備工事再開について 区長名声明 
 2022年5月6日 東京地裁に、神田警察通りの街路樹伐採工事を違法として損害賠償を請求する住民訴訟が起こされた(原告住民10人)。
   
住民監査請求監査結果 2022/06/17   上記の請求に対して、監査委員は、自然保護だけでなく、総合的に判断しているものであり、種々の手続きを踏んでおり、合理性を欠くとまではいえないとして請求を棄却した。
   
令和4年第2回区議会定例会樋口区長招集挨拶 2022/06/23   神田警察通りの整備工事について、賛否に一致点を見いだせなかったとして、計画に従い工事を続行する判断に至ったとしている。
 2022年7月11日 東京地裁に、神田警察通りの街路樹伐採工事を違法として工事費支出の差し止めを求める住民訴訟が起こされた(原告住民20人)。
 2022年8月18日 東京地裁に、神田警察通りの街路樹伐採工事を違法として工事中止を求める住民訴訟が起こされた。
 
2023年2月6日(月)未明 千代田区伐採を強行  住民との合意がないまま4本伐採した。これで2期工事区間の伐採本数は6本になった。(この6本について推測としては、交通上の障害になる、病虫害にあって空洞化している、などなんらか理由を付けられるものを選んで伐採した可能性がある。)
   
2023年2月6日の伐採に関する樋口区長名声明 2023年2月7日付け(2023年4月18日更新)
   2023年3月22日 東京地裁において、損害賠償訴訟第一審判決。原告の請求を棄却。原告は控訴。 
    千代田区議会議員選挙 2023/04/23   定数25
        自民10  公明2  都民ファ2  維新2  立憲2  共産1  無所属6

神田警察通り 第一期工事部分
神田警察通り 第一期工事部分
神田警察通り 第一期工事部分
神田警察通り 第二期工事予定部分 入口部
第二期工事部分 左博報堂 右神田警察

参考
    明治神宮外苑再開発が「アンフェア」である理由 2023/03/17
 街路樹点検マニュアル 国土交通省関東地方整備局 2023/03
    公園樹・街路樹の安全対策事業を実施します(大阪市)  2023/03/14
 街路樹伐採の理由について 大阪市 2023/02/28 
    大阪市の街路樹と公園樹 最終更新2023/02/18
    北田辺駅付近の街路樹伐採について(大阪市) 2023/01/31
    明治神宮外苑再開発に関するイコモス案 2022/04/26 
    (仮称)神宮外苑地区再開発事業 新宿区 2021/10/28
    令和3年度(2021)街路樹診断等マニュアル 東京都建設局 2021
    街路樹剪定マニュアル 埼玉県県土整備部 2020/12
 豊中市街路樹維持管理方針 2020/03
    街路樹診断導入の経緯と制度の変遷 樹木医学研究24-1   2020
    大阪市における街路樹再生の試み 樹木医学研究23-4   2019
 街路樹診断から見た街路樹の現状と問題点 樹木医学研究23-1  2019

第1回明大通り沿道協議会議事録 2020/01/21


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